「一番涼しいのは裸か」(1996年07月18日〜07月22日号)
夏である。暑いのである。
しかし、だからといって、うちのビルみたいにおもいっきり冷えている空間に
長くい続けると体の適応能力が落ちぶれてしまって良くない。
現に体調不良の人は多い。
体は正直である。

さて、暑いと言えば泳ぎにでも行きたくなるが、
泳ぎにはともかく、涼みには行きたい。
いや、せめて、毎日にでも涼しく過ごしたいと思う。
そういうとき、空調などの他力ではなく、自分の行動や着ているものの工夫で
何とか出来ないだろうか。

「涼しいと言えば、何も着ていない裸が一番涼しいに決まっている」と
言われるかも知れない。ところがどっこい、必ずしもそうではない。
涼しさは、放熱効率によって体感されるからだ。

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人間ではなく、物における放熱=熱の逃がし方について見てみよう。
たとえば、ラジカセなどの中には「アンプ」と呼ばれる部分がある。
これは、信号を増幅する、簡単に言えば小さな音を大きくする部分だが、
ここでは(基本的に)音の大きさによって熱が発生する。
主に「パワートランジスタ」という電子部品が発熱する。

増幅という操作が非常に効率が悪いという証明なのだが
(増幅にかけたエネルギーの多くが熱となってしまう=損失があるから)、
いずれにしても、この熱を逃がしてやらないと、中の電子部品がおかしくなって
しまう(並の暑さではない。そのままでは手で触れないくらいに熱くなる)。
そこで、放熱を考えるのだが、もし「裸が一番」なら、パワートランジスタに何も
付けなければいい。だが、事実はそうではない。放熱板という物を付ける。

放熱板と言うのは、「山山」のような形をしたひだの付いた板である。
たいていは黒色をしている。このひだは、空気との接触面積を増やすためにある。
そう、放熱効率は、空気へいかに早く熱を伝えるかによるのだ。

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放熱とは、自分の持っている熱を他に伝えることで、
多くの場合は「空気」に伝えることである。
(強制冷却では水など、他の物質に伝えることもあるけど。)

さっきの例ではアンプのパワートランジスターについてだったが、
最近のコンピューター内部のCPUと呼ばれる物でも同じような
放熱板を付けて冷却している。こちらではもっと放熱効率をあげるために
ファンを付けている場合も多い。

一方、人間の体における放熱は、実は、今まで話してきた方法とは

少し違った放熱が行われる。それは、気化熱による放熱である。

「気化熱」と聞くと熱を発生するように思えるが、実は熱を奪うのである。
液体が気体になるということは、物理的に言うとエネルギーレベルが高くなると
いうことである。その中における分子の運動が盛んかどうかと言ってもいい。
液体より気体の分子の方が分子運動が激しそうだとは想像できるのでは
ないだろうか。
 しかし、液体に何も与えないで気体になることはない。
液体に外部から何かのエネルギーを与えることで気体になるのだ。
そのときに与えられるエネルギー、これが「熱」であるわけだ。

液体が気化するときに、回りから熱を奪う。すると、回りにいる人間は冷える。
人間の放熱の主体はこれである。
実は、世の中の放熱のなかで、先の「自然放熱」より早い・強力な放熱が
必要なときはこちらを使う。クーラー、冷蔵庫などは皆これを使っている。

人間の場合には汗が気化するときに熱を奪うのである。

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人間の体の放熱は、主に汗が蒸発するときの気化熱によって
行われる。ということは、この気化を促進することが涼しさを
確保するための鍵と言える。

気化を効率的にさせるには、まずはそれを妨げる物を省かなくてはならない。
次に汗を吸い取って空気に触れる面積を増やすことが大切となる。

最初の点を考えると、たとえば夏場の革靴、ストッキング、場合によっては
化粧も妨げになるであろう。まあ、顔はあんまり汗腺が多くないようなので、
いいかも知れないが、中には首まで塗りたくっている人もいるしなぁ・・。

服もそうではないか、やはり裸が一番ではないか?と思えるが、
これには2番目の点が効いてきて、「そうではない」のである。

服、それも吸湿性の高い物は出てきた汗を吸い取ってくれる。
吸い取るだけでは温度は落ちないが、一般に吸湿性の高い服(というか肌着ですな)
はその表面積が大きい。空気に触れる面積が多いということで、
それにより気化する面積も広くなり、単位面積あたりの気化スピードそのものが
一定であっても、全体としては気化が早く行われることになる。

そう、このために、実は裸よりシャツなどを着ていた方が涼しいという、
「着ていた方が涼しい」というちょっと考えるとおかしいような現象が
起こるのである。
そういう意味では、シャツを着ない私は、あえて暑い格好をしているわけですな。
(シャツのあの肌触りが余り好きではないので着ないのだが。)

「吸湿性が高い」ということで、ナイロンなどより綿のほうがいい。
さらに、絹はより一層いいらしい。最近は化学繊維の中にもいいものがあるようだが、
絹はその独特の肌触りといい、いいですな。

「ストッキングがだめ」というのは、この吸湿性が無いからである。
あれだけ薄く、穴あきなのに、と思うけれど、そうらしい。

さらに、気化した汗を空気の流れによって運べばよりいいわけで、
ここに扇風機とかの意味が出てくるのである。

クーラーによる冷やしは回りの温度を下げることにあるが、
この場合、発汗作用が低下するため、体の内部まで冷やすには
時間がかかると思われる。従って、自然に冷やすという意味では余り効果的ではない。
むしろ、暑い中で汗をかいて、なおかつ、風を当てた方がいいといえる。

なんにしても、夏はこれから本番であり、暑い日が続く。
いろいろと工夫して涼しくすごそうではないか。
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