フリーマンの随想

その19. 米国人の名前の付け方、呼び方


* 私が在米中調べたこと *

(8. 12. 1999)


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この話は、米国に相当長く住んだ日本人でも、詳しい部分となると不確かな点が多いと思われる内容です。 米人でも、相当しっかりした人に聞かないと、答えは あやふや です。 私がかつて弁護士に しつこく 質問して勉強したことを、ご参考までに、 ここにまとめておきたいと思います。 たいして重要なことでもないとも思う一方、時には非常に大事な話になることでもあります。

1. 米人の姓名 (full name) は誰でも三つの部分から成っているのか?

名 (first name) と姓 (family name) の間に middle name というのがある人が大多数ですが、 無い人もいます。 多くの日本人が持つ 「 ユダヤ人は middle name を持っていない 」 という考えは間違いです。 少なくとも、米国に住むユダヤ人の多くは middle name を持っています。 逆に 「 英国系の白人はすべて middle name を持っている 」 というのも誤りです。 持っていない人も少数ながらいます。
middle name は一つとは限りません。 二つも三つも持っている欲張り ? もいます。 父と母の希望が違うとき、両方を付けたりします。
middle name を持つことは法律上の要請では有りません。 たとえば日本人が帰化して米国籍を取った時、middle name を加えることも出来るし、 加えなくても構いません。 ( この際、日本名 を英米風の名 に変えても、変えなくても構いません )。

2.「 姓 」 に用いる名と 「 名 」 に用いる名の区別が有るか ?

日本だと、山田は姓、一郎は名だと考えて、ほとんど100%間違い有りませんが、 英米系の名前は 「 すべての名前は姓と名のどちらにも使われる 」 と言うのが原則のようです。 例えば James, George, Thomas, John などは、男子の 名 としてポピュラーですが、 姓としてもそう珍しいものではありません。

3.男の名と女の名の区別が有るか ?

おおむねそのとおりで、名 を聞けば、性別はほぼ推測できますが、 Kay や Leslie などのように、男女両方に用いられる名も少数ながら有ります。 また、性別のルールを無視して名を付ける親が、日本と同様米国にも稀にいます。 余談ですが、以前、日本に "Prince Gloria" という車名を車体に付けた車があって、 「 Gloria は a で終る女性の名なのに、 Prince (皇太子)とはおかしい 」 と言った米人がいました。

4.女性は結婚すると必ず姓が変るのか ?

そうです。 私の米国時代の秘書が今年7月31日に再婚し、ハネムーンから帰って、 8月10日に私にくれたメールを見たら、もうメールアドレスの前半部分が新姓に変っていました ( 米人はこういうことは素早い )。 男が養子に入って女性の姓を継ぐという制度はないので、 この点では米国は日本以上に男性本位だとも言えます。 ヒラリーさんが、旧姓を middle name に使い、それを頭文字だけでなく全部書き、読ませたがるのも、自己主張と言うか、 一種の抵抗だといわれています ( 次節参照 )。

離婚した後、女性は日本同様、自分の希望に従い、そのまま夫の姓を継続使用することも、 結婚前の旧姓に戻ることも出来ます。 子供が手許に残る場合は子供の姓と合わせるために 夫の姓を継続使用し、子供のいない場合や、いても自分と共には暮らさない場合は、 旧姓に戻るというのが、一般的な選択のようです。

5. middle name は、どう付けられ、どう使われるか ?

middle name は maternal surname ともいわれるように、母方の祖父母などの姓名の一部を貰い、 母方の家系を示すために使うと言うのが、一般的です。 しかし 「 父方の名前はいけない 」 ということは有りません。 女性は結婚後、ヒラリーさんのように、旧姓 (maiden name) を 新たに middle name として、残すこともできるし、結婚前の middle name を続けて使用することも出来ます。 どちらにするかはその本人が決めます。 結婚を機に 全く新しい middle name に変えることすら出来ますが、 この場合は法的手続きと裁判所の承認が必要です。

6.名が一文字で書いてあった場合、それは必ず 長い名の頭文字であるのか ?

