「鞍馬−大原 超ハイキングレポート」(2002/07/29〜2002/12/09号)
これは昔趣味にしていたハイキングのレポートである。
このハイキング、その余りのハードさに「超ハイキング」と呼んでいたのであった。

ハイキングは多くの場合、複数人数で行っているので
「我々」という書き方をしている。
因みに、隊長は私であった。

今回の掲載にあたり、当時を思いだし・・・ても全く思い出せないので、
当時書いたレポートを再編集しただけである。
(注;の部分は今回の再編集にあたって追記した部分。)

    ・・・予告編・・・

降り頻る雨の中強行されたハイキング。

鞍馬の山は霧の中。
安券を買った大阪人の根性は!?
隊長の判断ミスで雨の山中に入り込んだ一考の運命はいかに!
そして最後に天一でこってり、にんにくた〜っ〜〜ぷりを食べたのは誰か?

いろいな波乱のあった今回のハイキングレポート。
近日公開予定。
乞うご期待!

    「これはもうハイキングを越えている。」

    ・・・当日編・・・

腰の痛みやら何やかやで散々遅れていたハイキングレポートである。
粗筋は書けていたのだが、なかなか本文章に出来なかった。

他の人も書きそうにないし、隊長としてはレポートもなしに終わらす訳には
いかないのでここは一発根性をいれて書いてしまうのである。

    ・・・

当日の朝は雨であった。
いままでハイキングは全て晴であったのに。
しかし今は梅雨真っ盛り(?)である。
ということであれば雨でもしかたない。
しかし、これは後に起こる悲劇の前兆だったのかも知れない。

大阪から出発組は8:30に集合した。
10:00に京都の出町柳へ行くためにはこれでも遅いくらいである。
今回はここからは3人。京都で+1人で4人。

出発時には雨は一応上がっている。
おもいっきり曇空ではあるが降っていると降っていないとでは大きく違う。

千里中央まで歩き、千里中央から地下鉄で淀屋橋へ行く。
すいている。といっても電車の中に立っている人はいるのだが、
いつもの御堂筋の異常な混み様に比べればこれはすいているといえる。

京都出町柳へ行くにはここからなら本当は阪急を使った方が安い。
しかし、時間的なことを考えると京阪の方が早いと判断した。
というのも阪急の場合北千里から各駅停車で淡路にでなければ行けないが、
これが遅いのでこの時間で地下鉄では十分淀屋橋まで行けるし、
阪急ではそこから急行で京都まで行くのだが、京阪なら淀屋橋から特急で行けるのだ。

しかし、このコースは地下鉄の分高くなる。
しかし、私は定期だからかまわなかったのである。
自分の都合でコースを決める。これが隊長の強みである。

淀屋橋で降りて京阪へと向かう。
事前の調査ではここで洛北に行く安い券があるようだ。
それを洛北フリークルットチケットという。
これを買うかどうか。
とりあえず京阪交通公社へ行ってみることにする。

京阪交通公社は駅のすぐ横にあったが、中の係員の対応が非常にいい。
いろいろと教えてくれる。

今日は雨なので予定のコースとは違ったコースを歩くことになりそうだが、
まだそれについては決めていないのでそこをどう回るか決まっていない。
そういう状態でこの切符を買って果たして得が出来るかどうか。
大阪人にとって便利だというだけで損をするという醜態は許されない。

いろいろとコースを考える。
少なくともまともに行って帰ってくるだけでも得もないが損もなさそうである。
(その辺はうまく考えてある。)
それに叡山電鉄と京都バスを乗りまくればかなり安くなる可能性もある。

そう計算して切符を買うことにする(1580円)。
これがのちのちどういう行動につながるかは今は知る由もない・・・かな。

ついでにいろいろと資料ももらって駅へと向かう。

    ・・・

京阪特急に乗るのは本当は久しぶりである。
思えば大学の時以来か。
京阪自体は仕事の時によく京橋までとか守口あたり(M下電器)からとか乗ったが。
そういえば遊びで京都まで行くのに京阪特急に乗るなんて初めてかも知れない。

しばらく待っていると列車が入ってきたが、並んでいる場所に止まらない。
その移動しようかなと思いつつ見ていると、
先に乗っている人を降ろして車内清掃して再び移動するのであった。
(でも車内の座席の向きは阪急みたいに自動的に進行方向に向いたりしない。)

これは結構すごいことかもしれない。
大阪人の中にはは降りる人が全員降りる前に乗り込んで行く奴がいるからなあ。
効果的だ。

間違った場所に並んでいたおばちゃんが横入りをしようとする。
すると前に立っていたお兄さんが「みんな並んでますよ」と言って後ろに並ばせた。
「ちゃんと並んでたんよ」とおばちゃんは言って後ろに並びに行ったが、
間違った所に立っていた方が悪い。

しかし、この行為は表彰状をあげたいくらいに偉い。
特にあの傍若無人なおばちゃんに対しての行動だけに表彰状をあげたいくらいである。
拍手位しておけば良かった(それともサインをもらっておくか。そこまでせんでも
いいってか)。

