父・猪木佐次郎

 猪木の父親の名は猪木佐次郎(いのきさじろう)、猪木が5歳のときに亡くなっており、鮮烈な印象は残っていないという。鹿児島生まれで、母(文子)と結婚して横浜に住んだ。熊本一中から関西大学を卒業、警察畑を志して内務省に入り、23歳で警部補になったが、退官、横浜で祖父の事業であった石炭商を継いだ。当時の猪木家は、日本鋼管(現JFEスチール)の溶鉱炉に使用する石炭を独占していたという。
 戦後、佐次郎は、鳩山一郎、河野一郎、芦田均らが結成した日本自由党に入党。横浜市会議員に立候補したりしていたが、昭和23年、選挙中に急死した。葬儀には時の総理大臣だった吉田茂氏も焼香に訪れたという。
 また母の文子は、夫を支えながら幼稚園を経営。その文子には、従兄弟に東京大学総長で国会議員にもなった林健太郎がいる。
 突然の参議院選挙出馬でファンを驚かせた猪木だったが、実は二世議員であった。幼い頃に見た父のかすかな記憶が、猪木の行動に少なからず影響を与えていたと思われる。

<猪木の家族写真>左から1人おいて兄・宏育、弟・啓介、姉・久恵とその夫、
         猪木、祖父、兄・寿一、妹・佳子、姉・京、兄・快守