「九州旅行は12月」(1998/06/22〜07/24)
実はこの九州旅行に行ったのは去年の12月の始めである。
今までなかなか書けなかった話なのであるが、
良い旅行だったので、このまま書かずにおくのは惜しいので、
思い出しながら書いていくのである。

そういう事情なのでいまいち詳しくないし、
話が見事にパッチワークである。
さらに、いきなり九州とは関係無い話で始まってしまうところがオラクラである。

        ・・・2階建て電車は上下どちらがお得?・・・

京阪の2階建て特急車両は実は普通になることもあるのである。

この旅行では伊丹から大分まで飛行機で行ったのであるが、
家の最寄り駅からそこへ行くには門真からモノレールに乗るのが一番早い。
でも早さより、大阪市内を通らないので混雑無しで行けるのがいい。

それはともかく、京阪門真駅には急行も準急も止まらないので、
途中で各駅停車に乗り換えたのだが、それが2階建ての特急車両だったのである。
(3000系=古いタイプ。そういえばこの車両の多くは今、富山地方鉄道で
走っている。2両連結になり、色が変わり、テレビの部分は料金表になっているが、
座席などは当時のままである。余談である。)

最初は回送列車かと思ったが、そうではなかった。
それで、こんな機会も滅多にないので、急いで2階建て部分、しかも下の座席まで
走って行ったのである。

で、「見た」感想であるが、実は思っていたほど"よく見えない"。
        ・・・何が?・・・
いや、「足とか」(「とか」ってなんだ、とかって^^;)が見えるかなと思ったが、
余り見えないのだ。残念。

それはともかく、特急車両なのに暖房が入ってなくて、
寒いこと。特に下だからよけいに寒かった。
足も見えないし、下側は良い席ではない。
・・・というすけべな結論である。

        ・・・追伸・・・

樟葉駅(クズハ)に朝9時頃到着する準急も2階建て特急車両である。
こっちは8000系の車両。
特急車両もそれ以外の用途で使われることがあるという話。
乗客サービスかな?

        ・・・早割チケットの功罪・・・

この旅行は木・金の平日に行ったのである。
その理由は、会社がいやになった・・・のではなく、
休日出勤があったので、その代わりの休みをとったのである。
で、本当は土曜日まで行くつもりだったが、
なんと、飛行機の切符を間違って予約したためにこのような短い
旅行になってしまったのである。
キャンセルして変更したらいいんじゃないかって?
ところがどっこいである。
このときは「早割」チケットというものを使ったのだが、
これはキャンセルすると50%もとられるし、
変更もできないのである。困ったちゃん。
安いのはいいんだけど(半額以下になる)、困ったものである。
この切符を使うときには、くれぐれも変更などがないように
しなければいけない。

        ・・・九州のイメージ・・・

だいたいやねぇ、九州言うたら「大阪より暖かい」というイメージがないかい?
それが、何であんなに寒いのだ?
泊まったホテルの裏の山なんて雪が積もったくらいなのだ。
(九重山だったかな?)

そういえば、九州には立派なスキー場があるんだよな。
阿蘇は勿論、以前行った高千穂のような宮崎県にまであるのだ。

大阪より気温は低いし、風は吹くし、小雨は降るしで、非常に寒かった。
「九州は暖ったかい」というイメージで行ったために、
セーター1枚しか持ってなかったのである。
無謀といえば無謀であるが、先入観で行くと危険、という
教訓を得たのであった。

        ・・・杵築・・・

で、大分空港に降り立って一番、感じたのがさっき言った「寒い」ということ。
その次に気がついたのが「遠い!」である。

大分空港と言うのは、実は非常にへんぴな場所にある。国東半島の先である。
問題は、そこへの交通手段が車以外にないということである。
バスの本数は少ないと言うほどでもないが、決して多くはない。
1本逃すと30分間待つ羽目になる。

今回の旅行の最初の目的地は杵築である。
読めます?「きつき」と読む。
そして、空港から一番近いJRの駅は(たぶん)杵築である。
が、この「近い」というイメージは後々大きく破られることとなる。

空港から杵築に向かうバスに乗る。専用道路(空港道路)を通っても
杵築ICまで20分はかかる。
で、これで杵築に着いたと思うかい?

