SF Magazine Book Review

1995年8月号


『神の熱い眠り』オースン・スコット・カード

『七百年の薔薇』ルイス・ガネット

『ドリーム・ベイビー』ブルース・マカリスター

『X−ファイル 闇に潜むもの』クリス・カーター&C・L・グラント


『神の熱い眠り』オースン・スコット・カード

(1995年5月31日発行/大森望訳/ハヤカワ文庫SF/700円)

 処女作にその作家のすべてがあるとはよく言われる言葉だ。すべてかどうかはわからないけれど、その作家を特徴づける要素の多くがそこに現れているのは洋の東西を問わず真実であるように思われる。SFに限って見ても、「スキャナーに生きがいはない」に既にコードウェイナー・スミス独自の醒めた語り口があり、「地には平和を」に小松左京の諸作に顕著な歴史改変の是非を巡る論議があるという具合に(例えが古くてゴメン)、例を挙げていけばキリがないだろう。
 オースン・スコット・カードの商業誌デビュー作が短編版「エンダーのゲーム」(「アナログ」七七年八月号)であり、この短編が好評で翌年のJ・W・キャンベル賞を受賞、ここからカードの栄光の歴史が始まったことは普通の海外SFファンなら誰でも知っている。しかし、実はカードにはデビューする前に一九歳のときから書き溜めていた物語がいくつかあり、そちらの方が実際は処女作と呼ぶにふさわしいのだという事実を知っている人は案外少ないのではないだろうか(それとも、知らなかったのは私だけ?)。解説などによると、発表された後に何度も改稿してようやく九〇年に今の形にまとめられたということである。カード自身かなりの愛着を持ち、あとがきで「わたしのSF作品のルーツ」とまで言い切っているそのシリーズ、〈ワーシング年代記〉(全二巻)の第一巻『神の熱い眠り』が刊行されたので、早速読んでみた。
 人々の関心がソメックと呼ばれる冷凍睡眠期間を得ることにしかなく、文明の発達が停滞し、緩慢な死を迎えつつある千世界帝国。帝国の中心惑星キャピトルで育った少年ジェイスン・ワーシングは、自分に父親から受け継いだ特殊な能力が目覚めつつあることに気づく。どうやら彼は相手の思考を読むことができるのだ。しかし、スワイプと呼ばれるその能力を持つ者は、帝国では迫害されていた。能力を隠して宙軍に入隊しようとしたジェイスンは、帝国の破壊と再生を目論むアブナー・ドゥーンと出会う。この出会いこそが後に一万五千年以上の熱き眠りにつくことになるジェイスンの数奇な運命の始まりでもあった……。
 確かに、ここには後のカード作品に頻出するモチーフが多く見られる。登場人物一つとって見ても、八十億の人命を奪った父親を持ち、長い眠りにつきながら一つの世界を見守るジェイスンには明らかにエンダーの生き方が、策謀好きの権力者ドゥーンにはエンダーの兄ピーターの姿が、それぞれ透けて見えてくるだろう。テーマ的にも、「生命は、死に直面していてのみ存続できる」(本書一六〇頁)というドゥーンの言葉に示されている通り、苦痛なくして真の生はあり得ないという如何にもカードらしい主張が執拗に繰り返されており、このシリーズさえ読んでおけばカードのすべては取りあえず概観できるという便利な入門書ともなっている。軽佻浮薄な現代において、苦痛こそ命のあかしだ、涙は心の汗だ(ちょっと違うか)って大まじめに言われたら思わず吹き出してしまうはずなのだが、カードが言うともっともらしく聞こえて、しかも感動までしてしまうから本当に不思議だ。その秘訣は、もちろん定評ある物語づくりのうまさにあるわけで、特に本書で語られる数々の物語の読みやすさ、面白さはカードの諸作の中でも群を抜く出来の良さ。近作のようにだらだら続くのではなく、短いエピソードを積み上げていく形式もマル。しかも、ジェイスンの話は、植民惑星で田園生活を送る少年レアドが見る夢の形を取って現れ、レアド自身の話もまた重ねて語られるというカードにしては珍しく凝った重層的な語り口で読者を飽きさせない。カードはもういいよ、と離れてしまった人にも是非読んでもらいたい、お勧めの一冊だ。

