SF Review



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「SFが読みたい! 2005年版」海外SF必読書ガイドより

J・G・バラード

レイ・ブラッドベリ

スタニスワフ・レム

ジーン・ウルフ

ブルース・スターリング


J・G・バラード

 昨年こそ翻訳は刊行されていないが、一昨年は長らく絶版だった『コンクリート・アイランド』が再刊され、初めてのエッセイ集である『J・G・バラードの千年王国ユーザーズ・ガイド』(原著は九六年刊)も翻訳され注目を集めたバラード。九〇年代からの新三部作も『コカイン・ナイト』『スーパー・カンヌ』と順調に翻訳が進んでおり、近年の作品が即座に日本に伝えられていることは大変喜ばしい。バラードの魅力が人々に広く受け入れられているということだろう。六〇年代の破滅テーマ三部作『沈んだ世界』『燃える世界』『結晶世界』、七〇年代の実験的濃縮小説、都市文明テーマ三部作『クラッシュ』『コンクリート・アイランド』『ハイ−ライズ』、それまでの集大成とも言える『夢幻会社』に至るまで、常にバラードは目まぐるしくスタイルを変えてきた。しかし、自伝的小説『太陽の帝国』(八四年)によって、テーマの根源は少年期を過ごした第二次大戦中の上海にあったことが明らかとなる。からっぽのプール、飛ばない飛行機、水没した都市などのモチーフは、変奏されてはいるが、すべてバラードの原体験であったのだ! 無論、そこに籠められた激しい「終末への渇望」がモチーフを際立たせていることは言うまでもない。『太陽の帝国』の主人公ジムが感じた終末への「満たされない飢餓感」は、近作では退廃したヨーロッパでの犯罪の中に容易に見出すことができる。スタイルこそ変わっても、バラードの描く世界は驚くほど一貫していると言えるだろう。

『結晶世界』
 愛人スザンヌを追ってカメルーンまでやって来たサンダーズ医師は、奥地から流れてきた奇妙な水死体に出会う。その右腕は水晶化し宝石のように輝いていた。森の奥深くへと踏み込んだ彼を待ち受けていたのは、一面に結晶化した妖しくも美しい宝石の森。闇の女と生気ある女、光と闇、あらゆる対立が溶け合わされ、時空が変容していく結晶化した森の崇高なまでの美しさは、絶品である。今でもバラードの最高傑作はこれだと思う。

『コカイン・ナイト』
 スペイン南部、地中海沿岸の小さな街で放火事件が起き、五人が死んだ。容疑者として逮捕された弟を救うためにやって来た英国人チャールズは捜索を続けるうちに、この奇妙な街、エストレージャ・デ・マルの虜となっていく。果たして犯人は誰なのか……。驚愕の結末に至るまで一部の隙もない本格ミステリ。作中の言葉を借りれば、まさしく「『サイコ』のスタイルでリメイクされたカフカ」。バラード新三部作の開幕である。

『ヴァーミリオン・サンズ』
「懶惰と、浜辺疲労症と、移りかわるパースペクティヴの充満する、奇怪な、砂に束縛された保養地」(本文より)ヴァーミリオン・サンズ。そこでは花が歌い、雲が彫刻され、宝石に彩られた優雅な美女がロールス・ロイスから現れる。架空のリゾート地を舞台にしてバラードがデビュー以来十数年に渡り書き続けた連作九篇は、いずれも珠玉の作品と呼ぶにふさわしい。その狂気と退廃の美しさは、永遠に我々の心に残ることだろう。

著者紹介
 1930年、上海生まれ。大戦中捕虜収容所で過ごした。1956年「プリマ・ベラドンナ」でデビュー。1960年代はニュー・ウェーヴ運動の旗手として活躍し、その後もスタイルを変えながら多数の作品を書き続けている。

