科幻情報 Vol.14


SFマガジンが台湾SF小特集

 ことし最初の科幻情報です。昨年は二回しか発行できませんでしたが、今年はもう少し出したいと思っています。もっとも、四月初めに出すつもりが間に合わず、ゴールデンウィークに編集をと思っていたら、今度は耳下腺摘出という手術をうけることになり、連休中ずっとベッドの上。結局今になって大慌でワープロをたたいている次第。はたして計画通りにいきますかどうか……。
 すでに御存知の方もあろうかと思いますが、『SFマガジン』の7月号(今月末発売)に、小特集という形で張系国の短編が三つ掲載されています。連作『星雲組曲』から 「銅像城」「翻訳絶唱」(これは「中国SF資料之三」に掲載したものの改稿です)、『夜曲』から「香格里拉」、それに香港・台湾のSF事情の解説、といった構成です。「資料之三」では紹介しきれなかった張系国の別の一面を見ることができるでしょう。また、東海SFの会の会誌である『ルナティック』の15号には、やはり張系国の『星雲組曲』のエピローグにあたる「帰」が掲載される予定。これで台湾に張系国ありと知れわたる ――といいのですがね。
 その張系国氏ですが、台湾SF作家として紹介しているものの、現住所はアメリカです。ピッツバーグ大学でコンピュータを講じていて、その方面の専門的著書も何冊か出しています。手元にある『夜曲』の著者紹介によると、1944年重慶の生まれ。ただし原籍は江西省の南昌県となっている。台湾のいわゆる外省人であるわけです。台湾の人たちには海峡をはさんでさまざまなドラマが秘められているんですね。『星雲組曲』にもそうした作者の、屈折した思いがうかがわれるかと思います。
 海峡をはさんだドラマといえば、去年の夏上海で会うことのできた姜雲生も数奇な半生を過ごしてきているのです。本人からの書簡によると、原籍は雲南方面だったのですが、のちに父の実家のある杭州へ移住、その後父親が台湾へ渡ったまま、中華人民共和国の成立によって生き別れになってしまったということです。中学からは上海市へ出て学問をおさめ、復旦大学歴史系を卒業、とたんに“文革”の嵐に出会い、しばらく松江県で中学の教員をやっていたが、現在は上海電視大学松江分校の講師。父親の消息がわかったのは台湾政府が大陸との交流を黙認するようになってからのこと。最近里帰りができるようになって、ようやく再会を果たしたというのですから、この人の作品にも何か屈折した影のようなものが感じられます。それにしても平和な時代に育った私たちに比べて、向こうには苦労人が多い。対談していてこうした話題が出てくると本当に返す言葉を失ってしまいます。


「中国SF資料」次回は上海の姜雲生父子に

 さて、SFマガジンにもルナティックにも張系国が登場するとなると、この際「中国SF資料之四」もなんとかしたいもの。現在のところすでに姜雲生の短編を一つ訳してあり、もう一つ姜亦辛の作品もどうにか間に合いそうなのでこの父子作家の特集ということでいきたいと思っています。「資料」はこれまで一年おきのペースでしたが、もし夏の大会までに発行できれば二年連続の発行となるわけで、画期的な出来事になります。もっともその後も毎年発行できるかというと、はなはだ心もとない。まあ、あくまでもそのような希望を持っているということでご理解ください。
 話は張系国にもどりますが、會津信吾さんの提供により、彼の編集したアンソロジー『当代科学幻想小説選』なる本が手に入りました。香港・台湾の作家を一編ずつ集めて解説を加えたものです。中身は玉石混交といった所ですが、これもおいおい紹介していきたいと思っています。請・御期待。


おたよりコーナー

 今回は『中国SF資料』に対して寄せられたものの中から、主なものを選んで紹介させていただきます(実をいうと、せっかくお寄せいただきながら、しまいなくしたものがありました。ゴメンナサイ。)

『減去十歳』に対して

 「マイナス十歳」、よくこなれた気持ちの良い訳だと思います。ただ個人的な好みからいえば、(言+甚)容という作家、「人到中年」のときからどうも食い足りません。彼女の世代の作家たちに往々にして見られる傾向のようですが、胸にうず巻くものがありながら、どこかで無意識に遠慮している。林さんは解説で「文芸講話」の影響を指摘され、そうした色の濃い作品の中では、遙容のものに比較的高い評価を与えておられます。それはたしかにそうだとは思うのですが、私がいいたいのは遙容の場合は、「文芸講話」や他の政治的配慮と必ずしも直接には結びつかないところで尚、中国的常套とでもいうしかない人間把握の仕方に足をとられているように思われてなりません。もちろんそんなことは御承知の上で訳されたのだろうと思いますが、たしかに文革の十年、「人到中年」の作者が人生から差し引いてみたらと夢想する気持ちは痛切にわかります。その辺のことを解説で触れ、ちょっとつっこんで見られたらもっと面白かったのではないでしょうか。 「三〇一七計画」、「海豚之神」の延長線上のお仕事、これも読み易い訳で、鄭文光の淡々としたねばつきのない筆致が素直に感じられます。
 評論「開拓者の足跡」は、それなりによくまとまっているとは思いますが、中国の大半の「評論」同様、あまりにも表面的かつ優等生的で、率直にいって「資料」(そうことわっておられますが)の域を出ないのが残念です。むしろ林さんが正面きって、日本の読者の立場から徹底的に切りまくるのを読みたいと思います。