列車に乗って対面2席を取る。
ここで私は進行方向を向く方の席に座る。
逆は酔うからである。
そうでなくても私はちょっとしたことで酔いやすい。
海で浮かんでいるだけでも酔ってしまうくらいである。
困ったものである。
(お酒で酔うのは最近少しだけ強くなった。)

    ・・・

乗ったのは旧型の京阪特急であった(3000系)。
通称テレビカーと呼ばれるものである。
その昔、阪急6300系がデビューしたのと同じ頃(昭和53年頃)には
特急券の要らない特急としては最高の設備であると絶賛されたものである。

しかし今となっては画面の乱れたそのテレビはうるさいだけである。
(事実帰りに乗った新型8000系にはもうテレビはなかった〔一部車両にだけ付いているらしい〕。)
チャンネルも変えられない(NHK)、消すこともできないテレビはいらない人
にとっては要らないと言うより迷惑なものである。
押しつけ的なサービスよりも個人個人が楽しめるというのが今の風潮であろう。
それでいいと思うが。

しかしこのテレビは音が大きいので妙に気になついつい見てしまう。
しかし画面はおもいっきり乱れているので、それを見ることは
酔いの元である。

テレビから神経を逸らすように今日のコースを考える。

雨なので予定の山中コースは無理だろう。
とりあえず鞍馬には行って、後は大原にでも行くか。
今回は阪急ハイキング手帳ではなく京阪の駅にあった京阪沿線おもしろスポットが
役に立つ。

しばらく考えていたら眠たくなってきたので少し寝ることにする。

再び起きたとき電車はもう京都府内にいた。
そういえば、京阪が地下に潜ってから来るのも初めてである。
新しいためきれいではあるがやっぱり狭いのは京阪のお家芸?であろうか。

結局出町柳には15分遅れで着くことになった。
早いと思ったコースを使ってもこのざまである。
特急の接続が悪かったこと、意外と京阪が遅かったことが原因であろう。
(それと切符を買うのに手間取ったことも原因かも知れない。)

ここで合流の人が待っているだろう。
急いで駅を出よう。

    ・・・

急いで駅を出て回りを見る。
まだその人は来ていない。
そういえば出町柳駅前と言っても京阪もあれば叡電もある。
どちらの駅前で集合か書いていたっけ。

とりあえず京阪前にはいないので叡電前へ行く。
叡電は地上に上がったところにある。

エスカレーターを上るとそこに彼がいた。
電話をしているようだった。
たぶんうちに電話をしていたのだろう。

すまない。遅れてしまった。
しかし話を聞いてみると彼も遅れてきてたようなので
おあいこである。

それにしても大阪組は電車に乗り、しかも1:30もかかるから若干の遅れも
わからんではないが、自転車で来る人間がどうして遅れるんだ?

話を叡電に戻そう。
叡電=叡山電鉄出町柳駅は京阪の駅から地上に出てすぐ前にある。

本当にすぐ前にあるので、うまくやれば京阪との相互乗り入れもできようもの
であるが、今の地下と地上では無理か。

噂では叡電はかなりの赤字で、距離に対する単価が全ての私鉄の中で一番高いらしい。
こういったことも京阪との相互乗り入れでもすれば少しは
解消するのではないだろうか。
もっとも、幾ら軌道幅が同じと言えども叡電側の駅が狭いので
京阪の大きな列車では1両が走れるかどうかなのだが。

    ・・・

さて、大阪組は乗り放題券だが、京都の彼はどうするか。
一応1日乗り放題券(980円)はあるようだが、まともに買った方が安いと
判断したようだ。
この判断がどういうことになるかは今は知る由もない。

ここの駅にもハイキングガイドマップがある。
この叡電沿線ガイドマップはちゃんとした地図がベースになってて分かりやすい。
白地図の上にコースが分かりやすく引いてあるのだ。
阪急ハイキング手帳みたいにいいかげんではない。

あっ、スタンプがある。
しまったスタンプ帳を作るはずだったのに忘れていた。
またいろいろな紙の後ろにスタンプを押さなくては。
せっかくの無料の旅の記念を無駄にすることはない。

私は叡電に乗るのはまったくの始めてである。
聞いていた話しからはもっと古くさい車両が来ると思ったら
意外と新しい新型車両が来た。
何となくイメージにあわない。

列車が出る。
京都の町中のような場所を走っている途中までは複線である。
その途中には不法に山を削ったという通称「モヒカン山」が見える。
テレビなどで何回か報道されていたが、確かに異様な風景である。
こんな所まで造成しなければならないほど今の日本は住宅事情が悪いのだろうか。
山を完全に削ってしまうほどの自然破壊はやがて人間自身の自己破壊をも
もたらすような気がする。

さらにしばらく行き、単線になると急に回りが山の中らしくなる。
能勢電といい勝負である。
いや、感じとしては立山のそれにしているかも知れない。

やがて着いた終着鞍馬駅は雰囲気のある駅舎であった。
こう言ってはなんだが、こここそ叡電にふさわしい。
ここまで出町柳から30分の旅であった。

    ・・・

今日は雨ということもあろうか人影はまばらで、私たちのようにハイキング(?)
のような格好のグループはほとんどいない。

鞍馬駅前にはおいしそうなおみやげがたくさんある。
いいにおいがする(ああ、鼻炎が直って幸せ)。
佃煮やおせんべい(もどき)やその他いろいろある。
いかにも観光地というところには実はどこでつくられたかわからないようなものも
多いのだが、ここのは間違いなくこのあたりで作られたようなものが多い。
こういうひなびた感じが私は好きだ。