甘い、甘い。
ここからさらにタクシーで20分ほど走ってやっと杵築の町(の中心)に
入るのである。
このICですぐタクシーが拾えるかと言うと、そんなことはない。
あらかじめ空港で「杵築ICで降りるからタクシーを待たせておいて」
と予約を入れてからバスに乗るのである。
で、バスとタクシーを乗り継いでようやくと杵築の城に着いたのである。

この「杵築」という字、なかなかすんなりとは読めない。
江戸の昔には「木築」と書いていたらしいが、幕府の文章の中で「杵築」と
間違って書かれてから、その漢字に替えたそうである。
昔は幕府は絶対だったから。

        ・・・

でも、何で幕府はこんな漢字間違いをしたのか。
島根は出雲大社のあるところの地名を「杵築」という。
昔はこちらの方が全国的に有名だったわけで、
それと同じ読み名だったので間違ったようである。

ちなみに、今でもその地名は残っている。
        6990701 島根県 簸川郡大社町 杵築東
        6990751 島根県 簸川郡大社町 杵築西
        6990711 島根県 簸川郡大社町 杵築南
        6990702 島根県 簸川郡大社町 杵築北
大社町だから間違いなく出雲大社のあるところだ。
前の7桁数字は新郵便番号。新郵便番号に関しては―寸うるさい私であった。

全く余談だが、郵便番号上では次の場所にも同じ名前がある。
こちらはどういういわれかは知らない。
        7560051 山口県 小野田市 杵築

で、城を見学。
寒い平日だから、他に見ている人はなし。
ゆっくりと言うか、寂しくというか、見て回った。
内容は普通。私はこういう展示は好きだけど。
後で思ったのだが、ここで時間をとりすぎたために後の場所を見る
時間が少々足りなくなった。

ここから別の場所を見て回る。
杵築の観光場所は城を中心にかたまっているので歩いて行ける。

この杵築という町は、簡単に言えば海沿いの2つの丘と間の谷から成る町である。
丘の部分に武士が、谷の部分に町人が住んでいたらしい。
海辺は埋め立てられていて若干地形が変わっているが、
基本的には昔の地形を見ることが出来る。
(このあたりは、資料館へ行くと町の全景図があるのでよくわかる。)

ということで、坂が多く、それぞれに由緒深く趣深い。
武家屋敷の中には無料公開のものもあれば有料のところもあるが、
有料のところはいろいろと説明してくれてる。

特に、最近整備され公開されたと言うある武家屋敷では、
つきっきりで説明してくれた。
まぁ、平日で人が少なかったと言うこともあるだろうが、
なかなかに気持ち良いものである。

        ・・・

一般的武家屋敷のいろいろな構造、この屋敷の特徴的構造、借景、
畳表の違いなど、事細かに教えていただいた。
単に部屋が多いだけでなく、構造的にもいろいろと工夫されている。
天井裏、台所、かわ屋に至るまで、当時の工夫がうかがえる。
今の家は今の家で悪くないが、昔の作りも捨てがたいものがある。

この武家屋敷では、倉を改造した小美術館もある。
中にある絵はなかなか見事ですばらしかった。
私好みの絵画というものは、実は余りないのだが、
ここのは思わず冊子を買おうかな、と思うほど気に入った。
(それでも買わないで写真でとどめるのがけちなところ。)
杵築の町に関係ある人らしかったが、名前は忘れた。

そうそう、庭もなかなかに良い。
作りもいいが借景も良い。
そういえば、家の中に茶室があったりもするので、
このあたりの武士は風流であったようだ。
もちろん今でも茶道が盛んらしい。
(ちなみに「茶道」は「さどう」ではなく「ちゃどう」と呼ぶのが正式である。
1つ勉強になったね。)

そういえば、ある武家屋敷での説明で聞いた話を2つ。

1、その武家屋敷にはソテツ(わかります?)を植えているが、
  これは九州だからではない。ソテツは大量のデンプンを含んでいるので
  非常食になるので植えているらしい。
  ただし、非常に多くのアクを含んでいるので、十分アク抜きしないと
  おなかを壊すらしい。
  まさかあんなものが食べられるとはなぁ。
2、あるかやぶきの屋根があるところでは、釜にためた水をゆっくりと暖めていた。
  しかも薪を使って。
  これは寒いからではない。薪から出る煙がかやぶきの屋根をいぶすことになり、
  これが防虫効果を出すらしい。
  いぶされないかやの屋根は20〜30年しかもたないが、いぶすと
  より長くもつらしい。そうでなくてもかやぶき屋根を作れる職人が少ない昨今、
  あるものを長く使うことは大切なのである。