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『七百年の薔薇』ルイス・ガネット

(1995年4月30日発行/山田順子訳/早川書房/上下各2000円)

 さて、お次は正真正銘の処女長編、新鋭ルイス・ガネットの『七百年の薔薇(上・下)』である。SF味もあるが、どちらかと言うとホラーの趣が強い力作だ。
 十三世紀ヨーロッパから現代アメリカまで続いてきた男爵家であるスープア一族には、代々受け継がれてきた恐ろしい宿命があった。スープア家の当主は五十歳を前に必ず発狂し、自らの命を絶ってしまうか、殺されてしまうのである。別居していた父親と一緒に暮らすことになり、ボストン北部の屋敷にやってきた十六歳の少年トランス・スープアは、やがて自らの血統にまつわる忌まわしい秘密を知るのだった……。
 基本的な物語は悪霊と人間とが戦い、どちらかが勝利を収めるというホラーの王道パターンなのだが、人間の方が決して単純に善とは呼べないクセのあるキャラクターに設定されていて、そこが面白い。若者の性的アイデンティティを研究するため女教師のふりをしているシーラは結局教え子と出来てしまうし、シーラの恋人で超能力研究所の副所長であるデュエインは、スープア一族を個人的に研究するために職をなげうち、人殺しまでしてしまう。おまけに肝心のトランス本人はゲイで、同級生の男の子にネツをあげるばかりという具合に各人の行動がてんでばらばらなのもユニークな所。しかし、その当然の帰結として、クライマックスの男爵との対決に甚だ盛り上がりが欠けてしまうのが少々残念である。日頃免疫がないためか耽美な場面ばかりが印象に残ってしまった。

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『ドリーム・ベイビー』ブルース・マカリスター

(1995年4月30日発行/内野儀訳/ハヤカワ文庫NV/上下各620円)

 デビューは六三年と古いが、長編の数は少ない兼業作家ブルース・マカリスターの第二長編『ドリーム・ベイビー(上・下)』は、ベトナム戦争を超能力とからめて扱った異色作。SFというジャンルにおいてベトナム戦争を主題化する場合、ありきたりなリアリズムではなく、裏返した視点から戦争体験を描き異化していく必要があることは言うまでもない。すぐに思い浮かぶ手法として、ル=グィンの「世界の合言葉は森」のように異星の植民地にベトナムを置き換えて描く方法や、戦争自体はそのまま描いて体験者に特殊な能力を持たせる方法などが挙げられるが、本書は典型的な後者である。
 ベトナム戦争に看護婦として従軍した主人公メアリー中尉は、瀕死の病人を看護しているうちに、彼女が出会う怪我人や死人のことを先に夢で見るようになる。夢の中の男が死ぬと、その通りのことが現実で起きるのだ。彼女の特殊な能力に目をつけたブキャナン大佐は、集められた他の「才能者」とともに彼女にある計画への参加を要請する。しかし、彼女の夢によれば、この計画への参加者は皆死んでしまうことになる……。
 語り手が看護婦であるという特色を生かして、死傷者の描写は酸鼻をきわめる凄まじさ。読み始めるや否や気分はもうベトナムである。途中に少々のダレ場はあるものの、失敗とわかっている計画に否応無しに突入し、歴史改変にまで至るクライマックスは中々のもの。リアリズムと虚構のバランスがうまくとれている、一風変わった戦争小説として読むことができる。

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『X−ファイル 闇に潜むもの』クリス・カーター&C・L・グラント

(1995年4月25日発行/南山宏訳/角川文庫/600円)

 科学では解決できない事件に取り組むFBI捜査官モルダーとダナの活躍を描く『X-ファイル 闇に潜むもの』は、同名の米TVシリーズのオリジナル・ノベライゼーション。今回はニュージャージーの田舎町で起きた不可解な連続殺人の捜査に二人が取り組む。快調なテンポで物語は進むが、姿の見えない犯人という謎が(科学的な飛躍はあるものの)結局合理的に解決されてしまう所に物足りなさを覚えた。ビデオで見た方が数倍楽しめるのではないだろうか。というところで、以下次号。

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