何も買わずに行こうかとも思ったが、今日はここを逃すともうおみやげ屋はない
かも知れないので、ということでおせんべいもどきを買った。
「もどき」と付けているのは、いわいるお米で作った堅焼きのものではなく、
たまりと言われるものだからである。(むかしなつかし 京わらべ菓子:たまりせん)

駅から離れてまずはすぐ近くにある鞍馬寺へと向かう。
ここはかの源義経がその幼少の頃過ごしたと言われるお寺である。
ここで天狗とともに修行して、やがて弁慶と出会う京都五条大橋へと行くわけである。
(であってるよね?)

ここの拝観料というか愛山料は100円である。
愛山料と言うのはいかにもここらしい。事実つここはすぐ後ろが山であり、
本殿(正確には本殿金堂)はだいぶ高い位置にあり、そこへは山の中を上って
行かなければならない(ケーブルカーもある)。

パンフレットによれば山門から途中にある由岐神社まで267メートル、
そこから本堂まで791メートルある(高さではなく行程距離)。
本道に行くまでに1キロもあるかなければならないと言うことだ。
ここがいかに広いかがよくわかる。

ここは緑が濃くとても雰囲気がある所で、夏に来れば涼しそうである。
周りにはマイマイ(でんでん虫)もいる。こんなに大きいのを見るのは久しぶりだ。
新潟では以前はよく見かけたものだが、最近は見られない。
農薬の性か酸性雨の性か。いずれにしても悲しいことだ。
こういう所に生き残っているものを見るとがんばって生きてくれよという気持ちと
共に人間の愚かな行為によって失われていく自然に非常に申し訳ない気持ちがする。

山道の途中には由岐神社という神社がある。見るからにたいへん古そうな神社
であり、もちろん重要文化財に指定されている。
その境内にはとても大きい杉の木があり、それは遠くからもはっきりわかるほど
立派である。

そういえばここは鞍馬寺の境内の中のはずだから、お寺の中に神社があるというのも
珍しいかもしれない。こういった場所は他にもあるが、日本独特の
多神信仰の現れだといえよう。

    ・・・

ここでお参りをしてさらに山道を上っていく。
ここの山道は九十九(つづら)折りの坂という。
名前の通りくねくね曲がっている。

一応道はちゃんとしているからそれほど険しい道ではないが、
緩い登りが長く続く。これも結構つらいものがある。
階段もあるのだが、その幅広くかつ1段あたりの高さの差が少ないので上りにくい。

途中には山門がある。ここからが本堂の直轄の敷地なのかも知れない。
途中にはわき水がある。行き止まりの所がある。
変化に富んだ道である。

そうして歩いているうちに急に視界が開けたような場所に出る。
いままでずっと薄暗い山道を歩いていただけにかなり明るく見える。
ここからは階段も普通になる。
もうすぐ本堂のようだ。

    ・・・

最後の階段を上りきるとそこには急に広い場所が目の前に広がる。
ここが本殿である。

こんな所にこんな開けた場所がと思えるほどに広く、本殿も大きい。
今は霧がかかっていて下界は見えないが、見えたとしたらさぞかし眺めは良かろう。

まずはお参りをする。
ふと脇を見ると小豆と米、そしてお餅が備えてある。
そういえば由岐神社にも同じものがあった。
これがここの作法なのかも知れない。

お参りを済ませて外に出ると、今まではやんでてくれた雨が降り始めてしまった。
天気予報では今日日中はもつと言っていたのに。
ここは山だから天候も変わりやすいのかもしれない。

最初は小降りだったので「夏雨じゃ、濡れて参ろう」と言ってたが
だいぶ降ってきてしまった。
これからどうするか、まずは横の休憩所に入って考えることにしよう。

そういえばもう12時だ。外で歩いていると雨では昼食がとれない。
ちょっと早いがここで昼食にしよう。雨宿りもできるし椅子もある。
食べている間に雨が止むかも知れない。

ここでお弁当。
食べているうちに雨は小降りになってきた。
さて、どうするか。

    ・・・

この本堂のさらに奥(864メートル先)には奥の院があり、
そこまで行けば貴船神社まで573メートルになる。
でも貴船神社から叡電貴船駅迄2キロあるからやめ。
また別の機会にしよう。

また、今日は雨だから予定通りの山の中の道は無理だろう。
ということでいろいろと資料をめくって考えて、結局大原のお寺めぐりを
することにする。
あの「きょうとおおはらさんぜんいん」で有名な大原である。
大原は鞍馬から山を越えて向こう側にある。

まずはもと来た道を降りる。
途中でケーブルカーへの乗り口ともと来た道とに分かれているところがある。
下りにケーブルカーに乗るかどうか。

少し悩んだが、「登りに苦労したんだからその分の労力はその道を戻ることでのみ
相殺される(エネルギー保存の法則)」ということで元の道を降りることにする。
下りは楽だろうからいいだろう。