        ・・・つづく・・・
郷土博物館のようなものもあり、ここでも説明してくれる(1階だけだけど)。
ここでは地元の特産物の展示などもしているが、その中に畳表がある。
畳表は普通い草というものでで作られるようだが、ここのはちょっと違う。
見た目は普通の畳と比べてちょっとなめらかでなはないが、
丈夫ではあるらしい。手触りは悪くない。
先の武家屋敷の畳も勿論これである。

そういえば、通りすがりの小学生に挨拶されたり、
この町の人は非常に優しく気持ちが良い。
「うちは有名観光地だ!」という感じで愛想のないところもあるからな。
杵築はたぶん、そんなに大きな観光地ではないんだろうけど(失礼か?)、
こういうちょっとした心遣いを受けるだけで、遠くても来て良かったと
思えるものである。

谷の部分に古いお味噌屋さんがある。
(ここの坂を酢屋の坂という。元もとは味噌屋でなく酢屋であったらしい。)
勿論手作りある。
もともとは別の大きな庄屋だったのを改造して使っているようだ。
それはどうでもいいとして、良い香りがしている。
勿論買ったよ。
後日食べたら、あっさり味で美味しかった。
味噌であっさりというのもおかしいかも知れないけど。
電話で頼めば地方発送をしてくれるそうだ。

そうそう、この町の中にも寺町部分(お寺の集中する一角)がある。
小さなところだが、中に1つ名園、と呼ばれる庭がある。
んが、ちょっと手入れが行き届いていないようであった。
無料公開ということでしかたないかも知れないけど、
せっかくの庭が台無しである。
作りそのものはいいんだけどなぁ。

        ・・・杵築駅・・・

で、夕方暗くなるまで杵築の町を回ったので、この日の宿泊地である
別府に向かおうと思った。
まずは杵築の駅まで行かねばならないが、地図を見る・・・駅はどこだ?

どうやら駅はこの市街地からかなり離れているようである。
バス乗り場は・・・丘を越えたむこう?
これも遠いな。まぁ歩いて行ける距離ではあるが。
あぁぁぁぁぁバスが出てしまった!!
次のバスまで・・・30分以上!?列車に間に合わない!!
ということでタクシーに乗ることにした。
近い距離だったら嫌がられるかな?

(そういえば、今回の旅行ではタクシーを使いまくったような気がする。
ホテルにも泊まったし、いつもの私なら考えられんような贅沢な旅行である。
ひょっとすると、新婚旅行より贅沢だったりして。いかんよなぁ、
身重な奥さんを一人残してこんな贅沢旅行に行くなんて。)

しばらく走る。どんどん市街から離れて田舎風景になる。
おいおい、行き先間違ってないか?
かなり走る。まだ着かない。ちょっと不安になってくる。
列車に間にあるかどうか聞く。
(田舎のタクシーでは、運ちゃんがちゃんと時刻表を持っているのである。)
        「その時間の列車はありませんぜ」(方言翻訳後)
        「えぇ!?」
どうやら最近大幅時刻変更があったようである。
今回は宿へ向かうだけだから良いものの、下手すりゃあぶないことであった。
やはり時刻表は最新のものが必要と再認識したのであった。
(今持っている時刻表はS社でお古をもらったもの。)
それはそうと、駅はどこにあるのだ、駅は。

結局、駅は市街地からタクシーで15〜20分も走った、
回りには何もない(と思う)へんぴな場所にあった。
それが「杵築駅」である。

そういえば町の人も言っていたが、この交通の便の悪さが
かえって町の過剰な近代化に歯止めをかけ、田舎の情景を残したようである。
それとともに、人の暖かさも。
私には、それはとても良いことに思える。
都会化だけが町の生き残る手段ではない。
人の腐った大都市に生きて、何の価値があろうか。

