「デジタルな音」(2000/09/18〜10/13号)
先日、会社のPCにヘッドフォンをつないで音を聞こうとした。
ちょっと変な音楽をかけようとしたので、周りには聞かれたくなかったからなのだが、
しかし・・・

きっ、聞くに耐えん。
何だこの音の悪さは。
ノイズバリバリではないか。

PC上の音のデータはデジタルなのに、何でこんなことになるのだ。
デジタルは音が良いのではないのか?

    ・・・

デジタルな音といえば最近はやりで、CDに始まって最近はMDもデジタルである。
コンピューター上で鳴っている音楽もみんなそうである。
最近はディスクすら存在しないタイプもある。カードメモリーというものに記憶
しているのだ。

で、デジタルの特徴として「綺麗」というのが上げられるし、そう言う人も多いけど、
その本質を捉えている人はどれだけいることやら。
本当にデジタルだから「綺麗」なのだろうか?

    ・・・

まず音の記録についてその基本を書いておかねばなるまい。

音を「ある特定の物の音」として特徴づけるのは、
周波数と音量である。
そして、音は全て波から成っているので、周波数と音量はその波の
形を示す物差しである。
(解らない人は、高校数学のサインカーブ〜〜〜を思い出すこと。)

周波数は山の形の幅である。
幅が狭いほど高い音であり、広いほど低い音である。
音量は、山の高さである。
高いほど大きな音であり、低いほど小さな音となる。
全ての音は複数の周波数と音量を持った波の合成で作られている。

ところが波を良く見るとわかるが、山の形の幅と言う物は山の高さの時間的変化
と見ることも出来る。数学的に言えば、山の形は山の高さの積分値といえるわけだ。
ここのところを良く押さえておかないとデジタル記録が理解出来ない。

アナログの場合、この波をそのままの形で記録する。
レコードの場合、それが目に見えるのでわかりやすいが、
音量は信号の強弱であり、溝の幅になる。
周波数はレコードのうねりの幅として見える。
磁気テープの場合直接見えないが、同じだと思って良い。
そして、アナログには理論的には記録出来る周波数に上限はない。
もちろん、レコードならあの板の材質で再現出来る細かさには限度があるし、
カセットテープなら飽和磁気密度以上には記録出来ないのでそれが限度となるが、
別に記録する上で切ってしまうことはない。

(飽和磁気密度;テープの一定面積に記録出来る磁気の量と思えばいい。
周波数が高くなるほど多くの磁気的変化を記録しなければいけないが、
ある面積には一定以上磁気を記録出来なくなる限界がある。
テープに塗られているのは磁気を与えるとそれを保持する物
=単純に言えば鉄みたいな物だが、その特性と個数によって決まってしまう。
これを改善するには磁気保持力が強く、かつ細かい磁性体を使うことと
面積を広げる=テープ幅を広げたりの速度を上げることが必要になる。
カセットよりずっと高い周波数を記録する必要があるビデオテープではそのための
工夫がされている。同じ時間録画・録音出来るビデオとカセットテープの幅を
比べれば解るだろう。)

    ・・・

デジタルの場合は波を時間軸で細切れにして、それぞれにおける音量変化のみを
数値で記録する。この細切れにする作業をAD(アナログ−デジタル)変換といい、
この細切れの間隔をサンプリング周波数と言う。どこかで聞いたことがあろう。
オラクラの中でも以前にMDの話で書いたことがある。

CD/MDの場合、サンプリング周波数は44.1KHz。
1秒間に44.1*1000=44100回細切れにするということだ。
これで再生出来るのは0Hzからサンプリング周波数の半分の22.05KHzまで。
波は上の山と下の山の2つを持っているから半分になる。

そう、デジタルでは周波数特性に上限がある。
これは、サンプリング周波数をいくら上げても同じだ。
必ずその半分で打ち切られ、それより上は仮に音があっても録音出来ない。
それにも関わらずなぜそこで切るかというと、人間の耳に聞こえる周波数帯が
20Hz〜20KHzまでだからだ。
人に聞こえないところは録音しないでも良い、という理屈である。
ところが、最近はこの聞こえないはずのところに耳では聞こえないが
体が感じる「感覚的」なものがあると判明し、これを録音・再生しようという
動きがある。DVD−Audio(〜48KHzまで;サンプリングレートは
96KHz)とかSACD(〜100KHz以上;サンプリングレートはなんと
2.8MHz。これはCDとかのそれとは考え方が違うので単純比較は出来ない。)
とかいうものがそれだ。いつかはそれらが主流になるかも知れない。

