蝸牛月刊 第27.5号 1998年3月14日発行


 27号を出してからすでに2ヶ月ほど経っていますが、次号の見通しがつきません。その間にも、いろいろと動きがあったので落ち穂拾い的に27.5号を出します。これで暫くご勘弁を。


スタニスワフ・レム「虚数」ついに刊行

 二十年近くの間、すっと「近刊」とされながら幻の翻訳本と化していたレムの「虚数」がついに刊行された。架空の本(未来に書かれるであろう本)への序文を集めたもので、同じく架空の本の書評集「完全な真空」の姉妹編とも言えるかもしれない。題名も、原子の一個も存在しない無の空間「完全な真空」から、現実の存在ですらない「虚数」へと、さらに虚構性を強く主張する方向にアップグレードされているというわけだ。
 原著は、紹介する本の序文をそのまま写真製版したという設定になっている。そのため、本ごとに書体やレイアウトが変わるという凝った作りになっている。ロシア語訳も似たような作りになっているが、文字の種類が違うとはいえ、横書きでレイアウトを同じにでき、しかもイメージを損なわずに書体をデザインできるため、雰囲気を似せることは比較的たやすいだろう。しかし、日本語ともなると、横のものを縦にすれば良いというだけでは済まないため、原著を見るごとに、翻訳作業・・・というよりも造本はかなり大変だろうと思っていた。
 そんな不安とともに本書を開いてみたのだが・・・。凄い。時間がかかっただけのことはある。さすがに縦組みになっているが、それぞれの本ごとに書体、レイアウト、そしてノンブルなどのデザインを変え、横組みも併用している。かなり凝った作りの本である。長いこと抱いていた期待に応え、不安を払拭させてくれる本だ。
 そして最後の作品「GOLEM XIV」についても日本語版は嬉しい作りになっている。ポーランド語やロシア語版の短編集「虚数」では、「GOLEM XIV」の前書きと序文しか入っておらず、GOLEM XIVの講義録は序文と合わせ別の本としてまとめられているのだが、本書では全部合わせての収録となっている。もしかしたら日本語版と同じ作りのポーランド語バージョンがあるのかもしれないが、その真相はわからない。
 さらに、架空書評集「完全な真空」の中に単行本「完全な真空」の書評が収録されていたのと同じように、架空序文集「虚数」に序文があるのは当然のことだが、日本語版ではさらに「日本語版への序文」があるのも嬉しい。
 さて、「虚数」もやっと出たことだし、次は「技術大全」を切に希望します。


翻訳家の松永緑弥氏死去

 昨年の秋、ブルガリアSF集「緑色の耳」(リューベン・ディロフ&スヴェトスラフ・スラフチェフ)を翻訳された松永緑弥氏が、今月の11日に死去されました。新聞の報道によると胃癌だったそうです。

以上、大野典宏