SF Magazine Book Review



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1997年8月号

『天使墜落』L・ニーヴン&J・パーネル&マイクル・フリン

『メイの天使』メルヴィン・バージェス

『彷徨よう日々』スティーヴ・エリクソン

『未来映画術「2001年宇宙の旅」』ピアース・ビゾニー


『天使墜落』L・ニーヴン&J・パーネル&マイクル・フリン

(1997年6月27日発行/浅井修訳/創元SF文庫/上下各620円)

 自分がSFを好きだと明確に意識したのは、小学生のとき名著『SF教室』(筒井康隆編・ポプラ社)を読んでからである。無限の宇宙に憧れ、時空を超えるスケールの雄大さに心惹かれた少年時代、SFは自分にとって特別な何かであった。あれから幾歳月……。中学生になり、SFファンダムに初めて足を踏み入れ、高校生でSF大会初参加、大学でSF研を創設しイベントを開催……といった具合にSFファンの典型的なコースを辿った筆者にとって、今はさすがにファン活動からは遠のいてしまったものの、それでもなおSFが、そしてSFファンダムが特別な何かであることに変わりはない。敢えて批判的に眺めれば、SFファン独自の選民思想のようなものはいささか鼻につくし、一部のファンが陥りがちなSFとはこれこれこのようなものであってそれ以外はSFとして認めないというような狭量なジャンル意識も困ったものだと思う。けれど、初めて出かけたSFサークルの会合の待ち合わせ場所で〈SFマガジン〉を片手に持った人を目にしたときのあの感動(ここにもSFを好きな人がいるんだ!)はやはり忘れられないし、ファン同士の連帯感もかつての自分にとっては何よりも大切なものであった。
『降伏の儀式』などのベストセラーを産んだ合作コンビ、ニーヴン&パーネルに初顔合わせのマイクル・フリンを加えた三名の共著となる『天使墜落(上・下)』は、宇宙開発が禁じられた近未来において不時着した宇宙飛行士をSFファンたちが助け出し宇宙に帰してやろうとするという、SFファンの自意識に強烈に訴えかけるプロットと主題を持った作品になっている。
 二一世紀初頭、環境保護を唱える機械化反対主義者や緑色党の台頭により激しいテクノロジー反対運動が起き、科学技術に対する予算は凍結され、宇宙開発は完全にストップした。それまでに開発が進んでいた二つの宇宙ステーションに留まった人々(〈浮遊人〉)と地球人の間にも対立が生じ、〈浮遊人〉は、ステーションの生活に必要な窒素を地球の大気から〈天使〉と呼ばれるスクープシップで掠取している。そんなある時、掠取に怒った地球人の攻撃により一隻のスクープシップが撃墜され、アメリカのノースダコタに不時着した。何とか彼らが地球人に捕まらないうちに救出しなければならないと考えたステーションの人々は、地上の仲間に助けを求める。その仲間こそ、厳しいテクノロジー批判の中で迫害を受けながらも細々と活動を続けてきたSFファンに他ならなかった! かくして、不時着した二人の宇宙飛行士を追う政府側とアメリカ中に張り巡らされたネットワークを駆使して宇宙飛行士を保護するSFファンとの虚々実々の戦いが始まった。果たして宇宙飛行士は無事ステーションへ帰ることができるのか……?
 環境保護という題目のもとにテクノロジーを否定するという傾向はアメリカのみならず現代日本においても強まっており、このような現状が、ひょっとしたらSFファンが迫害される未来になるかもしれないというリアリティを増している。いみじくも本文中に言及のあるブラッドベリ『華氏四五一度』が、書物愛好家の地下ネットワークを描いて優れた全体主義批判となっていたように、本書はSFファンの地下ネットワークの勝利を描くことによって盲目的なテクノロジー反対主義に対する優れたアンチテーゼを提出していると言えよう。氷河期となり氷に覆われた北アメリカを、ファンたちは宇宙飛行士とともにノースダコタから始まって、参加者六〇名のワールドコンが密かに催されているミネアポリス、ウィスコンシンへと逃避行を続ける。荒涼とした風景が続くためか、ペシミスティックな雰囲気が漂っているせいか、設定から予想されるほどドタバタ調は強くない。ただし、随所にファンにしかわからない趣向が凝らされており、わかる人はニヤニヤしながら読み進めることができるだろう。丁寧な解説が付されているので、わからない人でも大丈夫。個人的にはシマックへのオマージュが楽しめた。迫害の中でもファンたちは陽気で前向きでテクノロジーを明るい未来に対する希望を失うことがない。悪く言えば能天気なだけなのだが、まあ、たまにはこんな作品があってもいいんじゃない。女主人公のシェリンが作中で言うように、SFの魅力の根本は「希望の感触」にあるのだということが実感できる、楽しい作品である。