実際帰るの下り道は楽だった。

だいぶ降りたところ、実は山門のすぐ近くに幼稚園がある。
このような場所にある幼稚園だからしかたないが運動場は狭い。
「それでも秋には鞍馬幼稚園小運動場大運動会!などと言って運動会する
んだろうなあ」と言っていたが、いざとなれば山の上まで上ればいいのだから、
そういう意味ではこれ以上に広くて環境の良い運動場はないかもしれない。
なんといってもかつて天狗と牛若丸が修行したくらいだから。

下まで降りると降りるとかなり暑く感じた。
やはり山の上はだいぶ気温が低いようだ。
ということはかなり上ったということだ。
足もだいぶふらついている。
そんなにしんどいとは思わなかったがなかなかな運動になっていたようだ。

・・・このときこの体の疲れを素直に聞き入れてこの後のコースを選んでいれば・・・

山門を出て一礼して次のコースを考える。
どうやって大原へ行くか。
それが問題である。

    ・・・

次は大原へ行く。
ここで問題なのはどうやってそこへ行くかである。
ここ鞍馬から直接大原に行く方法はない。

市原に戻ってバスで行くか。それともここから歩いて行くか。
(後から調べたところによると市原に戻ってもバスはない。
八瀬遊園まで行かなければない。)

地図によれば1時間もあれば歩いて行けるようだ。
歩いて山を越えて静原に出て少し歩けば大原に行けるのだ。

山越えと言えるのはここから静原まで薬王坂越えだけだし、
これとてそんなに長くないようだ。
ということで山越えで歩いて行くコースを選んだ。

    ・・・  これがああいうことになろうとは  ・・・

鞍馬からそのとなりの町の静原に行くには薬王坂という山を越えなければならない。
ここは一見行き止まりのように見えるなかなかわかりにくいところに入り口がある。
なかなかすごそうな入り口ではあるが、これでも一応東海自然歩道である。

道に入ると雨の後だろうか、木の枝や葉が散乱している。
岩もごろごろしている。雨の後だからだろうか。
岩といっても粘土質のものだが雨で溶けてつるつるになることはなく
むしろぼろぼろになって砕けている。
このため滑るということはないがなかなかに歩きにくい道だ。
岩がかなり大胆に崩れていると言うかかさなっているというかで段差が大きく
登るのが大変だ。

変わった鳴き声の鳥もいる。

途中で雨が降ってきた。
山の中で上にも木があるから直接的に濡れはしないが、水が流れて来るようなことが
あれば滑るだろうしあぶない。
引き返すかどうするか。

ここはそんなに長くないはずだし下りは滑りそうで恐いからこのまま突き進む
ことにしよう。

    「このままつっきるぞ!」

・・・思えばこの判断が今回のハイキングでの最大の過ちであった。
   しかし、それがわかるのはもう少し後のことである。

    ・・・

気温はそんなに高くないと思うが、雨で湿度が高いし、そうでなくても
山の中は一層湿気が高いので汗が吹き出してくる。

登りは予想通り短くすぐ頂上に着いた。
見晴らしはいい。山向こうの静原が一望できる。
が景色はあまり良くない。静原があんまりにも何もないところだからだ。
一見すると道路が1本と後は緑にしか見えない。

山裾には山百合が2輪きれいに咲いている。
しかしたった2輪、というか茎としては1本しかないというのは
どういうことだろうか。このあたりのは杉が伐採された後に植林され
数年たったという感じなのだが(だから木が低くて見通しがいい)、
そのときに植林した木に百合の種でも付いていたのだろうか。
少なくともここいらで一般的に見られるものではなさそうだ。
(ここから下に降りるまでこの後一度も見なかった。)

ここから下り道になる。
これが登りとはだいぶ異なり何やこれと思うほどすごい。
狭い道、草だらけ(うるしもある)、すごい段差。
行き止まりにも見える所もある。

草で手足を切らないように注意し、足元にも十分注意しながら、
雨で濡れた草からの露で濡れながら降りていく。

でもこんな所に京阪叡電ハイキングコースの張り紙があるから
道としては間違っていないはずだ。
逆に言えばこれがなければ「迷った」と思ってもしかたないような道なのだ。

これで本当に降りられるのだろうか。
これから戻れと言われてももう無理だ。

不安になりつつも一行は降りていく。

    ・・・

ここには野いちごがたくさんある。前回の摂津峡よりかなり多い。
しかも下に行くほどたくさん、群れをなして(?)あった。
ちょっとすっぱいてこぶりのものだったが。

しばらくいくと1軒のロッジがあった。
誰でも使える山小屋かと思ったが鍵が閉まっているのでそうではないらしい。
しかしこんな所までわざわざ休日を過ごしに来るのだろうか。

良い場所だと思わないこともないが、私ならもう少し楽なところにするだろうし、
こういう所は何日も連続でいるより1日で山を散策して別の日は別の所に行くと
いう方がいいような気もする。
周りは山だけで川も遊び場もないし。
それに食料の持ち込みやごみの始末が大変であろうに。
・・・まさか山にごみを捨ててはいるまいな。