各細切れに置ける音量変化の幅は65536段階。16ビットと呼ばれるものだ。
CDやMDは基本的にこの規則でアナログ音声をデジタルに変換する。

    ・・・

デジタルだから綺麗。はっきり言ってそれは嘘だ。
デジタル=綺麗ではない。

周波数特性などで言えば、デジタルはアナログには及ばない。
それでもデジタルが綺麗と追われる所以は、
デジタルは「劣化しにくく出来る」のでオリジナルの音の良さをそのまま伝えやすい
ということと、その質で長期に渡り再生を保証しやすいということである。

    ・・・

劣化とは悪くなることと考えれば良いであろう。
音で言うなら、音の鮮明さがなくなったり、変になったりすることである。
劣化で一番わかりやすいのはダビング時のそれである。

例えばカセットテープでダビングすると、出来たテープの音は元のに比べて
絶対に悪い。やったことのある人は経験上解るだろう。
ビデオでも同じ。これが劣化だ。
(コピープロテクトの中にはこれを利用した物もある。)

また、同じテープでもしばらく繰り返して聞いたら音が悪くなる。
レコードを聞きすぎると音が悪くなる。
これも劣化の一種である。

アナログで見聞きする時は、この現象が直接的に解るので劣化が確認しやすく、
逆に言えば「アナログは劣化する」と言われる大きな原因となっている。

劣化は読み取り段階でのみ起こるわけではない。
信号処理の途中段階でいろいろと起こる。
音質を変える回路を通る時、音を増幅する時、
全てで劣化が起こっている。

劣化はデッキとアンプをつなぐケーブルの中でも起こっている。
電気の流れというものは原子内の自由電子の流れと理解出来るが、
自由電子はその名の通り自由な動きをするので制御し切れず、
入り口と出口で100%同じにはならないのだ。

アナログでは一度劣化した音を元に戻すことは至難の技というか不可能だが、
デジタルではそれが可能なのである。
その理由はデジタルが単なる数字の羅列であることであり、
それ故にエラー訂正が可能だからである。
「だから、デジタルでは劣化しにくいのである。」
さて、解ったかな?

    ・・・

アナログでは記録されているのは音そのものである。
その信号は基本的に直接そのまま使われる。

だから、そこに大きな補正処理を加えることは出来ない。
せいぜいノイズ対策としてDOLBY−B/Cとかに代表されるような
ノイズ低減処理をかけるだけだ。まして、一部の情報が飛んだからといって、
前後からそこの部分の音や絵を作り出すことなど不可能だ。

デジタル記録の場合には記録されているのは音そのものではない。
記録されているのは、AD変換で捉えられた音の特徴を示す数字の羅列=データ
である。それをまたD/A(デジタル−アナログ)変換によって音に直すのである。
音を直接再生するわけではないのだ。
ある意味、データに基づいて音を(毎回)作り出すとも言えよう。

デジタルの劣化のしにくさは、まずは記録されているのが単なる数値であり、
それには微妙さも何もなく「再現が簡単」というのがある。
アナログではどうしても微妙さが欠けてしまう。
だから劣化するのだが、デジタルではデータさえ読めれば劣化はあり得ない。

ところが、記録による劣化現象はアナログ特有のものではない。
テープ(同じ磁気記録媒体であるフロッピーディスクも同じ)やレコード媒体は
その媒体の特性として劣化を持っているから、そこに記録する限り、
アナログであろうがデジタルであろうが劣化する。
テープの場合は記録されている磁気情報の劣化や磁性体のはがれ落ちによる劣化
であり、レコードの場合はレコードそのものがすり減ってしまうことで起こる。
アナログであっても、非接触のレーザーディスクのようなものでは経年変化による
劣化はほぼない。

    ・・・

そう、デジタルであっても磁気メディアに記録したら劣化はある。
でもデジタルの場合はその劣化が表面化しにくい。
その理由は、デジタルでは、仮に劣化してもそれを補正出来る機構があるからである。
いや、正確には、そういう機構が作り出せるのである。
それはどういう「処理」か。

デジタルでは記録されているのが音そのものではなく数値なので、
そこに対して劣化防止のためのいろいろな対策をかけられる。
劣化によって一部のデータが読めなくなってもエラー補正データを使って、
その読めない部分を推測できるのだ。

このエラー補正とは何か。
例えば次のような例を考えると解りやすい。

    1、2、3

このようなデジタルデータが有った場合、これだけでは途中が欠けたらそこは
解らなくなってしまうが、

    1、2、3  合計6

というように合計値も書いておくと、1、2、3のどれか1つが抜けても合計から
逆算で何が欠けたか解る。もちろん2つ以上欠けたら解らないが、それでも読める
確率はぐっと上がる。このため、劣化が表面上見えないことになる。

