フリーマンの随想

その9. 海外のホテルで「枕銭」は不要という話

*日本人旅行者たちの奇妙な風習*

(9.22. 1998)
15年以上も前だったと思いますが、有名な方(お名前は忘れた)が何かの雑誌で 「日本人旅行者は外国のホテルに泊ると、翌朝枕の下にメードへの小額のチップを置く。 メードたちは初めは「何だろう?」と不思議に思っているが、 その内に日本人に限ってこういう事をすると気付き、日本人が泊ると喜ぶ。 でも「何でこんな事をするのかね」と面白がっている」という趣旨の記事を目にしました。

私も当時、もちろんチップを置くようにと教えられ、そうしていました。ところが、 10年前に米国に住む事になり、米国内各地、欧州諸国などを公私の用事で旅行し、 たびたびホテルに泊るようになったので、この際真偽を一度はっきりさせようと考え、 米国内は勿論、世界各地を頻繁に旅行している、 インテリで信頼のおける40歳以上の欧米人のビジネスマンたちに、この事を質問してみました。

A氏:世界中を飛び回る米国のあるメーカーの幹部
B氏:英国で教育を受けてから米国の会社で働く英人技術者
C氏:米国人。米国各地に住んだことのある事務系の幹部
D氏:英国出身の今は米国で働く販売部門の幹部
E氏:米国人技術系幹部社員
F氏:世界中を飛び回るイタリアの会社のイタリア人技術系幹部

結論は全員一致で「そんな習慣は今までどこでも一度も聞いたことがない。私は世界中どこのホテルでも そんな事をしたことはない」でした。私も妻も、それ以降直ちに、世界中どこでも「枕銭」 を置くことをやめましたが、勿論、連泊しても一度も不愉快な事はありませんでした。

*付随的に得た情報:
B氏:「英国では貴族たちは今でもそういう事をすると聞いた事が有る。ただし、 枕の下ではなく、テーブルの上に置くそうだ」。
C氏:米国でも、ホテルではなく小さな Bed & Breakfast(民宿のようなもの) に1週間も10日も連泊し、一人のメードに非常に親切に世話になった時などに、 去り際に$5か$10直接手渡す事はある。

現在日本で海外旅行をする人が年間どのくらい居るか、調べていませんが、 仮に200万人が平均7日泊り、ひと晩につき100円の枕銭を置くとしたら、 毎年14億円もの金が、不必要に流出している事になります(下記#参照)。

この2年間に私ども夫婦は2社の海外旅行ツアーに参加しましたが、その内1社は、 参加者向けのパンフレットのチップの項目に、枕銭について触れていなかったので「ああ、 ようやく分かってきたか」と思いましたが、結局は両社とも、若い女性コンダクターが 「この程度の金額の枕銭を置いて下さい」と初日に皆に説明していました。

一体誰がいつ頃こんな風習を広めたのか知りませんが、現在でも日本の旅行社が従順なツアー参加者に間違った教育を重ね、 不必要な出費を強いているのが現実です。 旅行社の幹部の中にも必要のない事をすでに知っている人も多いのではないかと思いますが、 昔から長いこと客に払うよう言ってきた手前、今更ある日突然「やらなくてよい」 とは言い出せないのでしょう。最初のうちは驚いていた現地のメードたちも、 今はもう日本人団体客が泊る時は期待して待っている事でしょう。早期に改めなかった報いで、 困った事です。

#その後見た10月22日付の新聞報道の数字から算定すると、 個人・団体客合わせて日本人海外旅行者はは年間500万人以上と推定され、 これが正しいなら上記の額は35億円以上となります。

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ついでながら、海外のホテルでチップをあげなくてはいけない場合は:
1.レストランやバーでの飲食に伴うサービスに対して(#)
2.到着時荷物を部屋に運び、部屋の内部を説明してくれる係りの者に
3.自分の車をキーごと預け、後で駐車場から出してもらった時
4.飲食を自室で行うために出前させたとき
5.ホテルの無料送迎バスの運転手に。とくに、大きな荷物の揚げ降ろしをしてもらった時下車時に
6.玄関でタクシーを呼んで貰った場合
7.その他ホテル従業員が通常はやらないような特別の用事をさせた場合
などに限られます。
(#):国により%が違う。 また請求書にサービス料を含ませるのが普通の国と、 そうでない国とがある。 前者の場合はごく少しか、あげなくてもよい。 タクシーの運転手へのチップも同様。事前の調査が必要。

私は6については、状況次第であげない事も有ります。金額は、国により、 大都市か田舎かにより、またホテルの格、部屋の格、 そして何よりもやってくれたサービスへの満足度により変ります。それは与える側が決める事であり、 額にメドは有っても「決まり」などありません。

不慣れなうちは、良く知っている人に「額のメド」を尋ね、それに従うのが無難ですが、 チップの額は、諸般の状況を勘案して、自分で考え判断して、最近の流行語で言えば「自己責任」 で決めるものです。私も、始めのうちは、あげすぎて「損した」と思った事も有るし、 あげ足りなくて、あとで「済まない、恥かしいことをした」と後悔した事もあります。 こういう失敗を通じて次第に常に適正額をとっさに判断出来るようになるのではないでしょうか。

ただし、あげるべき時にあげ忘れるのはいけません(滅多にないことですが、 明白に不愉快な扱いを受けた時などは、あげる必要はありません)。 国にもよりますが、日本と違い、彼らは多くの場合固定給は僅かで、 収入の殆どをチップに頼って生活しているようです。日本の旅行者がしょっちゅうあげ忘れるので、 私を日本人と見ると(他の客には加算せず請求しているのに) 最初から多めの%のチップを加えて請求してくるひどいレストランも稀でなく、 私は立腹してこれを取り除かせ、改めて自分で適正と考えた%を加えて払った事が何度か有ります。 不慣れでおとなしい日本人旅行者たちは、こういう場合にはうっかりチップを二重払いします。 このように、あげるべきチップを忘れると、後から来る日本人旅行者にまで迷惑がかかるのです。

ここまでの記述についてはどうぞ私と、私に答えてくれた6人の紳士を信頼して、 今後は枕銭という不必要な出費を是非止めようではありませんか。「おまえのいう事は分った。 しかし大した額ではないんだし、貰って怒る人も居ないのだから構わないじゃないか」 という風におっしゃる方も居るでしょう。しかし、 必要もない金を毎年10億円も20億円もバラまけるほど、日本はもう豊かではないし、 私は「必要ない」と分っても惰性で止められず「マアマア」でズルズルと何ごとも続けてしまうのが、 日本人の最大の欠点の一つだと考えています。 さて、この先は、B氏の付随的説明にもとずく私の単なる想像ですから、 正しいかどうかは全く保証しません。

この枕銭という日本人独特の風習は、明治時代に欧米に出かけていった貴顕高官が伝えたものではないでしょうか。 彼らの多くは公爵や伯爵、つまり貴族でしたから、欧州の貴族の作法を教えられたのでしょう (当時は欧米でもホテルに泊る客といえば、貴族でなくても上流階級の人たちばかりだったでしょう)。 そして日本に帰ってきてから部下たちにこの作法を教えたのではないでしょうか。しかし、 私たちは貴族ではありません。今は私たち庶民も外国のホテルに泊れるという結構な世の中です。 日本の庶民は、欧米に行ったら欧米の庶民の風習に倣えば良いと思います。

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