さらに道を降りていくとようやく道が広くなり、先はコンクリートで固められている。
ようやくと降りたようだ。

ここには先ほどあったロッジと同じようなものがたくさんある。
そういう場所らしい。
あの1軒は特別離れていたのだ。
ロッジの中にはきれいなものもあれば長い間使われていないようで
朽ち果てかけているようなものもある。

それにしてもすごい道であった。
まさか私もこれほどだとは思わなかった。
雨でなければそれほどきつくない道であろうが雨の中(後)では
草木が広がっているし、よけいに歩きにくかったようだ。

私自身かなり足腰にきてしまった。
元々今日は腰が痛かったのだが、一層痛くなってしまった。
これは間違いなくコース選択を誤った。

「どちら様もお怒りなく下山ください。」と言いつつも、
こりゃ怒られてもしかたないわな、と思う。
ハイキング倶楽部始まって以来の大失敗であった。

    ・・・

こうしてようやく薬王坂を越えて静原へ入った。
入った静原は上からみた通りに田圃だらけの緑の土地であった。

ここで買ったばかりのおせんべいを食べる。
袋を開けるとぷ〜んと醤油のとてもいい香りがする。
こういう良いにおいのするお煎餅は滅多にない。
これは醤油も良いものだろう。
おいしそうだ。

おいしいお煎餅を食べながら歩いていく。
ジュースの自動販売機があったのでジュースを飲むことにする。
湿度が高いので喉が乾かなくてもいいようなものだが、
逆に汗をかくので喉が乾く。

ジュースを飲みながらジュース談義に花が咲く。
「コーヒーとコーヒー飲料の違い」とか「紅茶ではピコーがおいしいとか」。
まあいろいろあったけど省略。

ここから大原までは道なりを歩いて行けばいいはずである。
バスを待とうにもバス停を見ると1日3本のしかも休日のみのようなので
今日土曜日ではそれに乗ることも出来ない。
(土曜日はまだ休日として認められないのか?)

それほど遠くはないであろう。
ということで道路沿いを歩き始める一行であった。

ああ、また判断ミス。

    ・・・

静原は田圃ばかりの田舎である。
川が1本流れているがそれ以外には何もない。
田圃には多くのおたまじゃくしがいるがそれ以外には何もない。
本当に何もないところだ。

川は雨の後なので増水はしているが意外にも濁ってはいない。
このあたりは砂利地層のようで泥が出ていないようだ。

1本だけの道路に沿って歩く。これに沿っていれば大原につけることは間違いない。
ずっと道路に沿って。
長い。
長い、長い。
長い道である。

バス停があったので乗れるかと思って見てみるとなんとまあ1日に3つしかない。
しかも休日のみと書いてある。これではいたしかたもない。
しかもこういうところだからタクシーも通らない。
通ったとしてもかならず人を乗せている観光タクシーである。

途中一度道路を離れ山の中へと入っていく。
このあたりは少しでも道路を逸れるともう山深くなる。
自然と隣接しているところなのだ。

川があり霧が出ているようだ。少し霞んでいる。
こういうところが霧の発生源なのだろうなあと思わせる光景。

時折きつく降る雨の中山の中を越え再び道路沿いへ。
山を越え大原へと向かう。

想像以上に長い道のりである。

道は峠を越え下り坂になる。

看板に大原という文字が見える頃にはもうだいぶ足腰にきていた。
私は今日は朝から右腰がいたかったがそれが悪化して、
左腰やかばっていた左足も痛くなった。
しかしここで歩みを止めることはできない。
こんなところで中断したら後悔の念が残るし、
それよりもここで止まってもどうしようもないのだ。
周りは自然だけなのだから。
がまんして少なくとも大原まで、京都市内に戻れる交通手段のある場所まで
行かなければならない。

大原まで後何キロという看板を何度か見たのだがなかなかそれらしい場所には
着かない。「後1キロという看板」も何回か通りすぎたような気がする。
それでもようやく山を越え人里らしき所に入ってくる。

雨がひどくなる。

    ・・・

脇には養鶏場がある。しかしこれは鶏舎ではなく、中では鶏が歩いている。
雄鳥もいる。(鳴いているのでわかる。)
これは最近はやりの自然成育の肉用または有機有精卵用であろう。
養鶏場にありがちな臭さもない。
衛生上の管理もだいぶなされているようだ。

周りの畑にはしそも見える。
このあたりは柴付けの産地だからそれに使われるものであろう。
非常に濃い紫のきれいな葉である。

しかし少しきれい過ぎるような気もする。ひょっとして農薬漬けだろうか。
でもモンシロチョウがたくさん飛んでいるということは
農薬漬けではないのかもしれない。
それとももともと紫しそは虫が食いにくいのだろうか。

増水した川の脇に何やらうごめくものあり。
カニ、沢蟹だ。
水がキレイだからいるかもしれないと思っていたがやはりいたか。
他にもいるだろうに見えないということは水流が急なので隠れているのかもしれない。