そう、デジタル記録は劣化しないのではなく、劣化が表面上に出にくいという
ことなのである。

    ・・・

デジタルは、エラー補正が効く範囲と言う理想的環境上では
絶対に音は劣化しない。

ところが、一旦エラー補正が効かない状態が起こると、もはや音として
成り立たないほど一気に劣化する。いや、音を作り出せなくなる。
先の例では2つ以上欠けたら読めなくなった。
こうなると、もうデジタルでは音は出せない。

エラー補正が効かないほどの劣化とはどういう場合に起こるかといえば、
例えば、信号処理中に外部からノイズが入った時である。
ほら、電灯を点けたら「パチッ」という音が出ることがあるだろう。
あれがノイズだ。これは電波となっていろいろな回路に侵入し、
そこの信号をおかしくする。

デジタルでも記録媒体がテープやハードディスクのような磁気メディアにあるなら、
その磁性体の劣化によってそこに記録されているデータが読めなくなることがある。

アナログなら、ちょっと位劣化しても何とか見聞きは出来る。
ところがデジタルは一定以上劣化しすぎると全く再生出来なくなるから
ことは重大である。
ほら、突然フロッピーやハードディスクが読めなくなることがあるだろう。
あれの原因の1つがこれである(ハードディスクの場合はメカ的破損の場合も
多いが)。

    ・・・

フロッピーディスクなど、コンピューターに使われるものでは
補償できない量のエラーが発生するとエラー表示を出して停止させるが、
オーディオ機器などでは1ブロック丸ごと読めないなど、よほどのことがない
限り停止しない。

これは、エラー補償が強いからではなく、エラーを無視するからである。
すなわち、補償できないほどのエラーが出た場合、前後の音から「適当」に
そこの音を創り出してしまうのだ。

そうしても、多くの人は気づかないし、気づいてもノイズに聞こえるか、
「あれっ、音がちょっと変だったかな?」というくらいにしかならない。

がしかし、このわずかな差はすなわち劣化である。
この状態でダビングをすれば、劣化したままでコピーされ、以後はそれが正しい
音となってしまう。

アナログテープなら高級・低級があってもわかるが、デジタルで何でそんな違いが
あるのだ?という声はよく聞くが、その差はエラーを起こしやすいかどうかにある
のだ。安い記録メディアはデータが飛んで劣化しやすく、高いものはそれが少ない。
デジタルでもメディアの優劣は出るのである。アナログほどには出にくくはなるが。

これは、デッキの高級/低級でも同じである。
機能やD/Aコンバーターの性能の差もあるが、
エラーを起こしにくくするための機構が満載されているのが高級機で、
そうでないのが低級機である。このあたりは実に微妙で、
振動対策などは電気と言うより構造の問題なので、きっと構造力学の分野だろう。

エラーを隠さないとメディアに相当にいいものを使う必要がで、
安いものが作れなくなる。それでは普及しないから本体側でなんとかしたのである。
なまじエラーを隠すために出てしまう現象なのであるが、それが無なければ無いで
困ったものなのである。

    ・・・

デジタル化には劣化への強さの他にも良さはある。
それは「補正が容易に出来る」と言うことである。
アナログでも補正は可能だが、劣化を防ぐためには高性能が要求され、高くなる。
また多彩な処理や変化を付けることは出来ない。
これに比べ、デジタルでは比較的安価に、また変化に富んだ補正が可能になる。

スターウォーズ特別編やNHKの新日本紀行のリバイバル、
果ては源氏物語の挿絵の修復もそうだが、昔の古いテープをデジタル化して取り込み、
そこで色の塗り直しなどをして元の色、もしくは考えられる理想の色に塗り直して
見せることも出来る。そうして保存すれば劣化が少なく、これから先も見ることが
出来る。

補正自体はそれほど重い処理でもないので、リアルタイムでも出来る。
また、アナログデータに対しても経験から補正が出来る。
最近のテレビやビデオの映像は昔に比べて格段に良くなっているが、
その理由の1つがこの補正にある。
そう、昔撮ったテープでかなり劣化していても、それを再生時にデジタル化して
ある経験(これは人間が実験によって決めている)に従って補正し、
もう一度アナログに直して表示するのだ。
テレビなら2重に写ってしまう「ゴースト」の除去処理などにも使われている。
そう言えば、この手の処理はカセットテープでは行われていない。
最近は余りカセットテープに高音質を求めないからかも知れない。
MDとかが台頭してきているからなぁ。

その他にも、デジタル化されたことによる恩恵はいろいろと出ている。
が、逆にデジタル化することにより記録すべきデータがアナログに比べ莫大になり、
同じ時間/周波数の音声や同じ映像を撮るにも数段多い記録面積必要としている。
それ故データ量を減らす圧縮と言う機構が必要となるのだが、
それについては又別の機会に書くことにしよう。

