「ハイキング:池田−箕面の滝」(2002/04/14〜07/01号)
これは昔趣味にしていたハイキングのレポートである。
このハイキング、その余りのハードさに「超ハイキング」と呼んでいたのであった。

ハイキングは多くの場合、複数人数で行っているので
「我々」という書き方をしている。
因みに、隊長は私であった。

今回の掲載にあたり、当時を思い出し・・・たくても全く思い出せないので、
当時書いたレポートを再編集しただけである。
(注;の部分は今回の再編集にあたって追記した部分。)

        ・・・

<池田駅>
集合は池田駅前。
今日はとても晴れていい天気。
ようやく夏になったという感じである。
いきなり30分も遅れてしまったが、無事隊員とも会えてよかった。

五月山公園は実は高架の池田駅から見えているのだが、駅を出ると見えなくなるので
方向がわからない。
地図を見ながら考えると、なんのことはない、この間まで通っていた職安の方向では
ないか。(注;この文章から察するに、S社に入って直ぐの話らしい。)
ということで道もわかってめでたしめでたし。
というところで、出発!


<池田駅前>
とはいえ、素直に職安への道を通ると遠回りになるのでアーケードを抜けて
近道をする。知らない道なんだけど。
アーケード内には世界陸上で優勝した浅利さんをたたえる垂れ幕が。
地元の生んだヒロインである。
それにしてもダイハツの陸上部、監督は偉い。
無名の新人を集めて来て世界で優勝させるのだから。

ローソンでジュースを買っていく。
しかし、ここで私は缶ものを選んだのだが、これは後々大きな問題となって
いくのである。

池田と言えば幻の酒と言われる「呉春」が有名である。
なかなか手に入らないらしいが、アーケードを抜けた所にある倉庫には
山のように積まれていた。
前に止まっている車の荷台にもたくさん。
これくらいあれば1本くらい抜いてもわからない・・・かもしれない。
いかん、不謹慎なことを考えてしまった。
地元の人に言わせれば、「呉春なんて、昔は学生しか呑まん酒」と言われたらしいが、
今となってはこの出世ぶり。たいしたもんである。


<五月山公園>
五月山公園自体は駅から余り遠くない。
はっきり言えば非常に近い。
階段を登ってそこに公園がある。
でも私たちの目標とする五月山の上にある展望台はまだまだここからだいぶある。
五月山ドライブウエイの入り口でおばさんに確認して登っていく。
ここはなかなかどうして急な坂道ではあるが自然が残っていて気持ちいい。
怪しい茸ほか植物もそうだが、昆虫の類もたくさんいる。
「道しるべ」と言われるはんみょうを見たのには少し感動した。
(山を歩く人の先先を飛ぶので道しるべと言われる。)
昔は箕面でも見られたのだが最近はさっぱり見かけなかった。
市街地からこんなにに近くにこんな自然が残っているすばらしい。

途中山の地肌が見える部分があった。
明らかに人の力で作られたもので、何となく伐採されたような感じで、
このような自然多きところでこういうものを見ると人間の所業の
忌まわしさを感じる。
しかし、ここは特に伐採されたということではなく、大一文字を点火するために
作られた場所であった。いつの時期に行われるのかは知らないが(でもたぶんお盆)、
池田では京都の大文字と同じような送り火をするらしい。この文字の火を灯す場所が
ここなのだ。所々に炭の焼けた後が残っている。

この上は秀望台というところになる。その名の通り非常に眺めがよい。
人工的に作られた所とは言え大阪市内や六甲まで遥かに見渡せるその景色は
すばらしい。

ここで少し休憩をしてさらに登る。目的地はまだ遠い。


<山頂まで>
ここから頂上付近の展望台までは多くを山の中を、一部をドライブウエイに沿って
登っていく。

喉が乾いたので隊員にお茶をもらおうとしたら今日はお茶は持ってきていないと。
それならばとジュースを飲もうとしてはたと気がついた。
「今ここで飲んだら昼食の時に飲むものがない。」

そうなのだ、こういう時はキャップで閉められるものを買っておかないと
ちょっとづつ飲むということが出来ないのだ。
これは盲点であった。ある隊員はそれを知っていてそういうものを買ったのだ。
うう、缶のものを買ったばかりに・・・。
しかし、わかってるなら言ってくれたっていいじゃない!