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レイ・ブラッドベリ

 八〇年代にはTVなど小説外の仕事が忙しく、新刊も少なかったブラッドベリだが、それに一段落がついた八〇年代末から今に至るまで驚くほど精力的に作品を執筆している。『二人がここにいる不思議』『瞬きよりも速く』『バビロン行きの夜行列車』と三冊の短編集、《一族》ものを一冊にまとめた『塵よりよみがえり』が翻訳されているので、今さらブラッドベリなんて、と思っている人も一度読んでみてほしい。これからブラッドベリを読もうという幸福な人は、傑作短編集『太陽の黄金の林檎』『十月はたそがれの国』あたりからどうぞ。萩尾望都による漫画版『ウは宇宙船のウ』から入るのもいいよね。筆者が若かりしころ、ブラッドベリを愛するあまり、訳された全短編を読んでやろうという野望を抱いたことがあった。あえなく半分くらいで挫折してしまったが、当時好きだった作品を列挙すると「みずうみ」「詩」「目に見えぬ少年」「集会」「下水道」「二度と見えない」……。キリがないのでやめておこう。数編読めば、ブラッドベリ作品の特色は、異質な他者(みずうみから現れる死者、空を飛ぶ魔女、火星人、恐竜など)との出会いと別れにあることがわかる。時にはぞっとする存在であり、時には親しみやすい存在である彼らに出会ったときの恐怖、喜び、そして別れの切なさ、こういった少年期特有の心のヒダをすくいとって巧みな比喩とともに描き出すのがブラッドベリは本当にうまい。レムには鼻で笑われそうなこの感傷性、しかし、それこそブラッドベリの魅力なのだ。

『火星年代記』
 人類は火星に何度も探検隊を送り出すが、その都度火星人の策略により妨害されてしまう。しかし、2001年に第四探検隊が到着したとき、火星人は廃虚だけを残して消え去っていた。火星に移住し、故郷を失った地球人は新しい土地での再出発を決意する……。オールタイム・ベストに必ず顔を出す究極の名作。火星に生命があろうがなかろうが、本書の価値はいささかも揺るがない。何度読んでも、力強く鮮やかな結末に感動させられる。

『華氏451度』
 本を読むことも所有することもが禁じられた近未来、ファイアマンは消防士でなく、書物を焼く焚書官を指すようになった。人々は耳の小型ラジオや、居間の壁面テレビを視聴することで毎日を過ごしている。焚書官ガイは、この社会に疑問を持ち、やがて禁じられた本を所有することに……。1966年にトリュフォーにより映画化されたブラッドベリの代表作。昨年はマイケル・ムーア監督『華氏911』の題名の元ネタとしても注目された。

『二人がここにいる不思議』
 金色の目を持つ火星人の若者が地球人の女性に恋する「恋心」、老人の心の中にセシイら四人の若者の心が入り込む「十月の西」など、80年代の作品を中心に全23編を収めた作品集。過去の作品につながるものも多いが、ホラーからユーモアものまでジャンルは多岐に渡り、新傾向の作品も楽しめる。特に「生涯に一度の夜」に見られる瑞々しさは特筆すべきだろう。ブラッドベリは決して過去の作家ではなく立派な現役作家なのだ。

著者紹介
 1920年、イリノイ生まれ。1941年「振子」(ヘンリー・ハスと共作)でデビュー。多数の短編を執筆し、1950年『火星年代記』を刊行して注目を集める。他に自伝的長編『たんぽぽのお酒』『刺青の男』など著書多数。

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スタニスワフ・レム

 昨年ついに待望のレム・コレクション(全六巻)が発刊され、新訳版『ソラリス』及び『高い城・文学エッセイ』の二冊が既に刊行されている。この後も最後の長篇『フィアスコ』、処女長篇『変身病棟』など初訳を含む四冊が続々刊行されるとのことで、今年はレム・ファンならずともこの選集から目が放せない一年になりそうだ。レムには作家、評論家など様々な側面があり、ガイドが難しいのだが、まずは、異星生命体とのコンタクトを描く三部作『エデン』『ソラリス』『砂漠の惑星』が、最良のレム入門書となってくれるだろう。その意味からも新訳版『ソラリス』の刊行は実に喜ばしい。海の詳細な描写を始め、ギバリャンとの師弟関係が描かれケルヴィンがソラリスに来た理由が明確になっているなど、旧訳版にはなかった追加部分によって作品の奥行は深まり、完成度が明らかに高められているからだ。再読して改めて『ソラリス』にはレムの全てが含まれていると思わされた。ソラリス学に見られる架空の学の創設は『完全な真空』『虚数』に引き継がれ、ユーモラスな面は《泰平ヨン》シリーズと、ミステリ的な展開は『天の声』『枯草熱』とそれぞれ共鳴している。ハードSFとしても優秀。レム自身は否定的なようだが、メロドラマとしても秀逸な出来で、それが『ソラリス』に二度も映画化されるようなポピュラリティを与えていることは間違いない。何度読んでも「あなたにはわたしは必要ないのね」と言ってすねるハリーのいじらしさに感動させられてしまうのであった。