そうそう言い忘れたいたが、デジタルでは、その途中の補正処理でも当然デジタルで
行われるのでそこでも劣化はない。

    ・・・

確かに安定記録や補正のしやすさと言う面ではアナログはデジタルには勝てない。

「デジタルにすると音が細切れになるので音楽がおかしくなる」とか言う人もいるが、
そこまで聞き分けられる耳だとしたらそれはちょっと恐いことで、
おそらくほとんどの人は思い込みでそんなことを言っている。
それか、ちゃちなスピーカーとCDプレイヤーで聞いていて、
それらの悪さをCDの悪さと勘違いしているのだ。
CDの音は悪くない。あのカラヤンですらデジタル録音を絶賛した位だ。
もっとも、先に書いた通り本来聞こえない領域から感じるものはあるので、
周波数的にCDの音が気に入らないというか物足りないということはあろう。

しかし、世の中すべてがデジタルで済むわけではない。
何と言っても人間の入力デバイスは全てアナログだ。
耳も目も。
だから、デジタル記録されたものをアナログに直すところ=D/Aが必要であり、
その性能が音の善し悪しになるのだ。

デジタル記録されているものは数字だけであり、基本的にはどんな機械で読んでも
同じデータが出る=同じ音や絵が出るはずだが、そうでないのはひとえにD/Aの
性能の違いによる。

最初の話でPCの音が悪いと書いたが、PC上で記録されている音のデータは
100%デジタルだから劣化はない。それでも音が悪いのは、D/Aの悪さであり、
D/A以降のアンプ等のアナログ回路の悪さにある。

最近のPCの音源の性能はすごい。カタログスペック上は。
PC付属のちゃちなスピーカーで聞く限りそこそこ良い音にも聞こえる。
スピーカーは誤魔化しがきくのだ。
が、ヘッドフォンや例のBOSEスピーカーで聞けるほどの良さではない。

世の中のPCがすべてそうかといえば、実はそうでない機械もある。
何度か紹介しているX68000という機械ではそういうことはない。
スピーカーがちゃちなので、それで聞くと音が良く聞こえないが、
ヘッドフォンで聞くに耐える。ノイズがほとんど聞こえない。
アナログをちゃんと理解している会社が作るとこういうものが出来る。

結局、最近のPCカタログスペックの向上ばかりに熱心で、
肝心な部分が疎かになっているのだ。
いくらコンピューターがデジタルでも、人との接点はアナログなのである。
それを重視しないでどうする。

デジタル時代でも、結局重要になるのはアナログなのである。
(これは別の意味でもそう言われることがあるのだが、それは又別の機会にでも。)

    ・・・

デジタルと言えば、音だけでなく映像もある。
これも同じことである。

最近はデジタルカメラがはやりだが、これも私に言わせれば
フイルム(銀塩写真と呼ばれる)カメラには遠く及ず、記録用としては
使う気になれない。「写るんです」と比べたって悪い。
この場合はD/Aの性能(=色の再現性)もあるが解像度の低さや撮影速度の遅さも
ある。まあ、それはそれで使える用途もあるのだが、あれを本気で銀塩写真と
比べる人がいるのが理解出来ない。
(「写るんです」は結構馬鹿に出来ない。下手な安いカメラより綺麗に写る。
あの非球面プラスチックレンズはあなどれないのだ。)

    ・・・

PCに積まれているようなちゃちなD/Aで鳴る音を良い音だと言い、
だからオーディオセットを持つよりPCを置いた方が良いなどと平気で言う人が
いたり、デジタルカメラの映像が綺麗で銀塩に迫ったなどという人がいる。
(いや、確かに迫ってきてはいるが、それで満足しているということがいけない。)

これは非常に恐いことだ。
なぜなら、あんなちゃちな物で満足するほど感性が劣化している人間が
増えているということだからだ。

これは、マクドナルドをおいしいと言ったりすることと同じで、
非常に愚かしいことである。
と同時に、自分自身の性能を落としめる自虐行為なのである。
こういう人間が増えることは、それだけ人間の質が落ちていると言える。
そして、感性が落ちた人間は容易に企業の思惑にはまることも忘れてはならない。
企業にとっては、適当な物を安く作っても買ってくれる人間が一番都合が良いの
だから。

PCでのCD再生やデジタルカメラは便利ではある。ちょっと使うには良い。
しかし所詮それらは一時利用するべきものであって、感性を磨くものではない。
デジタルだけでは感性は磨けない。

デジタルとアナログの違いを知り、双方の特徴を活かしてそれをうまく利用する。
人間はアナログであることを知り、微妙さを認識出来るように感性を磨く。
それが大切である。

    ・・・

そのためには、例のスピーカーのように、時には大きな出費も厭わずする必要が
あるのだ!
・・というのは、ああいう物を買う時の言い訳である。半分は。^_^;

    ・・・おわり・・・
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