フリーマンの随想

その25. 1900年代の十大ニュースとは


* 科学・技術の巨大な恩恵と被害の100年 *

(12. 11. 1999)


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21世紀は2001年から3000年までだというから、 20世紀はまだ1年あまりあると思うが、20世紀の10大ニュースは何かというような話題が、 NHKの一般公募を始めとして、最近いろいろと取り沙汰され始めた。

最近、中学時代の友人で武蔵大学経済学部教授の 吉田 暁氏が、 武蔵学園後援会会報に寄せられた一文を読み、少々驚いたので、このことから先ず書いてみたい。

この中で吉田教授は 「 1900年代最後の年にあたり、自分の教養ゼミの学生20人に、 1900年代の十大ニュース を挙げてもらったところ、1位が第二次世界大戦、 以下、ソ連の崩壊、オウムのサリン事件、阪神大震災、核兵器・原爆投下、コンピュータの発展、 湾岸戦争、最近の銀行破綻と続きワールドカップ ( サッカーの:筆者注 )出場がこれに並んだのには、若者感覚ではあろうが驚かされた 」 と書いておられる。

「 1位、2位は当然としても、3、4位は大事件ではあっても、 このような上位に来る事とは私には思えない。 身近な事件に目が行って、 大きく世界や歴史を見る目が不足している・・・」 とも言っておられる。 同感。

また 「 航空機の発明・発展などは1件もあげられなかった 」 とも 「 1950年以前の事件は15項目に過ぎず、 彼等が生まれた1980年以降が37項目にも及んでいる。 昭和は遠くなりにけり。 将来20世紀末の学生はこんな事を考えていたのかと 「 今昔 」を語る資料の一つになるだろう・・・」 とも述べておられる。

大抵のことには驚かなくなった方でも、以上を読んだら多少は驚かれたのではないだろうか。 私は不真面目に冗談半分に書いた学生がたくさんいたのだろうと最初は考えたが、 妻と話し合っているうちに、どうもそうでもないらしいということになった。 評判の芳しくない最近の大学生とは言え、彼等がもしちょっぴりでも時間をかけ、 マジメに考えて答えようとしたなら、 結果は教授の考えとそうは違わないものになっていただろうと、私は思いたい。

今年、ある大学の学生たちに講義をし、その後、 150人分ほどのレポートを採点したというだけの、わずかな体験からではあるが、 昨今の大学生の最大の問題点は、腰を据えて自ら綿密に調べ、 じっくり考えて結論を出すという、ごくあたりまえのステップを踏まず、 その場の思い付きや、たまたま手近にあった資料だけを「 軽いノリ 」で貼り合わせて、 確認も再検討も推敲も十分にはせず、手軽に事を済ませてしまう人が多いところにあると、 私は考えている。

吉田教授の要望は 「 1900年代 」 であり 「 日本の 」 とは書いてないから、 世界の十大ニュースだろうとまず考え、 図書館でいくつかの分野の最近100年分の世界の年表をめくってみるのに、 ものの10分か20分もあれば十分であろう。 その後は、電車の中ででも 「 他にも何かあったかな 」 などと考え、また、これとこれではどちらが 「 世界 ( の人々 )」にとって、より大きなインパクトだったかななどと考えているうちに、 自然と自分なりのまともな答が出ると思う。

「 世界 ( の人々 )」にとって、と書いた。 求められている回答は 「 自分にとって 」 重要だったかどうかではないからだ。 自他の区別を明確につける事も学問の基本である。 自分にとっての十大ニュースならワールドカップはもちろん 「 私の母の死 」 がトップに来たって、ちっともおかしくない。 「 世界 ( の人々 )」にとって、 と考えるなら、多くのアジア・アフリカ その他の諸国での植民地支配の終焉や、 米国における黒人の公民権獲得なども1900年代の大きな出来事であったことが、 すぐに思い出せるのではないだろうか。

しかし、学生さんたちは多分自他の区別があいまいで、 自分の好みによる美人コンテストのときのように考えて、 その場で頭に浮かんだ事を反射的に書き連ね、再検討することもせずに提出したのであろう ( 教授は短時間に書かせてその場で回収したのだろうか ? そうだとちょっと可哀相だ )。 そうでない限り、冗談半分でもなければ、ワールドカップ出場などと書くわけがない。 吉田先生、「 若者感覚 」 なんて言っていないで、学問、 勉強の方法論の初歩を彼等に教えてやってください。

