科幻情報 Vol.31


中国SF資料之七、8月末発刊

 やっと出ることになりました、中国SF資料之七。今回のタイトルは『裂変的木偶』。北京のSFファンジン《立方光年》からの転載です。ほかに《科幻世界》から韓松『没有答案的航程』、星河『同是天外淪落人』など。しかし小説よりも姜雲生氏の評論『科普・人生観照・宇宙全史』が興味深いんじゃないかと思います。中国SFの発展に関するもので、香港・台湾までも視野におさめての評論は、台北へ招かれた折に行った講演の記録です。上海在住の姜氏ですが、父君が台湾に行っているあいだに中華人民共和国が成立し生き別れになっていた関係上、〃文革〃後いちはやく、作品紹介を通じて台湾との交流が始まっていた由。以前この連絡紙上でも紹介したアンソロジー《台湾科幻小説大全》などの仕事もあり、海峡の両側の事情に精通している氏ならではの視点が興味深く、いろいろ教えられるところがありました。なお、氏は現在、ジェイムズ・ガン氏の招きにより渡米中。帰国後の活躍が期待されるところです。私も氏に啓発されて、「解説」ではいつになく饒舌になってしまいました。全56ページ。あれ、連載のはずの『黒薔薇修道院』が入ってないぞ……ま、予算の関係もありますので請原諒。


97年中の物故、遅叔昌氏に続いて童恩正氏も

 長らく日本にいてついに帰化された、中国科幻小説の早期の作者、遅叔昌氏が昨年の2月に川崎市の自宅で亡くなりました。そのことは昨年お伝えしたのですが、同年4月21日には日本で最初に紹介された中国科幻小説《珊瑚島上的死光》の作者である童恩正氏が、かねて病気療養中のアメリカ、ピッツバーグで客死されたのです。享年62歳。1986年、はじめて成都を訪問した折はアメリカ留学を終えて四川大学の歴史学教授のポストにあり、3日間の滞在中は何かとお世話になったものでした。白酒のイッキ飲みをやらされたことと、北京へ戻るときは空港までバイクで送ってあげるよ、と言ってくれたことが忘れられません。1989年の銀河賞大会のときはかなり体調が悪かったのを無理して出席しておられましたが、やはり無理がたたったのかも知れません。子供の頃から病弱だったとは聞いていたのですが、最初に会ったときの印象は、赤ら顔でたいそう堂々として見えたのを覚えています。89年のときはひとまわり小さく見えたのは病気のせいだったのでしょう。ともあれ合掌。氏のハチャハチャ講談《西遊新記》を訳したかったなあ(この『科幻情報』の発行ペースが遅いため、ニュースが遅れてしまいました。すみません)。


彭懿氏によるホラー二篇について

 中国にSF(という呼び方には疑問なきにあらず)があったのは分かったけれどホラーのほうは革命後復活してないんじゃないか、と思っていたところ、日本留学中にS・キングに啓発されたという彭懿氏(この人もこの欄で紹介ずみ)が、モダンホラーばりの長篇をあいついで発表していた。《与幽霊擦肩而過》《半夜別開窓》の2篇で、どちらも作家出版社刊。前者は日本留学体験に題材をとっていて私小説風の読み方も可能。後者は現代中国の人々の心に影を落としている〃文革〃の後遺症が描かれる。大陸の現代作家が幽霊を描いたらどんなふうになるか、というと短編では先例がないこともないのですが、興味ある方は中国図書店を当たってみてください。