山を登っていくとおもしろいことに気付く。
それは植生が変わることだ。
五月山はそれほど高い山ではない・・・と思う。
しかしその高くない山のわずかな高低の差でも違いが出てくるものだ。
特に蝉の違いはよくわかる。鳴き声がするからだ。
あぶらぜみ中心から、にいにいぜみ、みんみんぜみと変わってくる。
その変わり方は見事なものだ。

そういえば、にいにいぜみの鳴き方って「天空の城ラピュタ」などに出てくる
飛行機械の羽音に似ていると思う。
ひゅんひゅんという音に。
ひょっとすると宮崎駿はこの蝉の声からイメージしたのかも知れない。
本当に似ている。

途中には吊り橋があった。
山の中に急に出てくるのでびっくりするが、確かにある。
別になくては行けないというところにではなく、
あればちょっとだけ近道になるというものだが、
こういうものを見ると渡りたくなるのが私である(←子供)。
先に子供が渡っているので(写真を撮っている)、これが行き過ぎるのを待って渡る。

これがまたなかなかどうしてこわい。
普通の吊り橋と同じで鎖の枠(?)の底に丸太で歩く場所があるのだが、
この丸太の閉め方が緩くて歩くと回るのだ。
もちろん完全に回りはせず少しだけだが、これでもこわい。
で、鎖をしっかりつかみこわごわと渡りきった。
こわいけどおもしろい。
それはまるでトトロに会った子供の気持ちと同じであろう(本当か?)
大の大人数人がきゃあきゃあいいながら渡る姿はさぞかし滑稽であったろう。
写真に撮れればよかったのに。
ある隊員は「両手がふさがっている時に蚊に刺された!」と怒っていた。

吊り橋を渡ってさらに進もうとするが、道がふさがっていた。
雨が多くて落石が起こったらしい。
しかたないのでそこから横の道にそれてドライブウエイまで出た。

やはりハイキングは車道を歩くより山道を歩く方が心地よい。
それは周りが木に囲まれているということだけでなく足から伝わってくる
感覚から違う。土の方が微妙に柔らかくひんやりしている。
これによって足の疲れが大きく違うのだ。
(このことは後でもっといやというほど感じることになる。)

車道を少し歩いて再び笹の多い山道に入って進むと広場に出た。
このあたりが頂上らしい。
近くに展望台があるようだが、せっかく敷物を持って来ているということで
地面に座って食事をとることにしよう。


<お昼>
お昼は頂上近く(実をいうとここが頂上だと思っていただけの場所。
でもそのことがわかったのは後の話)の林の中の広場で食べた。
ある隊員はダイエット中ということでおにぎり1つだけであった。
この山道を歩くのにそれで足りるのかい?

ここで初めてジュースが飲めた。
今度からは絶対に蓋が閉められるものを買おう。
ああ、でもこのジュース温まってる!

私たちの周りにくろあげは(あげは蝶の一種)が舞っている。
優雅である。


<日の丸展望台>
そこで1時間ほどいろいろと難しい話も交えて歓談していた。
最初日陰であった場所も次第に日が当たるようになって暑くなってきたので
そろそろ箕面の滝へと移動することにした。

そこ広場から少し行ったところに日の丸展望台というところがある。
坂の下に「日の丸展望台300メートル」という看板があったので
上がってみることにした。

それにしても急な坂である。
「これを上りきって見えるのがお墓だけだったらしゃれにならんなあ」と言っていた。
ここの真横には池田霊園があるからだ。

しかし、苦労して上った上にあったのはまさにその通りのところであった。
展望台というか休憩所はある。
そして見えるのはお墓である。
ああぁぁ。
これが日の丸とはいかに。
ひょっとして日本の行く末を暗示しているのだろうか。


