"WORKING QUADS" HomePage
疾走れ、キム・チング
キム・チングさん、
 向坊弘道さん執筆
Mr. Hiromichi Mukaibo of "WORKING QUADS" writer
キム・チングさん "Working Quads"執筆者
Mr. Ching Kim "WORKING QUADS" HomePage Writer


キム・チングさん、 2001年06月30日、北九州市小倉のご自宅で

 ◆ 疾走れ、キム・チング






 「ハガキ通信」の会員の中には、どうにかしてあげたいと思うほど重症の人、これならいいなあと思える軽い症状の人、寝たまま采配を振っている家庭の主人、大学入試を目指す高校生など様々で、紹介したい人がたくさんあります。

 その中の一人、キム・チングさんは年中うつ向きになって寝たままで、上に向いて寝るということはない身障者です。やはり、頚髄損傷者としてすでに四一年以上も苦難の歩みを続けています。

 一年前に彼はストレッチャーを電動車イスの上に溶接してうつ向きに寝たまま街を走ることを考え出しました。これは長い彼の身障者生活の中でも画期的な挑戦です。街を走っている写真とともに、その喜びを文章にして「ハガキ通信」に寄稿してくれました。屈託のない彼らしく、原稿も次のように独特の躍動感に満ちています。


 【 ストレッチャー型電動車イスに出会って一年・・・キム・チング

「ハガキ通信」の皆さん、紅葉が美しい晩秋、いかがお過ごしですか。小生は小さい秋を見つけに東に西に走り回っています。

 そうです。ご存知の長いストレッチャー型電動車イスに乗ってです。“小さい秋”に出会うたびに深い感動のため息をついています。紅葉のすばらしさに酔っています。そんな小生のコッケイなスタイルを見て別の意味のため息をもらすご仁もおられるようです。

 しかし大自然の前では、少しも気になりません。小生も天然の美にとけこんだのかな。まさかね。でも自然美は小生を救ってくれます。

 ストレッチャー型電動車イスに出会い、一年が経過しました。すでに一〇〇〇キロメートルを走破しましたが、足回り、電気系統などすべての面で満足すべき結果を得ています。むろん無事故無違反です。交通ルールは厳守。一年間は無事に過ぎましたが、タイヤは丸坊主、肉体的にかなり疲れがでています。

 今後はメカに対する過信も含めて自己規制を厳しく、さらに安全運転に徹して車イス生活を実のあるものにしたいと考えています。

 最初の海岸見物に始まり、桜見物、若葉見物、花火見物、公園散策、ショッピング、通院、図書館通い等の自由な外出をフォローして下さる多くの方々に深謝します。皆さんのご支援なくしてはこの夢のような生き様は考えられません。

 本当に有り難う。    秋の好日を皆さんに    十一月十四日 】



キム・チングさんは住所が同じ市内だったのでさっそく電話してみました。はじめて障害者に接触する場合、こちらもビクビクです。というのは時には調子の悪い身障者に電話して「何の用だ」と怒鳴られることもあるからです。キム・チングさんの場合はそんな心配をよそに、実に明るい声で応答してくれて、何でもしゃべってくれたのでほっとしました。

 さすがに苦節四〇年、風雪に耐えてこられた強者だな、という感じが伝わってきました。その後、約束の上で訪問してみると、彼は母親と二人で新幹線小倉駅の裏にひっそりと暮らしていました。

 昔は柳の並木通りからひょいと入ってくるお客さんにお母さんが焼き肉やホルモンなどの朝鮮料理を出していたのでしょう、冷蔵庫やカウンターがそのまま残っていて、飯、ビール、焼酎、カルビーなどの値札がにぎやかに下がったままの店内に、今はキム・チングさんのストレッチャー型電動車イスが窮屈そうに駐車?しています。

 この風変わりな車イスで町中を疾走するには少々度胸が要るでしょうが、七三才になる老母をいたわって、彼の車イスは買い物に走り、病院に出かけ、散歩を楽しみます。

 彼とすれ違う人々は車イスの上の腹ばいの人間を見て、一体何が走っているのかと、はじめは用心深く観察しますが、次には彼の勇気と不屈の魂に拍手を送ります。外国人は無年金ですから、横にある猫の額の駐車場から上がる七万円ほどの収入に頼る赤貧の生活ですが、決して希望を捨てないのがキム・チングさんの信条です。

 人生に行き悩み、世の中をさまようことの多い私たちの心に、彼のストレッチャー型電動車イスは明るい希望をふりまきながら疾走します。

 疾走れ! キム・チング、希望と勇気を乗せて。これが街行く人々の彼を見つめる熱き想いです。





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