『ソラリス』
 表面のほとんどを海が占める惑星ソラリス。知性あるように振舞う海に人類は様々なアプローチを試みてきたが、いずれも失敗に終わってきた。ソラリスに到着した心理学者ケルヴィンは、ステーションの様子が変なことに気づく。内部は荒れ果て、居住者の一人は自殺していた。翌朝目覚めたケルヴィンの横には死んだはずの妻ハリーの姿が……。余りに著名なレムの代表作。追加部分が多数あるので、ぜひ新訳版を読んでみてほしい。

『完全な真空』
 ナチスの残党がアルゼンチンでフランス貴族を再現した『親衛隊少将ルイ16世』、ロビンソンが無人島で架空の人物を創造する『ロビンソン物語』など、架空の書物の書評を16編収める。書物に含まれる暗号を過剰に解釈して読者に笑いをもたらす『ギルメシュ』書評に含まれた毒は強烈だ。コンピュータ内の人造生物が自らの出自について苦悩する『我は僕ならずや』書評も圧巻。卓抜なアイディアがぎっしりと詰め込まれている。

『虚数』
 本国で刊行された架空の本の序文集に『GOLEM]W』を加えた日本版オリジナル。前者は『完全な真空』と合わせて、メタフィクショニストとしてのレムの名を一躍高めることとなった。X線によって撮影されたセックス写真集、コンピュータが著した文学を研究する「ビット学」全集、などのユニークな書物が続々と登場。特に、人工知能GOLEMが人の知性を語った講演『GOLEM]W』の破壊力は凄まじいの一言に尽きる。

著者紹介
 1921年、ポーランド生まれ。1951年『金星応答なし』でデビュー。『ソラリス』《泰平ヨン》シリーズなど著書多数。1987年の『フィアスコ』が最後の小説となったが、その後も評論活動などは意欲的に行っている。

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ジーン・ウルフ

 昨年ついに初期の代表作『ケルベロス第五の首』が翻訳され「SFマガジン」でも個人特集が組まれたジーン・ウルフ。今までは、十余りの中短編と八〇年代初めに発表された《新しい太陽の書》四冊しか邦訳はなかったので、これでようやく、驚嘆すべき全貌が明らかになってきた。彼の作品の特色は、練りに練った構成と豊富な語彙を駆使した流麗な文体にある。中世のタペストリーのように緻密に編みあげられた作品を読んでいると、気分はまるで巧妙なだまし絵の中に迷い込んだかのよう。これぞ読書の愉楽と言わずして何と呼ぶのか。幻想文学ファン、ミステリ・ファン、SFファン、すべてにお勧めできる作家だが、やはりその本質はSF的な発想、相対的な「ものの見方」に在る。例えば『拷問者の影』第五章にこんな場面がある。主人公セヴェリアンが城塞の中で古い絵画を見る。彼にとっては、荒れ果てた砂漠の中にいる鎧兜の人物にしか見えないのだが、我々読者から見るとそうではない。なぜなら絵の中の空には青い惑星がぽっかりと浮かんでいるのだから……。このように、現実と関連する事物を遠未来に生きるセヴェリアンの視点から描写し、巧みに異質化して読者を眩惑する手法は、明らかに優れたSFのものだ。こうしたテクニックは『ケルベロス第五の首』でも極めて効果的に使われている。「真実とはものの見方である」という言葉を、ジーン・ウルフほど見事に表現している作家はいないのではないか。二十以上ある未訳長編や短編集の翻訳刊行を切に望みたい。

《新しい太陽の書》
 惑星ウールスの都市ネッソスは独裁者に支配され、高貴人、軍人など様々な階級の人が暮らしている。拷問者組合の徒弟セヴェリアンは、掟に反して、囚われた高貴人セクラが自殺する手助けをしたために追放され、名剣テルミヌス・エストを携えて、放浪の旅に出る……。発表されるや絶大な支持を得て各賞を総なめにしたウルフの代表シリーズ。ファンタジイの衣を纏ってはいるが、中身はしっかりSFしているところが素晴らしい。

『ケルベロス第五の首』
 同じ太陽をめぐる双子惑星の一つ、サント・クロワ。館で暮らす七歳の「わたし」は、ある晩父に呼ばれて被験者にされる。実験は薬物を使う段階へと進み、外の世界を知った「わたし」に、ある日突然父への殺意がめばえた……。娼館で起きた惨劇を描く第一部、原住民の民話を語る第二部、囚人の手記や尋問記録から成る第三部と、凝った構成と華麗な文体に酔わされる傑作。とりわけ第一部は、ミステリ・ファンにもお薦めだ。