そうでは有りません。 middle name には、アルファベット一字だけを記号のように 用いることが有ります。

7.「 Mr. だれだれ(姓) 」 と呼びかけるのは、形式張りすぎか ?

そうです。そういう呼びかけ方は、米国社会では、互いに 「 こそばゆい 」 ようです。 しかし、町一番の実力者の長老や、会社の創業者社長などは、特別の敬意をこめて 多くの人達から 「 Mr. 姓 」 で呼ばれますので、周囲がそうしていれば、それに従う必要が有ります。

8.親しい相手には first name で呼びかけるものか?

親しみもこめて 名で名乗り、呼びかける場合、必ず first name を用いると誤解している日本人がいますが、 そうではなく、first か middle かのいずれかを、 当人の意思に従って用います。 当人がどちらを選んでいるかに注意しなくてはなりません。 名乗りや呼びかけに用いない方の名は、頭文字だけ一字(+ピリオド) で書くのが普通で、当人は頭文字だけでない方の名で呼びかけてもらいたいと考えています ( Martin C. White か、M. Craig White か: 後者なら Craig と呼びかける)。 どちらを選ぶかは、子供時代に両親或いは子供自身がどちらを好むかで自然に決まるようです。
このほか、呼びかけには、当人 ( または周囲の人 )の付けた nickname (通称) を用いることも有ります。 親から与えられた名が嫌いなため、通称を選ぶ人もいます。 しかし、法的な書類などには正規の名前を用いなくてはならず、これは日本と同じです。 また、正規の名を用いる場合も、その 「 愛称 」 に変る場合が非常に多いのです。 大統領ですら自分を正規の William でなく Bill と呼ばせている国です。

9.なぜ米人は名乗りや呼びかけに 姓でなく名を使いたがるのか ?

名で呼ぶ第一の理由は、米国には世界中から雑多な民族が集まってきており、 姓は各国の独特の綴字法と発音を伝承しているので、 正しく発音することがしばしば非常に難しいからだと思います( 筆者の私見 )。 名の方は、2世以降の世代は first か middle のどちらかに英米名をつける場合が多いので、 困難は軽減します。
しかし外国人や1世は、姓も名も共に発音しにくいので、周囲の米人たちは、英米名を nickname として与えてそれで呼びたがります。 呼ばれる方からすると、 親しい仲間の一人と認知されたようにも思える一方、 「 米人と言うのは不精で自分勝手な連中だ 」 とも思いたくなるものです。 また、米国のように離婚−再婚が日常茶飯事の国では、女性の知人は名だけを覚えておき、 姓はいっそ忘れておいた方が、妙な間違いをせずに済んだりするのです。 これホントの話。

10.名前は牧師さんが付けるのか ?

少なくとも、今の米国の普通の社会では、ほとんどの場合親( 家族 )が名を選びます。 キリスト教徒の場合、新生児が教会で洗礼を受けるとき、形式的に牧師がその名を与えるのです。 最近まで、姓に対して 名 のことを、よく Christian name ( 洗礼名 )と言いました。 Webster の大きな辞書でも、Christian name と given name と first name の三つの差異は もうひとつ 明確でありません。 それほどに、米国 は 「 キリスト教国 」 であるわけです。
Christian name の多くは 使徒や聖人の名から来ており、 キリスト教徒の米人は、 first と middle の一方または両方に、この種の名を付けます。 しかし、回教徒もユダヤ人も東洋人も米国にはたくさん居ますし、 彼等の存在や権利を無視することがもう出来ない以上、 この Christian name という言い方は、現在、法的な文書には姿を見ないし、 一般的な使用も急速にすたれるのではないでしょうか。 なお、親が名を選ぶときに、日本と同じように名付け用の参考書が有ります。 語源、言葉のもつ意味やフィーリングのようなことが書いてあります。 日本では、字の意味が重要ですが、米国では、first, middle, last と続けて発音したときの 「 響き 」 のようなものも重要視されるようです。

11.一つの名前に愛称 (diminutive) がいくつも有るがどう使うのか ?

