最終回の話題は、私のガイダンスにそそのかれて(運良く)弁理士になれた方が「鈴木という奴に騙されて弁理士になったけど全然現実は違うぢゃないか!」との怒りのメールを避ける意味と、私のシビアなガイダンスを読んで「弁理士って難しそうだなぁ……自分には縁がないや」と意気消沈してしまった人を元気づける意味で、現在弁理士が置かれている現況を明暗両面から簡単に述べてみます。
(1) 弁理士冬の時代!?
まずは暗い話しです。弁理士が勤務する特許事務所は、弁護士先生の場合と同様に所長先生1人が弁理士であとは経理、庶務などを担当する事務員が何人か、という構成の事務所が過半数を越えます。近年、このような小規模事務所は非常な危機感を持っています。その一因が事務のOA化にあります。特に、約5年ほど前から特許・実用新案登録出願はフロッピーや通信端末を使用してできるようになりましたので、明細書作成にはワープロが必須となりつつあります。何をいまさら(特にパソ通などをやられている方にとっては)、と思われるかもしれませんが、これが結構な負担になるようです。ある老弁理士先生は、通信端末を見て「孫のテレビゲームを見ているようだ……」とのたもうたそうです。まあ、このガイダンスを読まれている方にキーボードアレルギーなどあるはずもないのですが。ということで、弁理士業界のOA化は世間からみて10年は遅れています。このOA化に伴うコスト増、そして地の利を求めて大都会の中心でビルのフロアを借りるコスト、人件費の高騰、などなど特許事務所をめぐる状況は決して生易しいものではありません。とうとう、東京23区内での事務所開設を
諦め、地方で開業する弁理士が近年増加しています。加えて、特許事務所の合併や共同事務所への模索も始まっています。
一方、老舗の大特許事務所の場合、パートナーになれる、なれないでもめて事務所を退職する弁理士もあり、加えてこのような事務所は旧来所長に世襲制を採用していましたが、これに対する批判も多く、前途は決して平坦ではないようです。やっと弁理士業界にも弱肉強食の時代が到来するのかもしれません。
(2) 世界的視野に立った弁理士
最近の大手日刊紙を見ても、知的所有権に関する記事が載っていない日が少なくなるような事態になりつつあります。世間はそれだけ知的所有権に関して興味を示しているのだ、と考えるのは手前勝手ではないでしょう。事実、NHKスペシャルで特許紛争に関する事項が特集されたときは、時代の進展に感動したものです(それにしては弁理士の知名度は低すぎる……)。
日本の工業所有権に関する動向は、他の先進工業国(あまり好きな言い方ではありませんが)の大きな興味をひきつけるものです。近年、工業所有権では、日本、米国、ECを称して「3極」といい、これら3極の特許庁長官などの会談が頻繁に行われています。特に、日本特許庁への出願件数は全世界の出願件数の過半数を占め、良くも悪くも日本の工業所有権界の動向が世界の動向をある程度決定づけている感もなきにしもあらずです(幾分外圧には弱いものの……)。
外国の企業も日本を重要なマーケットと考えて出願をしていますし、日本の企業も積極的に外国に出願して外国の特許権などを取得しようとしています。このような現代において、世界的視野に立った弁理士こそが望まれるべき姿であるように思われます。当然、我々ができることは日本国特許庁に対する専門的手続なのですが、常にグローバルな考えを持って事態に対する姿勢は忘れてはならないでしょう。特に、俗称ハーモナイゼーション条約が発効すると3極の特許法の均質性は非常に高まり、いずれの国に出願しても同様の法的保護が得られるという時代が来るでしょう。弁理士は今、ワールドワイドな職業に変貌しつつあるのです。
(3) プラスワンの魅力
近年、自分の回りで米国に修行に行ってしまう弁理士が増えました。理由は色々です。第一に、米国のロースクールに通って米国弁護士資格を取ってくるため、第二に、米国の特許事務所で研修をして国際的事件を扱う手法を学ぶため、第三に、単なる留学のため(これは弁理士と関係ありませんけどね)……結局のところ、弁理士の中で差別化が始まっているように思います。
これからの弁理士は、専門を一つ持つことが重要であるように思います。弁理士+αが要求されているのです。当然、このαには技術に対する専門知識も入りますし、特定の手続(外国出願、商標出願など)に対するノウハウも入ります。いずれにしても、弁理士という看板を掲げているだけで仕事が来た時代は終わった(昭和40年代はそういった時代だったようですよ)と思います。ですから、逆に私は、現在仕事を持っていられる方に是非弁理士になっていただきたい、そうして、自分の技術の知識を知的所有権の分野でもう一度花を咲かせてほしいと思うのです。また、自分の専門というべき分野を持っていない方でも、弁理士になってから特定分野に精通すればよいのです。文系の学校を出られた方でも立派な明細書を書いています。要は、やる気をどれだけ継続できるかが問題だと思います。そして、弁理士になろうと決心をされた方は、例外なく向上心を持っておられる方であり、これから来るべき「弁理士冬の時代」にあっても決して時流に流されることなくさらに「新たな春の時代」を築き上げることができる方であると信じています。