「傾城之恋」に対して

 初の台湾SF特集とのことで早速通読させて頂きましたが、(多少先入観もあるでしょうが)大陸のものよりもイデオロギッシュな所が少なくのびやかな印象を受けました。「通訳絶唱」(題名がいいですね)は、「狂人日記」のSF的再解釈ではないでしょうか。「陥落の日」の方は、冒頭部分を読んで、冒険SFでも訳されたのかと不思議に思いましたが、読み進んでなるほどと感心しました。タイムトラベルと全史編簒、文明崩壊を結びつけるというのは全く中国らしいアイデアですね。「科幻之旅」はもう少しこちらに予備知識があるともっとアクチュアルな感じで理解できるのでしょうが……。台湾の武侠小説というのは一体どんなものかと首をひねって読みました。ともあれ、まるっきり知識のなかった台湾SFの情報をどうも有難うございました。最近ハヤカワで出た「アナザー・エデン」を読んだら暗いSFが多くて、少々閉口していた所だったので、毛色の違ったSFが読めてほっとしました。今後も元気でご活躍を。

「傾城之恋」および「ペンフレンド」(ルナティック14号)に対して

 中国SF研の最近の活躍は、頼もしい限りで、「ルナティック14」掲載のペンフレンド」と「傾城之恋」掲載の「通訳絶唱」「陥落の日」、計三作を一気に読ませて頂きました。中国系SFの一気読みというのは初めての経験で、勉強させられるところもあり、楽しい体験でもありました。
 僕にはやはり、倪匡の「ペンフレンド」が面白く読めました。比べると張系国の場合は、「SFするぞ」という意識が先に立ってか、プロットにもたつきが見られる感じです。張系国の作品二篇では「通訳絶唱」が良かったです。アイデアふたつ、科学的な輪廻転生法と異星人間の言語学ですが、やはりどちらかひとつで纏めるべきだったでしょう。読んでいて面白かったのは、東洋的な転生法とSFの組み合わせでした。思想的な部分が強化されると、もっと面白く読めたでしょうが、(ここでひとつ思い付きましたが、草上仁の作品に「強制輪廻」というのがありまして、人間の魂を強制的に色々な生き物の中に入れて行くって短編ですが、あれ中国系のSFファンが読んだらどんな感想をするんだろうか、興味があります。)
 「陥落の日」は中国系SFには珍しい時間テーマ、貴重な作品でしょうが、僕には今ひとつって感じです。林さんの話では、中国系SFはこの分野が遅れているそうなんで、価値のある一作には違いないでしょう。
 で、倪匡の「ペンフレンド」ですが、これは良い作品でした。ストーリィテリングというのは、「読者をノセること」平井和正流にいうと「ベクトル感覚」ですが、この点、今まで読んだ中国系のSFの中では、この作品が一番優れていたように思います。もちろん、悪ズレした日本の読者には、×××××××がペンフレンドだったなんて話の展開は見えてしまうでしょうが、ストーリィテリングの才能というのは、そうした部分とは別のところにあります。倪匡の作品は他にも影絵ドラマで「蠱惑」を見ていますが、あれも面白かったです。キャラクター設定の配置が、この人の場合、実に巧い。前半を謎で引っぱる 構成も巧みで、SFというジャンルが台湾で根を下ろせるかどうかは、こうした書き手の存在如何に掛かっているといって、云いすぎではないでしょう。


その他のお知らせ

☆前回(Vol 14)ちょっと触れましたが、葉永烈氏の話に出てきた“中国科学幻想小説選”の正体が分りました。SFマガジン7月号のSFブックスコープ欄によりますと、『中国科学幻想小説事始』の題で童恩正・鄭文光・葉永烈など大陸の代表的作家の作品を翻訳紹介したものらしい。池上正治・訳。イザラ書房。らしいというのは、書店へ注文したばかりで現物が届いてないからなので……。SF関係者の著ではないので、多少奇妙な所がある模様ですが、持っていて損はないと思います。
☆今年のSF大会は東京・浅草。またしても懲りずに参加します。自主企画も「非・英語圏のSFはいま……」と題して、深見弾氏と一緒にソ連・東欧・中国の話をします。ディーラーズルームにも出ます。例年と同じお願いですが、参加する方、顔を出してくださるようお願い申し上げます。
☆お願いついでに、原稿を募集していますので、中国SFに関するニュース、何でもいいですからお寄せください。いま分かっているのは、東海SFの会の会誌『ルナティック』に、張系国の「星雲組曲」のエピローグにあたる『帰』が載る予定であること、ぐらいかな。そうそう、台湾の黄海という作家の作品をご存じの方ありましたらお知らせ下さいますよう。
☆しばらく連絡のない方、お元気でいらっしゃいますか?たまにはお便り下さい。お待ちしてます。
1990/6/5セーブ