如実知見 事実を事実としてあるがままに、ものの真実の相を正しく見極めること。
正見=人生に対する如実知見・・・人生にたいして、仏教の原理、普遍的な真理に
もとづいて、あるがままにものを見ること
正見すると諸行は無常、諸法は無我・無自性であり
すべての現象は互いにもちつもたれつの関係に在ることが知れる
縁起の法
- 「これある故に彼あり これ起こる故に彼起こる
- これ無き故に彼無く これ滅する故に彼滅す」
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- 一切の存在は、相互に因となり縁となって、
- 相依り相まって存在する道理を言う
縁起の因果論
- われわれの迷いの現実、苦の自己がどうして成り立っていくかという
- 原因根拠を追求していく因果関係
- 因 (直接原因)
- 縁 (間接原因)
十二支縁起(十二因縁)
人間の生存が成り立っている12の重要なポイントをとりあげて
その12が互いに条件関係にあることを示す
(1)無明・・・四諦や縁起の道理を知らないこと。
(2)行・・・・・身・口・意の三つの行為であり、身・口・意の三業とほぼ同じ。
ただ、実際に現れる行為だけでなく、その行為の余力として残る潜在的なものを含む。
(3)識・・・・・認識主観そのもの。眼・耳・鼻・舌・身・意の六つのこと。
(4)名色・・・認識の対象である色・声・香・味・触・法の六つの境のこと。
(5)六処・・・眼・耳・鼻・舌・身・意の六根、つまり六つの感覚器官のこと。
(6)触・・・・・根(六根)と境(六境)と識(六識)が和合して、認識の条件が成立すること。
(7)受・・・・・三者和合して起こる感受であって、苦・楽・不苦不楽の三受のこと。
(8)愛・・・・・渇愛のことで、色愛から法愛の六つ。或いは欲愛・有愛・無有愛の三つのこと。
つまり、欲望のこと。
(9)取・・・・・愛によって心の中で起こったものが、身・口を通して具体的な行為となること。
(欲取・見取・戎禁取・我語取の四つのこと)
(10)有・・・・存在の意味であって、種々に解されるが、
業有(善悪の業が有)と報有(善悪業の果報の有)と解釈されるのが代表的。
(11)生・・・・生まれることの意味と、
日常経験とい現象世界が因縁によって生じることを意味する場合もある。
(12)老死・・現実の苦であり、苦の代表として老と死がいっしょに説かれる
(変化して生滅することも意味する)
流転縁起
上記「十二支縁起」の十二支分について「無明によって行あり、行によって識有り・・・・
生によって老死等の一切の苦蘊を生ず」というように(1)の生起から(12)の生起への順序に
いかにして苦悩が生じるかを説明する迷界流転の縁起をいう。
還滅縁起
「無明の滅によって行が滅す、行の滅によって識が滅す・・・・
生の滅によって老死等の一切の苦蘊滅す」というように(1)の滅から(12)の滅への順序に
悟りへの還滅解脱を説明する縁起をいう。