「ターボリアリズム」講演用資料
1996年4月28日、東京で開催されたSFセミナーで翻訳家の中村融氏
とともに「ターボリアリズム−停滞の時代とサイバーパンクが生み出し
た原点回帰小説」と題した講演を行いました.その時、会場に配布した
資料です.
ロシアSFの簡単な紹介,歴史,ロシア独自の幻想小説であるファンタ
スティカの紹介,ロシアで起こったリアリズム運動「ターボ・リアリズ
ム」の概要をまとめてあります.
オリジナルはWindows95用のパワーポイントで作成したスライドの形
式です.箇条書きが多いので,この資料だけでは少しわかりにくいかも
しれませんが,ご容赦ください.
オリジナルのファイルはクリックでダウンロードできます.
ターボ・リアリズム
停滞の時代とサイバーパンクが生み出した原点回帰小説
1996.4.28
はじめに
ソ連邦崩壊後、SFから派生したターボ・リアリズムは、SFというジャンルだけに止まらず、ロシアの幻想文学「ファンタスティカ」の系譜の中に確固たる地位を確立するまでに至っています。
ターボ・リアリズムは、周到に準備され、計画的に作り出された完全に人工的な形式です。ターボ・リアリズムは SFであり、サイバーパンクの影響なくして生まれなかったことは確かですが、その一方で、ファンタスティカという形式がなければ存在しえませんでした。
ターボ・リアリズムは、小説の新たなる表現形式を模索し、同時にファンタスティカの原点への回帰することを目指す、相反するベクトルを併せ持ったジャンルなのです。
ファンタスティカについて
「ファンタスティックなリアリズムこそが最高のリアリズムである」というドストエフスキーの言葉の通り、ロシア文学には、一般に思われているような「固い、生真面目」とは正反対の性格を持った幻想的色彩の強い作品が多く存在します.
そのような系譜の作品はファンタスティカと称され、ロシア文学の中に確固たる地位を築いています.率直な感想を言えば「奇妙、変」なそれらの作品群は、ロシア文学に対する「固い、生真面目」といった先入観無しに読めば、ファンタジーファンには魅力的な作品ばかりであると確信します.
昨今のロシアSF
- ペレストロイカ
出版の自由,翻訳の自由
- 翻訳SFの洪水
劣悪な翻訳による品質汚染
- ロシアSFの再評価と復興
- ターボ・リアリズムの台頭
SF賞、文学賞を独占
現在はターボと従来SFの対立が起きている
ターボ・リアリズムの印象
- 人工的な形式
- 古典的なコンセプト
- より幻想性の強い表現
- 数多くの系譜を受け継いでいる
- 幻想小説
- ロシア文学 ファンタスティカ
- ロシアSF
- サイバーパンク
ターボ・リアリズムの伏線1
幻想的色彩の強い文学1
- E.T.A.ホフマン(1766-1822)
牡猫ムルの人生観」(岩波文庫)など
- ニコライ・ゴーゴリ(1809-1852)
外套・鼻」(岩波文庫)など
- フランツ・カフカ(1883-1924)
変身」(岩波文庫、新潮文庫)など
注:作品は新刊・古本を問わず入手しやすいと思われる本のみ、出版社名まで明記した
ターボ・リアリズムの伏線2
幻想的色彩の強い文学2
- ミハイル・ブルガーコフ(1891-1940)
「白衛軍」(群像社)など
- ガルシア・マルケス
「族長の秋」(集英社)など
ターボ・リアリズムの伏線3
ロシア文学(ファンタスティカ)
ロシア文学の根底にはリアリズムがある.幻想的なリアリズムを最上の表現手法とする.