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『メイの天使』メルヴィン・バージェス

(1997年4月25日発行/石田善彦訳/東京創元社/1400円)

 イギリスの新進ヤングアダルト作家、メルヴィン・バージェスの『メイの天使』は、タイムスリップを素材にして、一人の少年の成長を瑞々しく描いた心暖まる一冊。  イギリスの田舎町で離婚した母親と暮らしている少年タムは、ホームレスの老婆ロージーと犬のウィニーとともに第二次大戦中の農場へとタイムスリップしてしまう。そこでは、気のいい農夫ナッターとみなし子の少女メイが暮らしていた。戦災のショックで心を閉ざしてしまったメイは、同じように孤独なタムに対して徐々に心を開いていく……。  バージェスは第二次大戦中の人々の日常生活を細やかに描き出し、物語にリアリティを与えることに見事に成功している。ここには確かに、自然と調和しながら暮らす農場の人々や時には残酷なまでによそ者を迫害する子供たち、など本当の人間の姿が息づいているのだ。タムとともに読者は一気に物語の世界に引き込まれ、感動のラストシーンまで一気に読み終えることができる。確かな筆力を感じさせる作品である。


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『彷徨よう日々』スティーヴ・エリクソン

(1997年4月20日発行/越川芳明訳/筑摩書房/2300円)

 さて、個性的な作品を読みたいと思ったら、最近の海外物では何を置いてもこの人。近来希に見る濃密な文体で読者を引きつけて止まぬスティーヴ・エリクソンの待望の処女作が邦訳された。『彷徨う日々』は、ヴェトナム帰りで自転車レースの選手である夫を持つ人妻ローレンと、記憶を失い映画作りに取り憑かれた男ミシェルとの恋愛を幻想的かつ幻惑的に描いて冷めた熱気の漂う不思議な味わいの作品である。
 ローレンの夫ジェイソンは、彼なりにローレンを愛してはいるが自由であることにも魅力を感じている。家庭に居着かず他所に愛人を作り、ローレンの出産に立ち会わないのに、愛人の出産には立ち会うような、そんな男だ。それでもジェイソンから離れられないローレンは、ある日独りでサンフランシスコのアパートを出た後、LAまで行き、偶然出会った青色のコートを着た男と一夜を過ごす。数年後、再び出会ったミシェルとローレンはやがて深く愛し合うようになる。砂嵐が繰り返し襲い道路や建物が砂に埋もれていくLAで……。
 後の諸作の複雑な展開に比べればストレートな物語構成であり、随分と読み易い。それでも、物語のもう一つの軸であるミシェルの祖父アドルフの物語においては、映画黎明期にアドルフが製作する架空の映画『マラーの死』をめぐって実在のグリフィス監督がコメントを加えるなど、虚実がないまぜとなった場面を独特の文体で描いており、マジックリアリストとしての面目躍如の出来栄えを示している。物語の後半、運河が干上がったヴェネチアにミシェルがなかなか辿り着けない場面も、まるで悪夢をそのまま書き写したかのような迫力に満ちており、秀逸。愛という名の束縛と自由の軋轢を扱った主題も、後の『Xのアーチ』に通じているし、本書は、エリクソン入門として最適な一冊と言えるだろう。


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『未来映画術「2001年宇宙の旅」』ピアース・ビゾニー

(1997年6月10日発行/浜野保樹訳/昌文社/4700円)

 それにしてもエリクソンの映画に対する博識と愛情はかなりのものである。『彷徨う日々』にも、グリフィス監督の『国民の創生』は重要な役割を果たしているが、その『国民の創生』やオーソン・ウエルズ『市民ケーン』と並んで「映画というもののあり方を根底から変えてしまった」作品と解説で浜野保樹氏が述べているのが、言わずと知れた『2001年宇宙の旅』。『未来映画術「2001年宇宙の旅」』は、科学ライターであるピアース・ビゾニーが関係者にインタビューした結果をまとめ、貴重なスチル写真と図版を多数収録した決定版メイキング本である。優れた作品は強烈な個性と個性のぶつかり合いから生まれるのだということがよくわかる。3月にソニー・マガジンズから刊行されていたポール・M・サモン『メイキング・オブ・ブレードランナー』(これも労作)とともに是非一読をお勧めしておきたい。


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