科幻情報 Vol.23
昨年暮までに発行するはずであった科幻情報だが、なんと、もうすぐDAICON6とは。諸般の事情があったとはいえ、まことに申し訳ないことです。平身低頭。
さて、姜雲生より急告。来たる7月初旬、上海で台湾の作家を招いて《首届海峡両岸SF討論会》が開かれる由。日本からの参加を望むとのことである。姜雲生氏の提唱により、復旦大学中文系・上海作家協会・上海市松江県文聯等が約半年の準備期間をついやしての開催という。
「科幻情報」では以前にも、劉興詩氏から日本のSF関係者に対して送られてきたメッセージを紹介して、せっかくの機会に中国を訪問する人はいないかと呼びかけたことがあったのだが、残念ながら応ずる人はいなかった。今回こそは、一昨年WSFに参加された柴野・山岡両氏につづいて、日本のSF関係者の出席がのぞまれる所である。中国語会話ができなくても、英語で十分用が足りるはず。
なお、かくいう私も今回は出席できる可能性が大ですので、その節はどうかよろしく。
昨年夏のSF大会にゲストとして招かれた呂応鐘氏から《幻象》のバックナンバーを寄贈されたことは前回お伝えしたとおり。全貌を紹介する前に、とりあえず[科幻奨]受賞作品の紹介をしなくてはなるまい(その後の連絡では、延期になった由)。
台湾《幻象》第6期号所載[科幻奨]受賞作品の紹介
1991年、第1回華人科幻芸術大賞の小説部門および漫画部門の入賞作品が、《幻象》誌上に発表されている。
小説部門
- 韓 松(重慶)『宇宙墓碑』
恒星間飛行が実現している、はるか未来の物語である。はるか遠い星で死んだ人々は巨大なモニュメントを建設することを望んだ。ウラシマ効果のため、死後をとむらってくれる家族もなく、自分の死は自分で記念するほかはなかった。それにともなって、生前の希望や業績などによってモニュメントを設計し建設する人々が現れた……
受賞作は以上の設定にもとづき、はるか後の時代から過去を探る形で、前半後半の時間を転倒させて語っていく。壮大な未来史という題材は、いかにも審査員の張系国ごのみである。昔の光瀬龍の中・短編を思わせる佳作。
- 姜雲生(上海)『長平血』
今話題のバーチャル・リアリテイを使ったものだが、作者の関心は、その技術を用いて古代史の謎を解こうとする点にある。作品の狙いがサイエンスとはちょっとズレたところにあるため、張系国の評価は辛い。しかし歴史を扱いながらも、自分だけが過ちを犯していないという立場を取る作品が従来多かったのに対し、この作家は現代に生きる自分自身もまた無謬ではありえないとの立場を取っている。中国SF資料之四に紹介した「終生遺恨」以来、作者の視点は一貫している。
- 劉慧媛(高雄)『鬻魚案始末』
SFというより、哲学的思弁小説。地球人の生きかたを、幻想世界の人物たちに、裁判の形式で論じさせるというもの。肉付けが足りないため、面白みはあまりないが、審査員は「宗教科幻小説」であるとしてその意欲を買っている。翻訳するにはかなりホネであると思われる。
- 樊聖(台北)『地底月亮』
軍事演習の間に地下の洞窟に落ちた兵士が、異常な体験をするという物語。冒険小説の色彩が強い。審査員の評では倪匡が引合いにだされていた。そういえばたしかに、似ている。
上位2人が大陸の作品で占められていたことから、受賞式のあとで「華人科幻芸術大賞」のあり方や賞を設置した張系国の功罪をめぐって時ならぬ「場外乱闘」(ホントに乱闘があったわけではなく、白熱した討論が行なわれただけだが)があったという。台湾SF界の抱えるさまざまな問題点を指摘しあう、興味深い内容ではあるが、スペースの関係で省略。
そのうち掲示板(Nifty.FSF)のほうにアップするかも知れないので、時々のぞいてみて下さい。
漫画部門
漫画部門については、ストーリーには特に瞠目すべき所はないが、絵の手法が興味深い。『地獄』に日本の竹下元首相の顔が出ていたので、のけぞったが、特別の意図はなさそう。
- 陳秋玲/李英杉(台湾)『地獄』
病死するまぎわに若者が見る幻影。絵の技法はすごいが、手抜きも見えたりする。
- 林尚徳(台湾) 『喜劇』
人類滅亡後の話。ロボットが不自然に人間くさいのは、大陸・港台を問わず見られる、中国科幻の通弊かも知れぬ。木版画ふうの絵が面白い。
- ◎石明川(香港) 『大文明伝』
はじめて中国統一をはたしたのは秦の始皇帝だったはずだが……。トボけた人物描写がユニーク。
- ◎陳真/蒋明益(台湾) 『訪客』
日中戦争秘話。コマ割りの技法など、日本のマンガのイメージに最も近い。ただ戦闘機のデザインには問題あり。
国内で出た本の紹介
古代中国を舞台とする歴史小説とファンタジーあいついで出版されている。この3年くらいの間に自分で読んだものからいくつか紹介してみよう。そんな本やっといまごろ読んだのかとか、あれが抜けてるぞ等といわれそうだが、そういう方にはご自分の推薦したい本を紹介していただけると、大いに助かるのであります。どうかご寄稿を。
- 酒見賢一「後宮小説」