足の痛みを押えながらさらに歩いていくと、ようやく大原での最初の目的地
「寂光院」が近いという看板があった。
あと少し・・・かもしれない。

    ・・・

大原では有名な三千院には行きたい。
しかし今いる場所から三千院迄はだいぶ距離がある。
三千院というのは大原でもだいぶ奥にあるのだ。

今いる場所から一番近いのは寂光院というところである。
看板では「300メートル」とある。
三千院は1キロ以上あるようだ。
まずは寂光院に行くのが賢明であろう。

もっと近づいて看板を見ると「300メートル」ではなく「30メートル」であった。
これならもうすぐだ。
しかしこの辺りの看板はあてにならんからなあ。

道は細く、少し登りになって来る。
こんな細い道なのに車が入って来る。
この道に入る手前に駐車場があったのにできるだけ先迄車で行ってやろうという魂胆の
車が通って行くのだ。
一言で言えば苦労せずに感動を得ようというおろか者だ。

普通乗用車でもぎりぎりと思えるほどに細い道を飛ばして行くばかもいる。
ナンバーは・・・やっぱり「なにわ」。
どこへ行ってもこのナンバーの車はマナーが悪い。
まさに大阪の面汚しである。

    ・・・

さらに100メートルほど歩いてお土産屋さんが軒を連ねるようになった
その先に寂光院はあった。

この寂光院は歴史は古く聖徳太子の時代に遡る。
なかなかに落ちつきのある庵である。
飾り気はないがきれいな池とまとめられた木々の配置が静かで美しい。
しばらくゆっくり見て行くのもよかろう。
ただし、入苑料は500円と広さの割には決して安くない。

中の仏様の前でお参りをする。
おさい銭もあげたのだが、しかし、係員がおさい銭を目の前でもって
行くというのはちょっと幻滅なものがある。
いくら仕事とはいえ、もう少し気をきかして欲しいものである。
(時計を見て決まった時刻に取って行くようであった。)

さして広くないところなのではやばやと見終わったので
足も痛いことだし休憩を兼ねてどこかの喫茶店に入ろうと思う。
しかし、この辺りには余り良い喫茶店が無い。
結局入りそびれた。
しかたない京都市内に戻ってからとしようか。

三千院までは1キロちょっとだがには時間的に行けない(すでに4時)。
残念だが次回の機会とすることにしよう。

ということで寂光院の横にある宮内庁直轄の建礼門院陵を見て(この人も
寂光院に住んでいた)バス停へと向かうことにする。

ところがこのバス停がまた遠い。
寂光院と三千院との中間位にあるようだ。
足が痛いのにさらに歩かせるとは。

途中ので見つけたちいさな雨蛙。
体調2センチ位。
昔は新潟にもたくさんいたが最近はめっきり数が減った。
農薬や環境破壊の影響はこういう小さな動植物に一番最初に現われる。
しかしやがてはそれは徐々に大きなものへと影響を著わして行く。
いつ人間に表われてもおかしくない、それが今の自然破壊の状態である。

そういえば柴づけは妹の好物であった。
名物だし1つ買って行くか。
「他の所は350円だけどここは300円だよ」と言っているおばちゃんの所で
買うことにした。寂光院からバス停迄の道沿いではあるがだいぶ裏なので
安いのであろう。

しかしである。この大原名物しば漬けはこの辺で買う柴漬とは違い
京都かぶらを使ったもののようで、結構きつくてなかなか癖があるものであった。
妹は「これはよう食べんからお願いね」といっていた。
う〜んである。

バス停でしばらく待っているとバスが来た。
さて、今度はどこに行こうか。
まだ券は十分に使われていない。

    ・・・

大原からバスに乗る。このバスに乗って行けば出町柳まで1本で行ける。
しかしそれではせっかく買った安券がもったいない。
ここは普通に見れば若干無駄でも出来るだけ元をとるために
乗り継がなければならない。
(安券を持っていない京都の彼にはわるいけど。)

このバスは途中八瀬遊園というところを通る。
ここでは叡電に乗り継ぐことが出来る。
これを使わない手はない。
しかもバスでは市内に入ってから道路が混むと遅れるので、
立ったままバスに揺られて行くよりここですいている(はずの)電車に乗ろう。

八瀬遊園は大原からさして遠くないところにある。
腰も痛めているし、混んでいたバスに長く揺られるのはいやだと思っていたので
これは良かった。

ここにはスポーツバレイ京都という遊園地がある。
遊園地のそばといえばたいてい混んでいるのだが、
今日は雨の後なので人の姿はなかった。(遊園地自体は開いているようでは
あったが)。
ここはあんまり広くない。乗り物にもこれといった目玉商品はないように見える。
入園料、駐車場は無料だが、こうでもしないとこんなところまで来る人は
(もともと)少ないのかも知れない。。

再び叡電に乗って出町柳へ。
これで短い叡電ではあるが全線乗ったことになる。
しかしここから出町柳まで短い距離(20キロ未満)なのに320円もする。
「日本一高い私鉄」というのはまんざらうそでもないようだ。
(こういうのはごめんこうむりたいけど。)

出町柳に着いたとき時刻はまだ5時。
最近は日が長くなったのでまだ明るい。
それにまだ切符を使いたい。
すでに元は取れているかも知れないが、得はしていないぞ。

地図を見て、切符の有効範囲を見て行けるところを考える。
行けるだけでなく行く価値のあるところ。
そう思って探していると「上賀茂神社」が目に入った。
「ここだ!」ということでさっそくそこに行くことにした。
(京都の彼にはわるいけど、大阪人の血は止められない。)