<炎天下>
ここから箕面の滝道へと通じる道はどうもドライブウエイを歩かねばならないらしい。
炎天下、真っ黒なアスファルトの上を歩くのは苦痛以外の何物でもない。
山の中を歩くのに比べ数倍体力を消費してしまう。

道の横にはゴルフ場が広がる。
最初は「なぁいすしょっとで〜す」などと言っていた私であるが、
(注;この当時もCD「超兄貴」にはまっていたようである。)
余りに道が長いので次第に無口になってしまった。

例の阪急ハイキング手帳によると箕面の滝まで池田駅から8キロと書いてあるのに、
道ばたにあった看板では日の丸展望台から12キロとある。
この違いは何なのだ!
何回もだまされているのにまたこの本を信じてしまうとは。
本当に12キロあったら、この暑さでこの道路をそれだけ歩いたら
確実に倒れてしまう。

横にはずっとゴルフ場が続く。
池田CCと箕面CCの2つのゴルフ場が続いているのだ。
おお、ゴルフ場の上を何かが走っているぞ。
ゴルフバッグを乗せたカートが無人で動いていて
そのホールの端で自動的に止まっているのだ。
広いゴルフ場ではキャディーさんもたいへんであろう。
こういう自動化がなされているのか。

喉が乾いているのに自動販売機はない。
ゴルフ場の近くにはあるのでは、と思ったがまったくない。
隊員は蓋付き水なのでまだあるようだが、私は飲むものがない。
こういう時はゴルフなどというおっさんの優雅な遊びのために止まっている車を
見ると妙にいらついてついにサインをしたくなってしまう。
        「兄貴参上」

それにしてもこの道はどこまで上るのだ。
この坂を上りきったら頂上だ、あの坂を上りきったら、何度もそう言ったが
幾ら坂を上ってもまだその先がある。
箕面の山ってこんなに高かったのだろうか。
景色はきれいに下界が見渡せるのだが。


<蜘蛛の糸>
途中とある場所で看板から木までの間に何やら糸がかけてあるのが見えた。
最初は電線かなにかと思ったが、そうではなかった。
蜘蛛の糸なのだ。
離れていてもはっきり見えるほどの蜘蛛の糸が10メートル以上もあるような
木と看板の間にかかっているのだ。
それも1本でなく3本も。
蜘蛛は風に乗って離れた場所まで糸をかけるという。
このような長い距離を飛ぶにはかなりな風が必要であろう。
たぶんこのあいだの台風の時に飛んだのだろう。
それにしてもすごい。


<横のハイキング道へ>
そこからさらに歩くと住宅の工事現場に出た。
こんなところにまで住宅を・・・と思ったが、今はそれよりも、こういうところには
たいていジュースの自動販売機があるのでそれを探した。
しかしそれらしいものはない。
お〜い。自動販売機や〜い。

探して歩いていると看板が目に入った。
なになに、このままこの道をまっすぐ行くと止々呂美(とどろみ)へ
行ってしまうとな。そんな所に出たら帰れなくなってしまう。

で、横に行くと箕面の滝と書いてはあるのだが、その道というのは
細くて、さらにかなり上っている。
これだけ上ったのにまだ上って行くの?

しかし、これ以上自動車道を歩くのは体力的に無理なので
こちらの道にかけてみることにした。

それにしても見落としそうな看板であった。
そして見落としていたらと思うとちょっとこわい。


<山道>
そこから横に入った道はこれぞハイキングコースというコースである。
昼なお暗い山の中を細い道が続いている。

しばらく行くと急に下る階段が出てきた。
「2時間かけて苦労して上った高さを10分で駆け降りるなんていやじゃ!」
なんて言ってたらその通りになってしまった。
あれだけ苦労して上がったのに。
なんとなくエネルギー保存の法則に反するような気もする。