武侠小説と科幻小説との奇妙な関係について

 中国の科幻小説(海峡の両側とも)関係者には、そのあまりの流行に眉をひそめる向きもある、いわゆる武侠小説ですが、むろんSFファンの声など微々たるもの、金庸、古龍をはじめそのニセモノに至るまで、たいへんな人気が続いています。武侠小説の研究書と称するヲタク本も相当数出回っていて、その先鞭をつけたのは、日本では科幻小説の作者として紹介されている倪匡だとか。倪匡は金庸の代筆をやったこともあり、古龍とは飲み友達、自分もいくつか武侠小説を書いているので、そのせいかどうか、彼の科幻小説はドタバタしているけれど科学性はあまり感じられない。武侠小説と科幻小説の両方に筆を染めている作家は、ほかに温瑞安という人がいて、台湾の科幻小説専門誌《幻象》の第三期号にディストピアものの短編を書いている。日本でも田中芳樹氏あたりがその両方に出入りしている模様。しかし意外なことに「武侠小説」という呼び名そのものは日本語がルーツであるらしい。古典SFに興味のある人ならば知らぬ者とてない押川春浪がその創始者だという説が、ヲタク本の一つである学林出版社『論剣』−武侠小説談藝録−(葉洪生)に出ていた。たしかに『武侠艦隊』も『武侠之日本』も春浪でしたな。明治の清国留学生が『海底軍艦』をはじめ春浪作品の多くを翻訳していたのも周知の事実。


第37回日本SF大会CAPRICON1

 夏恒例のSF大会、ことしは名古屋です。資料之七を出す以上、当然、売り込みのために行ってきます。自主企画のほうは、時代の要請にしたがってなるべくビジュアルを志した中国SFの紹介を、雑誌《科幻世界》の歩みをたどる形で行います。ゲストにロシアSFの大野典宏氏と、奇談作家(深夜のアニメ『吸血姫美夕』の脚本書いた人で、実は中国志怪などに詳しい)の早見裕司氏。対談のシナリオ、一応は考えてありますが、当日の雰囲気でどう変化するかわかりません。時間帯は1日目の夕刻ですけど……。