出町柳から上賀茂神社までのバスは比較的頻繁にあり
余り待つことなく乗ることが出来た。
駅から近いのかなと思っていたら結構距離はある。
20分以上走っただろうか。
京都の待ち中は混んでいるし路上駐車が大阪以上にひどいので
バスもなかなかスピードが上げられないようだ。

バス停を降りて少し歩いたところに上賀茂神社はあった。
下賀茂は京都市内の比較的交通の便のいい所にあるので
(たぶん)行ったことがあるだろうが、ここに来るのは初めてだ。
(でもこの場所には見覚えがあるのでなんかの用で来たことがあるとは思う。)

痛い腰に鞭打ちながら広い境内を進んで行く。

    ・・・

上賀茂神社は入り口を入ると広い芝の所がある。
ここには「運動禁止」とは書いてはあるが「立入禁止」とは書いていない。
もっともこんな広いところでは入るなといわれても入りたくなるのが
人情であろう。本当に気持ち良さそうな広い芝生。

その先に鳥居があって、そこからが神社の本当の(?)境内となる。
ここは先ほどとは打って変わって白い砂利地となる。

ここ上賀茂神社も天皇に縁があるのだろうか鳥居前では警察が特別警戒中を
している。こういうものは一般人には関係ないものだろうが、
なにせ一行の中には京大生もいることだから(おいおい)、
思わず「お参りしてもいいですよね?」と聞いてしまった。
他の3人はすっと入って行ったけど、私は「いいですよ」という答が来るまで
少し歩みを遅くして待ってしまった。

神社境内はこじんまりとしてきれいではあるが、意外と狭く感じる。
本殿は戸が閉められていて(いつもかな?)入ることは出来なかった。
実は奥がありそうで全部歩くと広いのかも知れないが、
今日は足も痛いので奥に行くのはやめておこう。
ここももう1回来なくてはなるまい。

そういうことで短くお参りを済ませたい一行の次の目的地は食堂である。
もう6時だし歩き回ったのでそろそろおなかもすいた。

しかし、ここもまたいい(安くて量が多い)食事の場所がない。
しかたないのでまた市内に戻ってからにしよう。

バス停まで歩く間、狭い道路なのに自動車が止めてあるので
思わず握り拳になってその車のドアミラーを倒してしまった。
しかしこれは私は悪くない。
こういう所に止めながらミラーを倒しておかない方が悪い。
私がそうだと言ったらそうなのである。

ここからまたバスで出町柳に戻るか。
直接出町柳に戻ってもいいが、もったいないので
さらに市原に出て叡電で戻ることにした。
とことんまで切符を使いまくるのだ。

この時間(6時)、市原に行くバスは20分の1本しかない。
実は逆に出町柳に行くバスも少ない。
少ないバスだけに、最初は私たちだけが並んでいたが
20分近くになるとだいぶ人が並んでいた。

    ・・・

バスで市原へ。
ここまで来るともう根性ものだが、こちらとしてもしてやったりという感じで
何となく勝った気分というか優越感がある。
普通こうこう周遊の切符はまともに買ってもとんとんか逆に損することも多い。
得をするのはなかなか難しいことなのだ。
しかし、それも大阪人の根性にかかってはそれも効かない。
とことんまでしゃぶり尽くされるのだ!

市原の駅は無人駅である。
というか叡電の駅の多くは無人かも知れない。
だから駅前と言ってもお店があるとかと言うことはないので
どこが駅なのかはかは看板を見なければわからない。
駅自体単線で行きも帰りも降りるホームが同じなので狭い。
ここで電車を待つが、それほど本数もないので次の列車まで少し時間があるようだ。

前から1回やってみたかったことがある。それはホームから電車の線路に降りる
ことだ。大阪の電車ではおよそこういうことは出来ない。
でもここではそれも出来よう。
おそるおそる降りて少し歩いてみる。
う〜ん、線路というものはこういう感じなのか。

近くの川にかかっている橋まで歩いて行ってみる。
この橋はだいぶ高いようで川がだいぶ下に見える。
そう、線路の場合下が詰まってないのですかすかに下が見えて結構スリル感がある。
高所恐怖症の私は長くそこにいることがのですぐ戻った。

そうしているうちに電車が来たようだ。

    ・・・

叡電で再び出町柳へ。
どっかで見たことある風景だなあと思ったらあたりまえ、
今日2回目ではないか・・・などとぼけてみる。

あやや、雨が降ってきているではないか。
天一の本店のある白川はこの途中にある駅で降りて
少し行った所のようだが、元気なら行きたいが、今日は雨が降ってるし
腰が痛いのでやめておこう。
これも次回にチャレンジだ。

結局今日1日で叡電には1日3回乗った。
しかも全線に乗った。
これでもう「叡電マスター」だな。ふふふ。

バスも3回乗った。
もう元は十分に乗った取った。
切符の値段が1580円。
そして今日乗った交通費代が、

    淀屋橋−出町柳       ¥420*2
    出町柳−鞍馬         ¥350
    大原−八瀬遊園       ¥250(位)
    八瀬遊園−出町柳     ¥320
    出町柳−上賀茂神社   ¥200
    上賀茂神社−市原     ¥200(位)
    市原−出町柳         ¥320
               計¥2480