日本ファンタジー大賞を受賞した話題作。題名からして人を食っている。「小説」という語の出典を知る人ならニヤリとすることだろう。実在しなかった史書の引用を散りばめて、書いてないことどもをホントらしくウソっぽく綴っていく呼吸が実に面白い。中国に関心ある人ならばすでに読んでいる筈だが、万一まだだったら是非奨めたい。
- 狩野あざみ「博浪沙異聞」
歴史小説に幻想小説の要素を持ち込んだ連作。表題作は『歴史読本』の第15回歴史文学賞を受賞している。登場人物はほとんどが史書に登場する実在の人物なので、幻想的歴史小説としておぼろおぼろとした雰囲気を味わうのもよいし、史記や左伝などに記された話と較べてみるのも面白い。原文に当たるのがしんどい場合は、あとで述べる「春秋戦国誌」と読み較べてもいい。漢文の授業で学習した人物像が、こうした小説で読むと生き生きとして動き出す、この快感はなんともいえない。
- 井上佑美子「長安異神伝」
題名からして容易に想像できると思われるが、唐代(太宗李世民の時代)の長安を舞台として、実在の人物・架空の人物が入り乱れて登場するというもの。興味深いのはその中心となる「人物」で、なんと、二郎神――顕聖二郎神君楊f――が主人公となって、武侠小説を思わせる大活躍を見せるというものである。二郎神君ってそんなにガラが悪かったかなあ、と、つい首をかしげてしまった。
とはいえ、作者は慎重に史料に当たって、史実との矛盾がないよう配慮している。それどころか、広く知られている事件や人物をも巧みに採り入れて、物語の味わいを複雑なものにしている。中国に詳しい読者をニヤリとさせてくれる芸の細かさがにくい。
この二郎神君を主人公とするシリーズは、現在のところ次の四篇五冊が出ている。
□長安異神伝 □乱紅の琵琶 □将神の火焔陣(上)(下) □還魂の花灯
- ◎井上佑美子「桃花源伝奇」
昔、武田泰淳「十三妹」というのが、新聞小説として発表されたことがある。発表時期および「中国忍者伝」というサブタイトルからして、山田風太郎の忍法帖シリーズを意識したものらしい。そのあとを継いだと言えないこともないのが、前出・井上佑美子のもう一つのシリーズ「桃花源伝奇」。かつて武田泰淳が、山田風太郎に対抗して「十三妹」と「三侠五義」に「儒林外史」までゴッチャにしてしまった実績があるのだから、この「桃花源伝奇」の史実歪曲も許されるかもしれない。作者自身あとがきで断っていることでもあるし……
- 安能務「春秋戦国史」上中下巻
「左伝」をよめ、などといわれると、たとえ現代語訳でも二の足踏むところ。筆者も原文にくいついてみたが、荘公まででアゴを出した。ところがこの「春秋戦国史」、実にオモシロく読めるのである。「左伝」や「史記」などの資料を渉猟した上で、実にわかりやすく、しかも現代の言葉や概念をもってときほぐしてくれている、親切な本なのである。
中国文学や中国史の専門家からは、「面白すぎる」「くだけ過ぎ」との批判が出てきそうだが、なに、「左伝」だって昔は「左氏ハ春秋ヲ伝ヘズ」なんて言われていた。それに、この作者の儒教に対する批判的な視点がなかなか興味深い。というより、作者は儒教によって塗り替えられる以前の世界をいきいきと描いて見せているのだ。見方によっては「三国演義」にも匹敵するのではあるまいか。ファンタジーでもSFでもないが、中国人の手による小説が(科幻小説も含めて)しばしば古代史の知識を下敷きにしている以上、中国SFにかかわる人間としては、避けて通れないところであろう。それが面白く読めるのならば、それに越したことはない。どうしても原典が気になるのならば、「左伝」や「史記」をかたわらに置いて参照すればよいのだ。前出「博浪沙異聞」と同じ題材を扱ったところが多いので、比較してみるのも面白いと思われる。
同人誌情報
- 「宇宙塵」191号
ワールドSF 中国〈成都市〉レポート……山岡 謙
「科幻年会」のあと ――杭州訪問…………柴野拓美
すでに‘旧聞’となった、中国・成都のWSF大会の詳細レポートである。ホラー・ドキュメンタリーとして読むこともできる、というウワサである。
- 「ルナティック」17号
妹妹(虹彩妹妹)……張系国/林久之・訳
「星塵組曲」シリーズの一編である。SFというよりホラーみたいな味わいだ。むかし早川の、SFならぬSSシリーズにあった短編集「十三階の女」に収録の……おっと、これ以上は言わないほうがいい。
六日目の決断(生死第六天)…………呉岩/林久之・訳
銀河賞第3等受賞作である。「ミクロの決死圏」中国版。ソツなく書かれている。
- 「ばむ」19号
死刑…………尤異/渡辺直人・訳
「中国SF資料」巻末のリストに入れ忘れていたもの。教条的なところが気になる。原題は不明。
おわりに
この「科幻情報23号」ですが、実はゴールデン・ウィークのちょっと前に編集したものです。NIFTYのFSFフォーラムでは掲示したものの、印刷のほうに出しそびれて24号と同時発行みたいになってしまいました。若干手後れになった情報もありますが、このまま印刷に出します。ついに廃刊かと心配なさった方、やきもきさせてすみませんでした。(林久之)