まあ、降りて行っているということは峠を越したということだし
間違いなく滝の方へと進んでいるということだろうから、
ここは安心しなくてはならない。
さらにしばらく行くと椅子も出てきてハイキング手帳に書いてあるとおりに
なってきた。これならもう道を間違っているということはないであろう。

それにしても喉が乾いた。脱水症状気味だ。
もう唾はなくなった。
そういえばさっきの階段の上に「先日老人が頂上間近で心臓マヒで・・・」
という張り紙があった。
それは何となくわかる気もする。

降りるのはましでもここを登るとなると結構大変だ。
実は私たちの歩いているコースはハイキング手帳から言えば逆のコースを
歩いていることになる。(手帳では箕面の滝から池田へというコースで書いてある。)
これは帰りに箕面の滝で水遊びを計画したからだが、
逆のコースにして良かったと思う。
このハイキング手帳を必要以上に信じては命すら危ないのかも知れない。

この道、日差しも当たらないし涼しくて気持ちいい道ではあるが、
ときどき道が分かれていてどちらに行けばいいかわからなくなる。
道があっても木が倒れていたり崩れていたり。
余り整備されていない。
蛇もいる・・・これは別か。

こんな所にごみが落ちている。
ごみがあると人が通った証ということで少し安心してしまったが、
こんな所に来てごみの始末1つできんとは情けない。
もう1ついけないのはこんな所に吸いがらがあるということ。
こんな山の中でそういうことをすればどういうことになるのか
わからないのだろうか。1つ間違えばこの自然を失うことになるのに。
やはりおばかは絶滅させるべきである。
それにしてのこの空気をそのまますいたいとは思わないのかね。
煙で目が曇って本当の良さがわからないということか。

何回か私が先行して道を調べ進むというところがあった。
(それでも間違ったこともあるけど。)
本当に通れるのかと思うような所に道があったりするのだ。
それに、仮に間違っていたとしてももう引き返す体力はない。
このまま進むしかない。

無事に滝道へ出られるだろうか。


<箕面の真実>
それにしても箕面というところは広い。
市街地からちょっと山の方へ行けばもうこんな所になるのだ。
いや、これが箕面の真実で、滝の近くは都会、駅前は大都会なのかもしれない。

とある場所で分かれ道が出てきた。
看板には滝方向と書いてあるが、その下に小さくサインペンで「通行止め」と
書いてある。しかし、どうもいらずら書きっぽいので無視して進むことにした。
その本当の意味がわかるのはもっと先の話である。

さの先にまた分かれ道があったが、そこの一方は明らかにふさがっている。
猿を自然に帰すために人間との接触を絶つ。そのために自然道も一部封鎖したようだ。
さっきの通行止めと言うのはこれのことだろう。
まあ、これが行けなくても滝道には他の場所で出れそうなので問題はなかろう。

道は一応続いているが、ほとんど下りでなかなか足に来る。
その先では草がぼうぼうになっている。
ここしばらく人が入り込んでいないような感じもする。
水遊びのため半ズボンで来ていたので足に草が当たってかゆい。

さらに進むと車の音が聞こえてきた。
木の間から見ると遥か彼方下の方に車道が見える。
一応山を越えて滝に近づいているようだ。
しかし、こんな所に来るまできては価値が半減するなあ。
やはり自然の中は出来るだけ歩かなくては。
そういえば前に「なんで滝道に歩く歩道をつけないのだろう」と言っていた
バカ女がいた。
(こんな女をかわいいと思うようになったら馬鹿男である。)

自然の価値、その中で歩くことの意味をまったくわかっていない。
そういう女に限って日頃エアロビクスなどに言っているのである。
はっきり言わなくても馬鹿である。
こういう自然の中できれいな空気をすいながら運動することこそが
「エアロビクス」という言葉の真意なのに。
くだらん自己満足の美しさにしか興味のない者にはそれはわかるまい。


<滝道へ>
もうしばらく行くと水の音がした。
遠くに滝が見える。
やっとここまで来た。

それにしてもだいぶ滝が下に見える。
ということはここはだいぶ高い場所なのだ。
やはりあれだけ長い間登っていれば、少しは下ったとしても
これだけ高い場所にいるのだ。

