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2001年補遺(「SFが読みたい!」2002年版掲載分)

『ネバーウェア』ニール・ゲイマン

『ヴァンパイア・ジャンクション』S・P・ソムトウ

『ナボコフ短篇全集1・2』ウラジーミル・ナボコフ

『キング・ラット』チャイナ・ミーヴィル


『ネバーウェア』ニール・ゲイマン

(2001年7月26日発行/柳下毅一郎訳/インターブックス/2400円)

 本書は全世界でヒットしたコミックス『サンドマン』の原作で知られるニール・ゲイマンのダーク・ファンタジイ。ロンドンで暮らす何の変哲もない青年リチャード・メイヒューは、ある日泥だらけで何者からか逃げてきた少女を匿ったことをきっかけに仕事も恋人も失い、ロンドンの地下に存在するもう一つの世界での冒険に巻き込まれる……。長い歴史を持つロンドン地下鉄の中で廃棄された地下鉄駅、悪夢やがらくたまでが売られる夜の浮き市場など、妖しい魅力に満ちた地下の舞台をさまよいながら行われる探求の旅。別世界での試練を経て主人公が成長するという物語の展開は余りに類型的過ぎるし、肝心の試練がややあっけなく終了してしまうので、その点には不満が残る。本書の面白さはむしろ「下水溝と魔法と暗闇」が支配する下なるロンドンのディテール描写や、父を殺されその遺言に従って大天使を探す健気な少女ドア、無口で有能な女戦士ハンターやユーモラスなカラバス侯爵といった脇役陣の魅力にあると言ってよい。擬古文調の訳がはまっている敵キャラ、クループ氏とヴァンデマール氏も忘れ難い印象を残す。もともとがBBCのTVシリーズ原案なのだから、一種のキャラクター・ノヴェルとして読むのが正しい読み方なのだろう。

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『ヴァンパイア・ジャンクション』S・P・ソムトウ

(2001年9月28日発行/金子浩訳/創元推理文庫/1260円)

 本書は、かつてソムトウ・スチャリトクル名義で発表した怪作『スターシップと俳句』が話題を呼んだ作者のホラー長編。十二歳のロックスター、ティミーの正体は不死のヴァンパイアだった。六〇年代アメリカ、第二次大戦後のドイツ、大戦中の強制収容所、十五世紀の青髭公の城、物語は時間と空間を超えたテンポの良いカットバックでティミーの過去を辿りながら進行する。第一のクライマックスとして、ティミーのコンサート中に繰り広げられる惨劇の描写は圧巻だ。そして、物語は第二のクライマックス、追跡者とティミーが一同に会するアイダホ州ジャンクションでの更なる惨劇へ……。人間になりたいヴァンパイアを精神分析するという斬新な趣向によって、怪物の人間性と人間の怪物性とが交差する所に本書の面白さがあると言える。

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『ナボコフ短篇全集1・2』ウラジミール・ナボコフ

(2001年3月10日・7月15日発行/沼野充義・若島正他訳/作品社/各3800円)

 本書は、言葉の魔術師ナボコフがロシア語で書いた五十五篇及び英語で書いた十篇、計六十五篇の全短編を年代順に並べた決定版全集である。初期のシンプルだが含蓄のあるストーリイから後期の造語や言葉遊びに淫したかのような濃密な作品まで、どれも読み応えがあり、小説を読む楽しさを満喫させてくれる。ほとんどが普通小説であるが、絵の中に男が入り込んだと思わせておいて実は……というヒネリが効いている「ラ・ヴェネチアーナ」、広告を貼りつけられた竜の悲劇を描く「ドラゴン」、悪魔が青年にハーレムを約束する「おとぎ話」、心霊術を扱い最後の頁にメッセージが浮かび上がる「ヴェイン姉妹」などはSFファンにも楽しめるだろう。巻末には詳細な註と解説がついており、少々値は張るが購入価値は十二分にある。

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『キング・ラット』チャイナ・ミーヴィル

(2001年2月9日発行/村井智之訳/角川書店/1000円)

 本書は、イギリスの新鋭チャイナ・ミーヴィルがドラムンベースのビートに乗せながら送る熱気あふれる処女長編。見かけは人間だが悪臭を放ち薄汚れた服を着た自称キング・ラットと名乗る男が、父親殺害の疑いをかけられた主人公サウルのもとに現れ、ロンドンの地下世界へと彼を導く。ハーメルンの笛吹き男に復讐する手助けをしてほしいとサウルに頼むキング・ラット。現代まで生き延び人間やネズミを思うように操ろうとする笛吹き男とサウルらの血みどろの死闘が始まった……。スピード感のある文体で綴られる現代の寓話。並々ならぬ作者のパワーを感じさせる作品だ。

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