さて 「 熊井は毎度他人に対してうるさい事ばかり言うな 」 とお叱りを受けそうなので、 この後は、1900年代の出来事についての私の個人的な考えを書いてみたい。 まず、上記の学生さんたちの挙げた項目のうち、私にも ( 順序は別として ) 同意できる1位の第二次世界大戦、 2位のソ連の崩壊、および5、6位の核兵器・原爆投下、コンピュータの発展についてであるが、 「 ソ連の崩壊 」 よりは 「 ロシア革命とソ連の崩壊 」 とすべきであろうか。
ロシア革命(1917)と、その流れを引く戦後の東欧諸国の共産化や中国の革命の実現 (1949)は、良きにつけ悪しきにつけ、 1900年代に最も多くの人々に最も大きな精神的物質的影響を与えた出来事だった。 だが、近年の冷戦構造の終焉とソ連の崩壊は、その流れのひと区切りに過ぎず、 最終決着はどうなるか不明のまま来世紀に持ち越しなのではなかろうか。

「 コンピュータの発展 」 も 「 コンピュータの考案と発展 」 と言った方が良いように思う。 発展は偉大ではあるが改良と応用に過ぎず原理の考案こそが画期的な出来事だったのだ。

この私には、この世のすべての分野を俯瞰し総合して重要な出来事を列挙し、 それらを順位付けするなどということが出来る能力など、到底ない。 「 なんだ、それではこの随想は羊頭狗肉ではないか 」 とのお叱りは甘んじて受ける。 おこがましくて、人様の前で十大ニュースをここで書き連ねたりは出来ない。
しかし、いろいろと一晩考えて見て、1900年代は政治、経済、芸術などの世紀というよりは、 科学・技術の世紀だったのではないだろうかと思えてならない。 例えば、20世紀の芸術が、 19世紀以前のそれに比べて大いに優れているとは思えない。 人類の心と生活をそれ以前の芸術と比べ、飛躍的に大きくゆるがせたとは思えない。

それに対し、科学・技術の分野は、19世紀以前に比べて、比較にもならないほど、 飛躍的にどころか、断絶的に変貌発展し、人類の心と生活に実に巨大なインパクトを与えたと言える。

上記のコンピュータや、吉田教授の挙げた航空機の発明・発展の他にも、 ラジオ・TVの発明・発展 ( 以下、発見あるいは發明・発展を省略 )、 内燃およびジェットエンジン、近代的医療や抗生物質、避妊技術、原子力、高分子材料、半導体チップ、 宇宙ロケットと人工衛星など、枚挙に暇が無いが、これらの結果として人類は、たとえば、
天然痘やペストの大流行の恐怖から解放されたかと思ったらエイズの侵入に驚きおびえ、
多彩な新化学物質の恩恵に浴した反面、深刻な環境汚染やオゾンホールの拡大におののき、
航空機や自動車の利便に酔いながら事故死や大気汚染や温暖化に悩んでいる。
そして最後の極めつけが遺伝子の解明と今後の応用操作の影響であろう。

これらの科学・技術の飛躍的発展の成果は、 1800年代には夢想も出来なかったほどの巨大な恩恵と変化を人類にもたらしたが、同時に、 その多くが人類、いや地球上の他の多くの生体の存亡にすらかかわるほどの恐るべき被害を与えつつある現実を考えれば、 1900年代は、科学・技術の飛躍的発展による 「 巨大な恩恵と被害の100年 」 だったのではなかろうか。 一人の「 もと技術者 」 として、 2000年代の十大ニュースならぬ重大ニュースの幕開けが近いような不安を感じる。

さきの大学生さんたちは、毎日のように自動車に乗り、携帯を使い、TVを見、パソコンをいじり、 時には新幹線や航空機を利用し、しかしそれでも、 それらが余りにも日常的な事になってしまっているので、コンピュータと原爆以外は、 それらがこの100年間の最も重要な出来事たち から生まれたものだったとは気付かなかったのかも知れない。

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