ex.フランス=古典主義,ドイツ=ロマン主義
ターボ・リアリズムの伏線4
ロシア文学の系譜1
- 簡潔,率直,直接的,現実的な系譜
プーシキン,ツルゲーネフ,トルストイ,チェーホフなど
- 幻想,綺想,ユーモア,レトリック,実験の系譜−ファンタスティカの系譜
ゴーゴリ,ドストエフスキーなど
注: この分類は傾向でのみ分けているため、個々の作品ではクロスしている物も多い
ターボ・リアリズムの伏線5
ロシア文学の系譜2
- モダニズム1 デカダン派 象徴主義(シンボリズム) 1895-
レーミゾフ,ザミャーチンなど
- モダニズム2 ロシア・アバンギャルド未来派 ツェントリフーガ フォルマリズム
マヤコフスキー,パステルナークなど
ターボ・リアリズムの伏線6
ロシアの作家による広義のSF・ファンタジー・PF 1
- ニコライ・ゴーゴリ(1809-1852)
ヴィイ(河出文庫「ロシア怪談集」)
- アレクサンドル・グリーン(1880-1932)
輝く世界
- アンドレイ・プラトーノフ(1899-1951)
「プラトーノフ作品集」(岩波文庫)
- エヴゲニー・ザミャーチン(1884-1937)
われら(岩波文庫)
ターボ・リアリズムの伏線7
ロシアの作家による広義のSF・ファンタジー・PF 2
- イリア・エレンブルグ(1981-1967)
トラストDE(海苑社),フリオ・フレニトの遍歴
- アレクセイ・トルストイ(1883-1945)
アエリータ,技師ガーリン
- ミハイル・ブルガーコフ(1891-1940)
犬の心臓(河出書房新社)
ターボ・リアリズムの伏線8
ロシアSF(科学啓蒙小説)
- コンスタンチン・ツィオルコフスキー(1857-1935)
- アレクサンドル・ベリャーエフ(1884-1942)
ドウエル教授の首(創元文庫),無への跳躍
- イワン・エフレーモフ(1907-1972)
アンドロメダ星雲,丑の刻(早川書房)
ターボ・リアリズムの伏線9
ロシアSF(暗喩としてのSF)
- А и Б・ストルガツキー
そろそろ登れカタツムリ,トロイカ物語,びっこな運命(モスクワ妄想倶楽部)
早川書房、群像社刊
ターボ・リアリズムの伏線10
サイバーパンク
- ウィリアム・ギブスン,ブルース・スターリング
- 文体,小道具
- ヴァーチャル空間の表現形式
- ァンタジーがリアリティを持ち得る世界の創造
- ヴァーチャル空間という概念の出現によって,リアリティを感じうる領域が広がった
ターボ・リアリズムの背景1
ソ連時代(スターリン以降)の作家に課された選択肢
- 投獄、または海外に亡命
海外で高い評価を得た−ソルジェニーツィン等
- 共産党の専属になる
後に批判が集中した
- SF作家になる
デフォルメを大きく施し,幻想性を強める
ロシア国内で支持された−ストルガツキー等
ターボ・リアリズムの背景2
ソ連時代のSF作家「抑圧の中の自由」
- どうせ何をやっても本は出ない
- したがって好きなことをしていた
- 作家の表現に何の制約も無かった
「ただ食えないだけなのさぁ〜」
- SF作家は海外に亡命する必要も投獄されることもなかった
ターボ・リアリズムの背景3
ボリス・ストルガツキー主催のサンクトペテルブルグ在住SF作家セミナー
- 若いSF作家達が集い,次世代の形式を模索
- ターボはこの時,創り出された人工的な表現形式
- ボリス・ストルガツキーが創り出した形式とも言える
ターボ・リアリズムの創設者 ボリス・ストルガツキー
- 後進を育てるような活動は兄・アルカジーがすることだと思われていた
- 実は苦難の時代にロシアSF界の屋台骨を支えたのは弟・ボリスだった
ストルガツキー兄弟のそれぞれの位置づけ
- 映画の原作,海外への作品の発表といった外へ向かう活動は兄
- 国内の作家をまとめ,来るべき時代を待っていたのは弟
- 兄はソビエト的な作家,弟はロシア的な作家であるとも言える
ターボ・リアリズムの成り立ち1
- ヴェルヌやウェルズの系統ではない
- アシモフやクラークといった現代SFの影響がまったくない
- したがって,西欧・アメリカSFの影響はどこにもなく,純粋にロシア文学であり,ロシアSFである
ターボ・リアリズムの成り立ち2
- ロシアSF
現実をデフォルメして表現する手法を持つ文学
- サイバーパンク
新たな時代の表現形式
- リアリズム文学
ロシアの伝統的な文学形式
ターボ・リアリズムとは?1
加速されたSFではなく,加速されたリアリズム文学である
- 根底にあるのはリアリズム
- 幻想的・SF的な表現形式によってデフォルメし,それを積み重ねることによって現実感を感じさせる手法(非常に伝統的な手法)
ターボ・リアリズムとは?2
未来に向かって逆流する文学
- SFを拡張する形式ではない
- 伝統的なリアリズム文学を拡張する形式
- ロシア文学の系譜の中に位置する
アメリカSF的な要素は全く無い
ターボ・リアリズムの本質
- Total Assertion
- Metareligion
- Supertext Absolutization
これらのキーワードに対する解釈がすべてターボ・リアリズムの説明になる
ターボ作家 ビクトル・ペレーヴィン
- 世界的に評価の高いターボ作家
- 英語,ドイツ語などに翻訳されている
- 日本語訳「眠れ」(群像社刊)NOW!
ターボ作家
- ミハイル・ウェレル
- アンドレイ・ストリャーロフ
- ヴャチェスラフ・ルィーバコフ
- アンドレイ・ラザルチューク
まとめ
- ターボ・リアリズムはリアリズム文学の運動である
- リアリズム文学の原点に立ち戻り,表現を模索する形式である
- 目指すものは前衛ではなく,伝統的文学の復興である
- 但し,復古を目指すものではない
より詳しく知るために
- 「夢に見られて」沼野充義著(作品社)
SFも含めたファンタスティカの入門書
- 「ロシア怪談集」沼野充義編(河出文庫)
ロシアの著名な作家達が書いた幻想色の強い作品集
- 「眠れ」ペレーヴィン(群像社)
日本語で読めるターボ・リアリズム作品集
質問等はGBG00253@niftyserve.or.jpまで
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