        ・・・別府ビューホテル・・・

杵築の駅から各駅停車に乗って別府大学駅(別府の1つ手前)まで行き、
ここからタクシーで今日の宿泊ホテルへ行く。

ホテル、そうホテルである。
私の旅行では滅多に使われないこの宿泊施設。
別府だけは例外的で、新婚旅行の時にもお世話になった、
知人(といってもずっと上の人)の経営している
「別府ビューホテル」があるので、ここに今回もご厄介になることにした。
勿論、今回は無料ではない。
(注;新婚旅行の時は、なぁんと、無料にしてもらったのである。大感謝。)
別府に行くときは、私に一言言ってくれれば紹介するのでどうぞ。
(たぶん、紹介無しではなかなか泊まれないと思う。)

ここで別府ビューホテルまで行くときの注意。

1、駅からホテルはとても遠い上にバスなどはない。
2、別府大学駅前はタクシーがこないので、電話で呼ぶか、近くの国道まで歩いて
  拾うしかない。いずれにしてもなかなか来ないので、寒い時期は注意。
  距離的には不利だが、別府駅まで行った方がいいかもしれない。
  別府大学駅前からは1200円くらいかかる。
3、ちょっとへんぴな場所にあるホテルだし、知名度は高くないので、
  タクシーの運ちゃんによっては知らないかも知れない。
  そんなときは、観音温泉の方といえばいい。
  有名な地獄めぐりがあるところであり、そこからなら何とか歩いて行ける
  ・・・はず。場所さえ知ってれば。

それでも何とかタクシーを捕まえて行ってもらうが、
「知らない」ということで、事務所と無線で連絡しながらの運転であった。
わからなくても着けるあたりはさすがにプロである。

        ・・・

ホテルではおかみが丁重に出迎えてくれた。
なぁんと、今回も私一人で、お風呂も展望風呂を一人でゆったりである。
(注;前回はわざわざ他の予約を入れないようにしてくれたが、
今回はたまたまのようである。)
調子に乗って長風呂して逆上せて、脱衣所でしばらく倒れていたのは
ここだけの秘密である。日頃滅多にはいれない温泉だけに無茶をしたのである。
これだから貧乏症の人間は・・・(^^;)。
(ここの温泉は自家組み上げで、温度が低いので長風呂がしやすい。)

食事は非常に豪勢であった。
ここの食事は、いつも地元の海や山で採れるもので作ってくれる。
おかずの新鮮さ、種類の多さも勿論だが、手のかけ方もすごい。
ご飯一つをとってもただの白飯ではない。
香りがつけてあったり、炊き込みであったり、手が込んでいる。

今回は・・・詳しい内容は忘れたが、馬さしがあったのは覚えている。
はじめてそれを食べたが、おいしかった。
日本酒も地酒のようであった。
どれもこれも皆非常においしいので残したくなかったのだが、残してしまった。
量が多いのもあるが、いかんせん、このときは風邪で胃を壊してすぐだったので、
食欲が余りなかったのである。
(それでも目いっぱいは食べたつもり。)
今度からここへ行くときは、胃も含めて体調を万全にしてから行かなければならない。
それとも、お持ち帰り用のタッパウエアを持参して行くか。

お値段はしめて12000円なり。
(お酒と馬さしはサービスだ!)
安くしていただきました。
ありがとうございます。

        ・・・臼杵1・・・

翌日の目的地は臼杵(うすき)である。
前日の杵築と字は似ているが、場所は全然違う。
こちらは別府から南へ、各駅停車で1時間くらい行ったところである。

臼杵の観光のメインは磨崖仏(まがいぶつ)である。
そう、岩肌に仏様が彫り込まれており、しかもここではそれが多数ある。
かなり有名なので知っている人もおおいであろう。
世界文化遺産にも登録されているかも知れない。
臼杵の石仏と言えば聞いたことがある人が多いかも。

そこへ行くには、バスで15分くらいだろうか。
このバスは1時間に3本はあるので待ってもいいだろう。
これは後でわかったことだが、実は臼杵の駅では、自転車を無料で
貸し出してくれる。石仏までの距離はあるにはあるが自転車で行けない
ことはない(途中は全部平坦な道)。足に自信があり、方向音痴でない人は
チャレンジしても良かろう。

