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1998年12月号

『量子宇宙干渉機』J・P・ホーガン

『殺す』J・G・バラード

『激闘ホープ・ネーション!(上・下)』デイヴィッド・ファインタック


『量子宇宙干渉機』J・P・ホーガン

(1998年10月2日発行/内田昌之訳/創元SF文庫/920円)

 ホーガンがハードSFに帰って来た! という謳い文句で刊行された『量子宇宙干渉機』だが、果たして本当にそうなのだろうか。実際に読んでみたところでは、ポリティカル・フィクション半分、ハードSF半分といったところで、残念ながら初期の作品ほどの面白さは感じられなかった。
 平行宇宙から情報を取り出す装置の開発を進めていた物理学者ヒュー・ブレナーは、ニューメキシコで行われている秘密の国家プロジェクトに参加する。そこでは〈多世界解釈〉を基礎とした多元宇宙物理学を応用し、人間の直観力を増幅して、意識を別の宇宙に送ることができるようになっていた。後は特定の宇宙に意識を転移させ、再び呼び戻すことができるようになれば、その世界との交流が可能になる。理想の世界を見つけたブレナーたちは、そこへの転移を計画するのだが……。
 量子レベルでの多元宇宙とのコミュニケーションが進化の推進力になっているとか、多元宇宙で起きた結果を感知する能力が直観力だ、などという量子力学がらみの実に魅力的なアイディアをいくつも提出しておきながら、結局、物語の展開がスパイ大作戦にしかなっていかないというのは、もはやホーガンのSF的想像力が枯渇しつつあるとしか思えない。もう少し大風呂敷を広げた壮大な作品に仕上げてほしかったという願いは無い物ねだりでしかないのだろうか。

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『殺す』J・G・バラード

(1998年9月25日発行/山田順子訳/東京創元社/1300円)

 J・G・バラードの『殺す』は、巨匠の手によってちょうど十年前に書かれた、戦慄すべきミステリだ。十年という時の経過は、かえって本書のすぐれて予言的かつ示唆的な内容を際立たせており、凶悪な犯罪の目立つ昨今の日本において、期せずして、極めてタイムリーな翻訳となっている。
 一九八八年六月、ロンドン西部にある高級住宅地パングボーン・ヴィレッジにおいて住人三十二人が殺され、十三人の子供たちが誘拐された。殺害に要した時間はわずか二〇分。それぞれが別の手口で殺害されており、内部に詳しい者たちの計画的犯行としか思えない。軍事訓練のミス、国際的テロなど様々な仮説が検討されたが、いずれも可能性が低く、犯人の動機も全くわからない。二ヶ月後に事件を再検討した精神科医グレヴィルは、唯一発見された少女の動作をTVで見ながら、驚くべき事件の真相に辿り着く……。
 回想的な語り口、細部の描写への執着、矛盾に満ちた現実を読者に突きつける際の冷徹な視点、いずれもバラードの作品に顕著な特色であり、ミステリとしては基本的に破綻している本書を楽しむには、何よりもまず、そうしたバラード作品群の一環として読み進めることが必要とされるだろう。見慣れた風景に一瞬ひびが入り、崩壊していく衝撃が存分に味わえる、通常のミステリとは一線を画する問題作である。

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『激闘ホープ・ネーション!(上・下)』デイヴィッド・ファインタック

(1998年9月30日発行/野田昌宏訳/ハヤカワ文庫SF/上下各840円)

 デイヴィッド・ファインタックの『激闘ホープ・ネーション!(上・下)』は、《銀河の荒鷲シーフォート》シリーズの第三作である。前作で、愛する妻子や忠実な部下の死という悲劇に立て続けに見舞われたシーフォート宙佐だが、今回もまた新たな試練が待ち受けていた。まずは、無理な航行を強いた提督との決闘で重傷を負い、シーフォートは艦隊勤務から外されてしまう。久しぶりに出会った旧友は記憶喪失、新たな妻アニーには裏切られ、精神的にも肉体的にももうボロボロ。さらに、そこへ恐るべき異星生命体魚≠ェ次々と襲いかかってくるのだ。果たして、シーフォートは無事これらの試練をくぐり抜けることが出来るのか……。
 二作目でも随分と驚かされたものだが、三作目でも相変わらず過激なシーフォートいじめが続いている。何もここまでしなくてもと思う程の悲惨さであるが、苦難こそが人を成長させると信じる作者は、一向にその手を緩めるつもりはないようだ。それにしても、主人公の取る戦法はかなり無茶苦茶なもので、これが何故か成功して最後には英雄扱いされてしまうのだから、人生とは不可思議なものである。規律に厳しいことだけが取り柄の堅物の主人公にどうしてこんなに人望があるのかも実に不可思議なことだ。次作ではシーフォートは士官学校の校長になるそうだが、それよりも、早く魚≠フ謎を明かしてほしいと思っているのは筆者だけだろうか。

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