九八年中国銀河賞授賞大会

《科幻世界》編集部/川口秀樹・訳

 一九九八年三月二七日、《科幻世界》雑誌社は上海科学会堂において九七年度中国SF小説銀河賞授賞大会を盛大に開催した。数日前に上海では春の雪が降ったばかりで、三月二七日の午前も雨がしとしとと降り続き肌寒かった。南昌路に位置する科学会堂はかえって非常な熱気に包まれていた。上海のSF作家、科普(科学普及)作家、翻訳家、新聞記者、姉妹紙編集部の面々、そして受賞者の計百人あまりが一堂に会し、歓声をあげたのである。葉永烈氏が興味津々に会場に現れたときなどはSF創作を標榜する人々は騒然となり、みなしきりに彼と記念撮影を行った。著名な科普作家の饒忠華氏も葉永烈氏としっかりと握手を交わした。これは中国のSFと科学普及の発展において疑いようもなく極めて意義ある一瞬である。
 新しい発想を取り入れて、授賞式は受賞者である米蘭女史の司会で執り行われた。これは雑誌社と作家との間の相互信頼とそれを重んじる特殊な関係の現れであり、会場の雰囲気も軽快で活発なものとなった。
 上海科学協会副主席の銭雪元氏、中国科学普及協会副秘書長の饒忠華氏、科学者の陳念貽氏、著名なSF作家の葉永烈氏、劇作家として名の知られた沙葉新氏らが相次いで挨拶をし、ここ数年来の中国の科学的事業の発展に占める《科幻世界》の独特且つ甚大な貢献を大いに評価した。
 葉永烈氏は、授賞大会出席に先立って、差し迫った原稿の執筆をひとまずおいて、大部分の授賞作品を読み、現在のSFの水準を八〇年代初期と比べたところ、量的に増大しているだけではなく、人を引きつける魅力という質的な面での飛躍も感じられると語った。また氏は、中国SF界の良好な発展のためには、このような出発点が高く、視野が広く、考え方の斬新な新しい世代のSF作家の登場は、本当に喜ばしいことだとも述べた。
 《科幻世界》副編集長の譚楷氏は、詩人のような満ちあふれる情熱を露わにして演説を行った。彼は《科幻世界》創刊以来十九年に及ぶ紆余曲折の発展の道程を回顧し、聴衆に昨今の雑誌の良好な発展の様子を紹介した。
 受賞者を代表して、緑楊、王晋康、趙海虹の三氏が創作の実践と結びつけた精彩ある発言を行った。
 緑楊氏はSF分野には十年あまり筆を揮っていなかったが、このたび《黒洞之吻》で特等賞を獲得した。王晋康氏は過去三年連続でトップに輝いており、今回の《七重外殻》でも一等賞を獲得した。その実、《拉格朗日墳場》《生死平衡》《三色世界》もみな秀作の誉が高く、入選に至らなかったのは、単に定員に限りがあったからに過ぎない。その後に並ぶ新鋭達は、柳文揚、蕭川両氏が大学を出たばかりであるのを除けば、趙海虹、周宇坤、米蘭、雲翔、昆鵬、陳蘭、王海兵ら諸氏はみな大学在学中か大学院で研究中の身である。受賞者の内訳は、基本的に《科幻世界》の作家達の構成状況を反映している。このように年若く、活気溢れる創作陣が一つの雑誌によって形成され成長してきた様子は、上海マスメディアの取材の焦点となった。
 上海の主流文学界も、SF文学界の活動に対して強い関心を示した。簡単な授賞式の後、復旦大学教授で著名な歴史学者である顧暁鳴氏の生き生きとしてユーモアがあり、情熱と力に満ちた言葉は満場の拍手と喝采を呼び、大会は一段と盛り上がりを見せた。顧教授は歴史学者としての観点からSFを見て、次のように述べた。
「実のところ、例えば最も厳密な歴史学の中にも多くの想像が満ちている。その意味から言えば、歴史にもSF的色彩があり、歴史は一種逆向きのSFになる。よってSFもまた時間の流れの方向に随った歴史であると理解できる。この要因に基づいて、中国のSF作家が中国の歴史文化の中から、より多くの題材を開拓し、より多くのイマジネーションを得ることを希望する」
 復旦大学教授で著名な文学批評家の陳思和氏は次のように指摘した。「ここ数年のSF文学の進歩は、科学的題材や科学の予見姓という面での進歩というだけではない。更に重要なのは、文学上の円熟と豊かさという点である。それ故に、SF文学の創作水準の上昇は、SF創作陣文学的素養の上昇にかかっている」 中国で最も歴史の長い青年文学誌《萌芽》編集長の趙長天氏は、彼らの出版物はSFの原稿を歓迎する旨を明らかにした。もしこれが実現したならば、《萌芽》は九〇年代以降のSF作品を発表する最高の主流文学刊行物になるだろう。
 何人かの来賓の素晴らしい発言は、出席したSF作家と編集部関係者に熱烈な反響をもたらした。
 国内に、外国のSF作品を紹介することに非常に貢献している郭建中教授と呉定柏教授は、本大会で外国でのSF創作の現状を紹介した。彼らは国内と国外のSF創作の歩みを対比的に分析したが、両者の比較には、中国のSF作家に対する深い反省への期待が暗に込められていた。
 中国科学普及作家協会文芸委員会、並びに著名なSF作家の鄭文光氏、金涛氏、呉岩氏、星河氏らが本大会に祝電を寄せた。
 本大会の出席者はこの他に、翻訳家の孫維梓氏、ベテランSF作家の求実氏、滬寧(上海南京周辺)地区のSF作家の姜雲生氏、孔斌氏、袁英培氏らがいた。本誌の上海格校の作家達も大会に出席し、受賞者達と一緒にSF創作について話し合い、その経験を交流した。

一九九七年 SF小説銀河賞結果発表


編者後記
《科幻情報》も《中国SF資料》も、読者の声に支えられて発行しています。最近は会員からの声も途絶えがちで、息も絶え絶え。徹夜で練習した結婚披露宴のスピーチを、お色直しで新郎新婦の中座したあとの金屏風に向かって述べるにも似て。(林久之)