バスでそこへ向かう。この日も平日なので、やはり観光客は少ない。
(杵築よりは多いが。)
石仏見物には500円必要である。実は、この石仏の痛みが激しいので、
最近屋根を付け、さらに石仏の補修も行ったそうである。
そのための費用と思えば、観光客もそれくらいは出費してしかるべきである。

ここの磨崖仏の数、その大きさは、私の想像を越えてすごいものがある。
数的、大きさ的にはここより大きなものが全国にあるが
(東北旅行に行ったときに、崖一面の大きなものを見たことがある)、
きれいに、かつ揃っているという意味ではここ一番だろう。

昔のこの磨崖仏を紹介した観光本などの写真では、頭の部分だけが地面に置かれた
ものがよく写っているが、現在はこれも胴体とくっつけられている。
これに関しては賛否両論新しいが、やはり頭は胴体とくっついているのが
あるべき姿であろう。見た目にもその方がしっくりしている。

驚くべきは石仏の一部に色が残っていることのだ。
これは修繕で付けたものではなく、平安時代の当時の色そのままだと言う。
それが赤々とまだきれいに見えるのは、不思議というか
昔の人の思いを感じるに足りる。

実はここで2時間程の観光時間を予定していたが、30分くらいで見終わって
しまったので、早く町に戻ってもいいが、もう少し近くを回って見ることにする。
この石仏の近くには、これにちなむ観光ポイントがいくつかある。
この石仏を作った(正確には制作を指揮したであろう)人の石像や、
石塔、地面に半分埋まった仁王像、ちょっと離れたところにはこれまた地面に
半分埋まった鳥居(これは―寸離れた田圃のどまん中にある)がある。
どうってことないと言われればそれまでだが、このあたりが昔、
繁栄した土地であることを物語っている。

        ・・・

この磨崖仏の横には小さな美術館がある。
展示物はまあまあである。2回では特別展示でヨーロッパの陶器の人形を
展示していた。きれいなもんだ。
でも部屋が暗すぎて、一人で見ているとちょっと恐いぞ。
(平日なので他に誰もいない薄暗い部屋に、良く出来た人形が置いてある図を
想像して欲しい。)

ここでの展示のメインは、1階にある貝合わせである。
貝合わせ、といってもわかるだろうか。
日本版神経衰弱と言った感じのものだ。
蛤の貝はぴったりあうものは1対の貝以外には有り得ない、ということを利用し、
その両方に同じ絵を描いてあって、それを合わせて取るものである。
平安貴族のお遊びということで、源氏物語にも出ていたのではなかろうか。

この美術館ではそれがほぼ完全なセットで展示されているのである。
全部で100枚以上であろうか。
んが、カタログに書いてある枚数より実際の展示を数えた枚数の方が少ない
と言うのはどういうことだろうか。
実は欠けているとか、絵が消えてしまったとか。
ただ単に置くスペースがない、という感じもするが。

        ・・・

近くに1軒だけぽつんと喫茶店がある。
(この美術館の近くではなく、磨崖仏の近く。)
1階は陶器を作って売っていて、2階が喫茶店である。
お店の人に言ってから上がる。またまた他に客はいない。

おぉ、テーブルが足踏みミシンの台だぞ。
なんかなつかしいなぁ。確か小学校の家庭科ではこれで縫ったよなぁ。
(うそじゃないぞ。昭和40年代なんてそんなもの。)
注文を待ちながらそれを漕いでいたのは秘密でもなんでもない。
他に人がいないからこそ出来る、恥ずかしい技である。

ここでは抹茶ゼリーと紅茶のセットを頼む。
本当はかぼすゼリーというものがほしかったが、やめてしまったそうだ。
それなら看板から消しておかんかい!

肝心のゼリーは、おいしいがちょっと甘いかな。
陶器のカップはよろしいが。
で、これで今日のお昼はおしまい。
実は、昨日の夜の食事が多かったのと、朝食も多かったので
おなかが余りすいていないのだ。
旅行行くと先々での食事が楽しみなのに、これは残念。

        ・・・臼杵2・・・

バスで臼杵の町へ戻る。
バス中地元の幼稚園児と同じであった。
一緒に乗っていた観光客のおばちゃんと話が弾んでいた。
田舎の子供は元気でよろしい。

この町は駅の近くにも観光ポイントがいくつかある。
先に言ったように、駅で頼めば自転車を貸してくれるので、
これで回ると良い。

ここで自転車観光する上でのこつはこれ。
1、あらかじめ地図上で回るルートを決めて方が良い
  やみくもに回ると以外と時間を取る。
2、各ポイント間の距離は意外と近い。
  駅でもらえる地図の縮尺は結構いい加減だ。