このような角度から滝を見られるという機会はそうはあるまい。
なかなかに美しい。
せっかくなのにカメラがないとは。また残念である。

滝が見えたということはもう滝道まで近いはずである。
が、それから長いこと道を下っているのにまだ滝道へ出ない。
山道はコンクリートで固められ、手すり(枠?)も出てきたが、
それらはぼろぼろで数年以上整備されている気配がない。

「あっ、滝道が見える!」
ようやく滝道が眼下に見えた。
昼食を終えてからすでに3時間思えば長く歩いたたものだ。

滝道に出て見てみると、その道には「落石崩壊のため通行止め」という
看板が立っている。道理で人が来ないはずだし道が荒れているわけだ。
そうか、だから上の看板に「通行止め」と書いてあったのか。
あれは落書きではなかったわけだ。

まあなんにしても到着したからよしとしよう。
滝までは後わずかである。


<滝まではそう遠くない>
ここまできたらもう滝まではそう遠くはない。
ここは滝道の中で「唐人戻り岩」というもののあるところだ。
実は落合というところに出る道もあるようで、
そこから五月山までの道は普通に歩けるらしい。
しかし、そこはここよりずっと駅よりで、そこからだと滝まで遠い。

滝から流れる川の水の音がこんなにもうれしく思えたことはあるまい。
ここまでたどり着けたことが本当にうれしい。
苦労はしたが、それなりの感動があったのでよしとしよう。

それにしても喉が乾いた。もう限界だ。
早く自動販売機を見つけてジュースを飲まねば。
ということで最初に見つけた自動販売機でジュースを1本。
おいしい。あっという間に飲み干してしまった。


<滝>
しばらく歩くと滝が見えてきた。
見慣れた風景の滝だ。

ここである隊員はビールを、私はまたジュースを。
幾らでも入るような感じである。
体中乾いているのかな。

さあて、お待ちかねの水遊びだ。
今日はやっぱり人が多い。
大人も子供も関係なく水遊びは好きなのだ。

さっそく川に入る。
気持ちいい。
疲れた体をほぐしてくれるようだ。
水のマッサージが心地よい。


<滝壷>
しばらく遊んでいるうちにふと滝壷に近づいてみたくなった。
隊員もそう思ったで、2人してまずは滝の左川から岩づたいに
近づいて行った。

裸足で近づいて行くが、岩がとがっているところがあって痛い。
しかし、もっと前へ、もっと近くという衝動にかられて近づいていく。

一番近いところの少し手前に一番しぶきがかかるところがある。
滝に一番近いところの方がしぶきが強いと思われるかも知れないが、
実はそうではなく、滝に対して斜め40度くらいの所が一番しぶきがかかる。
すずしくていいが。

ほぼ真横から見る滝もいつもと違ってなかなかいい。
正面からみるよりだいぶ力強く見える。

苦労して滝正面の位置へ戻り、今度は直接水の中を歩いて正面から滝壷へと近づく。
実は滝が落ちてその下の砂を回りに押しやるような感じになっていて
滝の真下の回りに砂によって出来た浅いところがある。
さっき左から近づいたときに少し上から見てそのことに気付いたのだ。

ゆっくりと深さを確かめながら進んで行く。
そして少しづつ近づいていく。
近づくにつれてしぶきが直接かかるようになる。
日頃近づけない近さから見る滝もまた格別である。
しぶきにぬれてびしょびしょになろうとも、なかなかその前から動こうとは
思わないほどに見入ってしまう。
美しくすばらしい。
小さな滝とは思えないほどの迫力がある。

余り大勢の人にこの中に入ってもらうとまた汚す奴が出てくるので困るが、
でも他の人にも見てもらいたい気もする。

こういうことが出来るのは今の時期だけだが、こういう時期でもこういうことを
する奴はそうはいない。みんなやりたいと思っていても二の足を踏んでしまうの
だろう。深そうだし、濡れるしということの他に、恥ずかしいということが
あるのだろう。
私にもそういう気はあったが、そういうことはこの感動を得られるなら
どうでもいいことだ。