The Island of Doctor Death and Other Stories and Other Stories
 海岸の村で母と暮らす孤独な少年が読みふける書物の登場人物が現実を侵蝕する「デス博士の島その他の物語」、海岸で暮らす精神病の少年が世界の秘密に気づいていく究極のSF「アイランド博士の死」、廃墟と化し遺伝子損傷による奇形が徘徊する近未来のアメリカを訪れたイラン人の異常な体験を描く「アメリカの七夜」など初期の代表作14編を収める。このうち主要作品5編を収めたオリジナル短編集が国書刊行会より刊行予定。

著者紹介
 1931年、ニューヨーク生まれ。70年代、Orbit などに技巧的な中短編を発表して高い評価を得る。80年代には《新しい太陽の書》でネビュラ賞を始め多数の賞を受賞。その後も数多くの著書を発表している。

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ブルース・スターリング

 八〇年代中期サイバーパンク運動の中心人物であり、多くの作家を率いて先頭に立っていたスターリング。樹立された「臨時革命政府」はとうに解散して久しいが、「長期活動計画」は各自が独自に展開しており、スターリングに限って見ると、計画は順調に進んでいるようだ。昨年ついに翻訳された『塵クジラの海』が七七年に刊行されてから、《機会主義者/工作者》シリーズを構成する『蝉の女王』『スキズマトリックス』を経て、近未来社会を描いた『ネットの中の島々』、若返り処置を受けた女性の成長を描く『ホーリー・ファイアー』、テロ事件を背景とした最新作 The Zenith Angel(二〇〇四年)に至るまで、旺盛な創作意欲はいっこうに衰えることがない。ヒューゴー賞も短編で二度受賞するなど、名実ともにSF界の重鎮となってきた。彼の作品の特色は、異文化に接したときの違和感や衝撃をうまく外挿して、異星人とのコンタクトや未来社会の衝撃を描き出す点にある。昆虫や海洋生物など人類とは異質な生命系の外挿も彼の得意とする手法の一つ。『塵クジラの海』における塵クジラや巨大磯巾着、短編「巣」や「タクラマカン」における昆虫型生命体に接したときの戦慄は忘れがたいものがあった。人類の肉体的・精神的変化を、道徳的判断は抜きにしてクールに描くときにこそ、スターリングの筆は冴え渡る。筆者は「巣」を読んで衝撃を受けて以来、彼こそSFというジャンルの理想を体現し得る作家だと信じ続けている。

『塵クジラの海』
 惑星水無星の巨大クレーターには、塵でできた海があり、塵クジラや鮫、塵馬など様々な生物が生息していた。塵クジラからは麻薬の原料が取れるため捕鯨船が塵の海を航海している。主人公ジョンは、ひょんなことから船に乗り組むことになり、様々な驚異に出会う……。弾けるようなイメージの奔流。若きスターリングの才能が輝いている処女長篇である。触れ合うことのできない異星人ダルーサとジョンとの悲恋はとりわけ胸を打つ。

『スキズマトリックス』
 スキズマトリックスとは「ポストヒューマンの太陽系のことで、分離していながら統一され、寛容が支配し、あらゆる分派にそれぞれとり分が与えられる場所」(本文より)である。生命工学を主とする〈工作者〉、機械工学を主とする〈機械主義者〉を始め様々な派閥の策謀が渦巻く近未来の太陽系を舞台に、主人公リンジーの250年を超える生涯を辿りつつ、変容していく人類の姿を描く。現時点での彼の最高傑作だろう。

『タクラマカン』
 ネットワーク贈答経済を誇張して描いた「招き猫」、空飛ぶ人工クラゲが大量発生してしまう「クラゲが飛んだ日」(ラッカーと共作)、ヒューゴー賞を受賞した表題作を含む《チャタヌーガ》シリーズなど7編を収めた第3短編集。最も読み応えがあるのは、タクラマカン砂漠の地下洞窟内部に巣食う自律システム型ロボットと人間との戦いをシリアスに描き出した表題作だろう。本書にはスターリングの魅力が遺憾なく発揮されている。

著者紹介
 1954年、テキサス生まれ。少年時をインドで過ごし、テキサスに戻ってからSF創作講座に参加。エリスンに認められ『塵クジラの海』でデビュー。サイバーパンク運動の中心となり、現在に至るまで多方面で活躍中。

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