わからなかったら、まずはお寺以外のどこかのポイントへ行き、
そこで教えてもらうと良い。この町の人も親切でいろいろと教えてくれる。
(お寺だけは人がいないことが多いので、聞くという意味ではだめ。)
市販のガイドブックは余り役にたたない。やはり地元で得る情報が一番だ。

で、いろいろと回ったのだが、細かい部分は忘れてしまった。
よく覚えているのはこの日も寒かったことくらいか。
うろ覚えから行くべきポイントを挙げておくと、
        手作りの小物を売っているところ(普通の民家だ)
        その近くの小道(良い雰囲気だが狭いので自転車を止める時は要注意だ)
        有名な女性小説家の生家
である。特にこの小物を売っている家はなかなかよろしい。
女性向けと言えばそうだが、私にはおもしろいものが多数あった
(おみやげを買った)。
この他にも、有料/無料の良いポイントがたくさんある。
今度来るときはもう少しゆっくり回りたい。

そうそう、どこかのお寺の絵かなにかがすばらしいという教えてもらったが、
いかんせん平日は閉まっているようだった。
全国的に、たまにこういうお寺があるのだが、しかたないとはいえ、
平日に来る奇特な奴もいる、ということは知ってほしいなぁ。

そうそう、こう言った田舎を列車で回るときには、
くれぐれも駅で列車の時刻を調べてから回るように。
田舎は都会ほど本数は多くないぞ。

        ・・・大渋滞・・・

それで、また列車で今度は大分まで戻る。
ここから空港までのバスが出ているのだ。
普通なら空港まで40分で着くらしい。遅れても1時間もあれば大丈夫だろう。
飛行機は列車のように乗り込んですぐ、という訳には行かない分を
考えても、ここで2時間あれば余裕である。

ということで、駅前で夜食。
名前は忘れたが、大分の名物らしい。
うどんおもいっきり太く、短くしたような感じで、
それを味噌汁で食べるような感じのものである。
安くておいしい。おすすめだ。

で、バスを待つ。
んが、バスがなかなかこない。
幾ら余裕があるとは言え、ちょっと気になるぞ。
結局20分遅れ。それでもまだ余裕はある。

走り出す・・・が、なかなか先に進まない。
渋滞しているのだ。
後でわかったのだが、大分から別府の間の道路で工事をしている区間があり、
そこが大きく混んでいるのだ。
これに週末ということもあって、よけいに集中していたらしい。
別府を通過したときには出発まで後30分くらいである。

        ・・・

このとき「あぁ列車で別府まで来ておけば良かった」と思ったが
後の祭である。大分で降りたのは、列車で別府まで行くより、
大分からバスに乗った方が安いと思ったからである。
ちなみに、実際にどれだけ安いかは未確認である。

途中でバスの運ちゃんが「バスに何人の大阪行きの乗客がいるので・・・」と
空港と連絡してくれて(このあたりはさすが空港バスである)、
とりあえずは一安心ではあるが、トイレには行きたくなるし
(何度もバスが止まっている間に行こうかと思った)、
時間はだんだんなくなるしで、精神に非常に良くない。

結局、飛行機の出る2、3分前に到着した。
急いでトイレに行ってからロビーに行ってみると・・・
なんと飛行機が遅れていた。
なんだかなぁ、だけど、ほっとした。
ひょっとすると、バスの遅れの分を、飛行機の遅れという見え方に
してくれたのかも知れない。そうだとしたら、ありがたい配慮である。
(バスの乗客が遅れたために出発が遅れたとあれば、非難されるからなぁ。
特に大阪人はきついし。^^;)

        ・・・総括・・・

今回の旅行はたった2日間であったが、なかなかに内容の濃い旅行であった。
特に、各観光地、ホテルでの心尽くしがうれしかった。
旅行するのは知らない土地を知るということもあるが、
それ以上にこういう人の暖かさを知るということがうれしいことである。

今度来るときには、家族を連れてこよう、そう思ったのであった。

        ・・・おわり・・・
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