ヴェネチアに星降る
あくたむらさき著/唯月 一画


オマケのプチノベル「ミケのにっき」

「3がつ4か

 リアルト橋の香草市場でジャックが香りのいい草をかってきた。
 薄い赤むらさきの小さな花が咲いてる草で、ジャックはそれを腕いっぱいにかかえて帰ってきたんだ。
 花束をかかえてるみたいで、黒い服のジャックににあっていた。ジャックの長い髪が光にすけて、すごくきれいに見えた。
 朝の市場にぼくも行きたかったな。
「なんだよ、おまえはちっとも起きなかったじゃねーか。ふくれっつらしてんじゃねー。・・・ナネットに頼んで、とびきりうまいスープを作ってもらうからな」
「えっ! 食べちゃうの? そんなにきれいなのに!?」
「ったりめーだろ。スープに入れた残りは、薬にするんだからな」
「そんなあ・・・・」
 ジャックはぜんぜんわかってない。
 あんなきれいな草や花が、薬や食べ物にしか見えないなんて。
「ほら、とっととナネットに渡して来い」
 ジャックはぼくにひとたばだけ香草をわたした。ぼくは中庭から外階段を上ってナネットに料理をたのんだ。ナネットやそのだんなさんのルッコは、3階のちゅうぼうで料理をしたり、中庭で花のていれをしたりするのが仕事だ。
 ぼくは言いつけられた用事をすませてまた降りた。
 小運河(リオ)がわの玄関にまわって、しんりょうじょの待合室へ行ってみた。そこはジャックの仕事場で、きっとさっきの草をしばって天井から吊しているんだろうな。
 がっかり。
 しんりょうじょにはぼくは入っては行けないと言われている。
 ぼくは体がよわくて、すぐ熱を出してしまうからだ。
「見るだけならいいよね」
 石の柱が並んだ船着き場の玄関からこっそりのぞいて見た。
 弓なりのまどからジャックがこっちを見て、合図していた。
 こっちへ来い、って言ってるみたいだ。
 ぼくはおそるおそるドアを開けた。
 アーチ型の窓から光がさして、しんりょうじょをてらしている。
「そら、これでいいんだろ? ミケ」
 ドアからぼくを手招きしたジャックは、窓を指さした。
 朝の光にけぶるようなシルエット、甘い匂い。
「・・・わああ・・・きれい!」
 窓にゆれるカーテンは、さっきの香草だった。たくさんの花に、しんりょうじょはいつもとちがってすごく明るくてたのしい部屋みたいになった。
「どうせ干し草にするんだけどさ、おまえがあんまり情けねー顔したから」
「ありがとう! ジャック!」
 ぼくは嬉しくてジャックに飛びついた。
「うわっ、バ、バカ! 危ないじゃねーか」
 そう言いながら、しっかりうけとめてくれるジャックはぽつりとひとこと言った。
「ほんとにうまそうな匂いだよなー。早く食いてー」 
 でもぼくにはわかってるんだ。
 それがてれかくしだってことが。
                              花のカーテンに感動したミケ」


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