例えば、Elizabeth ( Elisabeth とも書く ) という名には、有名な二人の女優 の愛称の Liz (リズ)と Liza (ライザ)の他にも、 Bess, Betty, Betzy, Bette などの愛称が、 総計15ほど有ります。 どれを選ぶかは、家族や当人の選択です。他人が勝手に他の愛称を選んではなりません。
親子、兄弟、姉妹、伯(叔)父母や従兄弟・姉妹など身近な親族が同じ first name を持つ場合、 違う愛称を使って互いを区別することが出来ます。 ( 兄弟や姉妹が同じ名の筈が無い? いいえ、離婚−再婚が日常的な国です。 同じ名の連れ子がある日やってくるというケースだって珍しくありません )。

12.姓名の最後についている ,Jr. とか ,III (Third と読む) というのは何か ?

英語ではこれを designation と呼びます。 姓だけでなく、名も息子や孫に継がせたい場合に、 自分と区別するために付けます。 英国などの王様の だれだれ3世とか5世とかいうのと同じです。 日本にも14代 酒井田柿右衛門などという方がいます。 親が死んでも、 子の ,Jr. が除かれるわけでもなく、,III が ,Jr. に昇格するわけでも有りません。 興味有ることに、,Jr. は米国中どこでも広く見られますが、,III や ,IV は、 歴史の長い、伝統を重んじる ニューイングランド地方や南部でしか一般的ではありません。
日本人の感覚からすると、つい軽視して手紙の宛名などで落してしまい勝ちですが、 それは正しい名前を勝手に省略することで失礼ですし、 子宛ての手紙を親が開封したりする原因にもなります。 もちろん、 日常会話での呼びかけで「 ジュニア 」 を口にすることは有りません。 ,Jr. に対して、父の方に ,Sr. ( シニア ) を付けて話題にすることもありますが、 これは話が こんがらからない ように区別するためで、正式の名前ではありません。

13.夫婦の宛名はどう書くのか ?

結婚式の招待状などで用いる正式の宛名は、私どもを例に取ると Mr. & Mrs. Akira Kumai (熊井 章氏および同夫人殿)です。 妻だけを招待する場合も Mrs. Akira Kumai (熊井 章氏夫人殿)と書きます(*)。 とにかく、Mrs. のあとには 夫の姓名が来るのが本来のルールです。 この点でも、米国は日本なみか以上に男性本位です。 改まった招待状だけでなく、ご夫婦両名宛てに出す普通の手紙の宛名は、 Mr. & Mrs. + 夫の姓名 とするのが キチンとしたやり方です。
でも、いつもそうかというと、既婚の女性の友人に出す普通の手紙の宛名としては、 Mrs. のあとにその女性の姓名を書きます。 その方が自然です。 未亡人の場合も、もちろんそうです。
更に段々親しい間柄になると、Mr. や Mrs. を付けないことすら有り、 夫婦の場合でも、 Akira & Kaoru Kumai というように呼び捨てで宛名を封筒に書いたりもします。 この辺りの判断と配慮は、日本語の敬語同様、なかなか難しいところです。 また、既婚者と分かっていても、Ms. + 女性の姓名 と書くことは、ビジネス関連などの場合、 新しい感じがして良いようです。
(*) 「 Mr. を Mrs. と書き間違えたのだろう 」 などと誤解して 夫が出かけて行かないように!

14.改名は簡単か

法的手続きと裁判所の承認が必要ですが、姓も名も変えられます。 日本よりは規制が緩やかだという感じがします。 親の付けた名が 「 嫌いだ 」 という理由だけで改名を許された人を私は知っています。以前、 大統領選挙に出馬したいある人が、自分の姓の綴りの感じが悪いとして、 一字変えたという記事を読んだ記憶も有ります。

以上、いかがでしたでしょうか。 ご参考になりましたでしょうか。 自分で読み直してみて、 一番感じた事は、やはり日本は、良くも悪くも 「 規制の国 」 だということでした。

ご感想、ご意見、ご質問などがあれば まで。