しかし、はやりみんなの注目の的になっていたようだ。
みんながこっちを見ている。
ちょっとヒーローのような気がしていい。

隊員はそこからさらに右側の岩に登って滝の右側からも見たようだ。
それもまた格別であろう。

隊員が戻ろうとすると変なおっさんが現れた。
パンツ一丁で顔を赤らめて彼と同じ所に行こうとする。
私は知らなかったが、後で聞いたところによるとビールを飲んでいて、
突然服を脱いでそうなったようだ。
私たちの行動を見て自分も・・・と思ったのだろうか。
注目されていたのは実は私たちではなくこのおっさんだったのかもしれない。
どうでもいいけど。


<箕面駅前へ>
そういえば滝壷近くまで行く時、だいぶ足に来ていたので大変だった。
いつもならなんでもないような岩わたりも足がふらついていつも以上に
慎重に行なう必要があった。
ここの岩渡りは手足をフルに使って重心移動を的確にしていかなければ危ない。
そういう所で足が疲れていたので危なかったがちゃんと行けてよかった。

ずっと滝を見ていたいような気もするがだいぶ体が冷えているので
このへんでやめておくことにする。
こう行ったことが出来るのも夏だけなのでまた来年である。
来年またここに来よう。

ゆっくりと歩いて駅まで下る。
またジュースを買う。
よっぽど体が乾いたのだろう。
でもこのの1本は余分だったような気もする。

五月山からのまともな連絡道の落合があった。
これは唐人戻り岩よりはるかに駅に近い。
ここに出てきていたら滝まで歩き着けていただろうか。
(気力的に。)

箕面昆虫館へ。今日は無料ではなかった。
ちょうど1年前に来た時は無料開館日で鈴虫をもらったが、
今年は有料なので入らなかった。そういえば7月に来たときに無料開館日だったから
その日は毎日変わるのか。今年はかぶと虫配ってたし。
来年は無料開館日を調べて行くことにしようか。

今日は中には入らなかったけど、何やら大阪府下の公営公園をいくつか回ると
記念品がもらえるというスタンプラリーの台帳をもらった。
5カ所以上回らなければならないが、うちから近くと言えばここ箕面と服部緑地
だけだ。運が良ければ他の所も行けるかも知れない。

川では禁猟の魚を釣っているがきどもがいた。
確かにあれだけ魚がいれば釣りたくなるのはわからんではないがいけないのは
いけない。
        「おらおら、てめえらここは魚釣ったらあかんぞ」

そういえばずっと前は釣ってよかったはずである。
やはり釣り人のマナーが悪く、川は汚す、子魚まで釣るで
自然が汚れ、魚の数が減ったために禁猟になったのだろう。

1つの場所がだめになったらまた別の場所を探すだけ。
今までの場所を戻そうとはしない。
それではいつかはすべてがなくなってしまう。
一度破壊されたものを自然が元に戻すには非常に長い時間がかかる。
そして場合によっては2度と戻らないこともある。

人間は今や自然を容易に破壊できる力を持っている。
だからこそ気をつけて行動しなければならない。
そして自然を守る力とその意志を持ち始めた。
これはいいことだ。

人は自然から生まれたものであり自然なしでは決して生きて行くことはできない。
そのことをよく知っておかねばならない。
大人も子供も。
大人が子にそれを教えるのは義務である。

などと思っている間に駅前に着いた。
アイスフロートを食べながらここで30分くらい話をしてお開きである。
また次回のハイキングで会いましょう。

ということで今回はおしまいである。
途中しんどい所もあったけど、やはり歩き終えた後の爽快感、
滝の感動、水の気持ちよさはそれを超えて得難いものであった。

次回もまた新たなる感動が我々を待っていることであろう。

        ・・・おわり・・・
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