京都人はびっくりであろうが、これなら大阪人も納得である。
その分のつけは足腰にきたけど。
(ただの馬鹿かも知れない。)

そういえばまだ食事をしていない。
「もう我慢できません!」((c)超兄貴)状態である。
出町柳近くの食堂と言えば、これはもう地元民に聞くしかあるまい。
京都の彼の誘導で京大生御用達の食堂に行くことにする。
学生御用達であればおいしさはともかく量と値段は大丈夫であろう。

どこに向かっているのかはわからねど後に付いていく。
こんな狭い道にも車が多い。

いやその前に駅前の自転車の数は並ではない。
さすがに「北京通り」と呼ばれるだけのことはある。
一応公営の自転車置き場はあるが満杯らしく2年待ちとか。
京大があり自転車が多くなるのは目に見えているのに
1つしか自転車置き場がないのはあきらかに京都市の落ち度であろう。
止めてある自転車はじゃまだがしかたないような気もする。

歩いていくと大きな学校らしきものが見えた。あれが京大だ。
京大は出町柳から近かった。
といいつつ結構距離はあったが。

結局行き着いたのは「おらんじぇ」というお店である。
これはフランス語で「みかん」という意味らしい。

混んでいるので2階を開けるという。
私達が2階へ行く今日最初のお客だ。

予想通り安くて量は多い。
ご飯の量もお数の量も多いので両方をうまく合わせて同時に食べきるのは
なかなか難しい。他の人は失敗したが、私は日頃の訓練の性もあったが
見事に成功した。パセリだけは余ってしまったが。

が、味は学生相手向けである。
特にお米がいけない。元々古いお米なのだろうが、とぎ方もまずい。
ちっともお米らしい味がしない。
焼き飯ならこれでもいいが、ご飯だけで食べるのではこれはつらい。
お米の味には特にうるさい私には許せないほどであった。
まだ大学生協食堂の方がましだぞ(同志社明徳館食堂比)。

それでもとりあえずおなかが膨れて一安心という感じである。

    ・・・

結局「おらんじぇ」にはいろいろ話をしながら1時間ほどそこにいた。

そこから再び出町柳へ戻りここで解散である。
ここでは車がないから時間的に無理ができない。
まだ9時ではあるがしかたない。

「今日は、『とっても』ご苦労さまでした。
    これに懲りず次回も来てくださいね。」

といいつつも「こんなことではいやになる人がいてもしかたないなあ」
と思う私であった。すまん。

帰りの京阪の中ではすぐに寝てしまって起きたら大阪へ着いていた。

そういえば帰りの特急車両は新型であった。
この新型は車内はすっきりしており、テレビもない。
(だからこそうるさくなくて寝られたのではあるが。)

最近のクーラーの吹き出し口は天井の何カ所にあるのではなく、
天井の端から端まで吹き出し口が続いている。
こういうラインデリアタイプは冷気が車内に均等に行き渡りやすいのでいい。
それに見た目もすっきりしてきれいだ。
阪急の新型車両も採用している最近のクーラーの流行だ。
(阪急の車両を製造している会社と京阪のそれは違うところである。)

椅子の下はあいている。
経費削減のためだろうか。
でも足が延ばせるのでこれはこれでいい。

淀屋橋で地下鉄に乗り換えて地下鉄で千里中央まで行ってそしてうちへ。
ようやく帰り着いたという感じ。

    ・・・しかし・・・

小腹がすいているので天一に行くことにする。

天一と言えばもちろん「こぉってり」である。
さらに私は清く正しく「にんにくたぁっぷり」である。
やっぱりこれが関西の味やねえ。
落ちつくわ(ほんとうか?)。
胃は落ちつかないだろうけど。

で、家に帰っておやすみなさいである。

ということで足は痛いし、腰も痛いし、おまけに胃も痛くして、
それでも疲れきっているので寝入ったのであった。

で今回の教訓。

    雨の日は無理をしないこと
    体の調子には少し控えめに判断すること
    安くなる券があるならそれを十分以上に使うこと
        (ただで乗れるバスがあるならそれを使えということ)

今回はいろいろと教訓を得たハイキング、
いや、ハイキングを越えたハイキング、超ハイキングであった。

    ・・・翌日編・・・

で、その日は11時頃に寝たんだけど、もう腰が痛くて痛くて。
腰の他に、左足は筋肉痛もあるし、天一でこってり+ニンニクた〜っぷりも
食べたから胃も少し痛いし。
仰向けには寝れなかったのでうつぶせで寝てしまった。
もちろんサロンパスをはって。

翌日起きたら金に苦痛(鋭い変換)じゃなくて筋肉痛は直ってたけど、
腰の痛みがひどくて起き上がれなかった。
昨日腰が痛いのにだいぶ無理をして歩いたから。

昼からはなんと歩けるようになったけど、当面は運動は無理。

何にしても今回は大原行く道の選択を間違ったのが最大の失態であった。
あの道、晴れならそれほどきつくないし短いしでいいのに、
雨の時だったのでいけなかった。
今度から注意しよう。

今回予定だった鞍馬−岩倉のコースもまた改めて行かなきゃいけない。

    ・・・おわり・・・
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