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県学労ニュース267号     2002/9/24発行
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本当に大丈夫?
   新旅費システム

 10月1日から新旅費システムがスタートするが、果たして順調にスタートできるのであろうか。
 8月末から始まった負荷テストでは30校、65校、83校と学校数を増やしていったが、30校の時でさえちっともつながらず、担当者は30分間で個人情報登録、旅行命令登録、確認書出力、帳票出力、請求確定までやらなければならないと焦るのに、結局個人情報登録さえもできなかったという状況であった。当然学校数が増えたときは全くつながらず、心配した旅費担当者がよその学校に電話で問い合わせ、同じようにつながらなかったと聞き、すこし安心していた。 しかし、こんなにつながらないら、30校の負荷テストが終わった時点で県教委が各学校に対して「つながらないかもしれないし、全部の作業ができないかもしれないが、気にしないで作業して欲しい」と連絡していれば残りの学校はもっと安心して負荷テストをできたであろう。
 また、5日から概算旅費の試行が、9日からは精算旅費の試行が始まったが、接続に時間がかかるという状況は変わらず、特に精算旅費データ登録期間の最後の2日間は接続に特に時間がかかり、1件入力するのに30分もかかるという状況だった。
 総務課に問い合わせたところ、サーバーと通信機器の間に問題があり、つながりにくくなっていたと言う。サーバー自体は2000カ所の端末から一斉に接続してきても処理できる能力があり、新旅費システムの稼働までには改善されるという。果たしてそんなに簡単にトラブルが解決されるものか疑問である。
 また総務課は本格稼働すれば入力期間が分散するので試行の時より良くなると言っていたが、月末で締め切り、4日くらいから入力することになり、件数も試行の時のような20件ではとても収まらないだろう。午後10時までシステムを稼働させている
のは、残業をしてでも入力せよというのであろうか。
 また端末機は旅費専用ではないので、長時間旅費のデータ入力に使われると他の業務にも支障が出てくる。
 そしてもう一つの大きな問題は、旅費データの入力に手間がかかるということである。いちいち乗り換え案内に接続して、乗車駅、降車駅を入力して運賃を照会してからしか入力できず、しかもそれに時間がかかるし(総務課の予定では2秒でデータを送受信できるはずだった)、重大なことに乗り換え案内が検索した結果、入力したデーターと違うところの区間、運賃が表示されるなど致命的な欠陥が見られる。
 旅費を実費支給にし、経費節減を図るというのなら、こんな不便なシステムを高いお金を払って開発、運用するよりも、従来のシステムで実費支給にプログラムを変更した方がよっぽど格安にできる。コンピュータシステムを導入すれば経費節減と合理化ができると考えるのは大きな間違いである。
 各所属に乗り換え案内やえきすぱーとを配布し、それを利用すれば全国の電車の運賃、経路は判るし、何も今回のような使いにくいシステムを作らなくてもすむ問題である。
 日当の廃止や旅費の実費支給は以前のローカルシステムを手直しすれば簡単にできる。更に、今回の旅費システムでは私費会計の旅費は運賃計算に旅費額照会を利用できるだけで、請求書(集計表)は別に作らなければならない。実質的に私費会計の旅費は学校で独自に作らなければならなくなった。
 今後、この新旅費システムの運用には多額の経費がかかり、第3次行革を進めている愛知県にとっては大きな負担になる。こんな簡単なことさえ理解できず、ITと名前が付けば簡単に予算がつくという現在の愛知県財政のあり方こそ批判されなければならない。
 


 

渡邉のいきあたりばったり中国・蘇州、南京、上海の旅3(2002.8.20-24)

 8月21日、時差(1時間)のためなのか5時に起きてしまった。さっそくジョギングの準備をして部屋を出た。フロントにもまだ人影はない。
  通りに出て道路を横断してひたすら東に走った。そして川沿いに南に走った。しかしいくら走っても自分が目指している公園が見えない。徐々に心細くなってきたとき、大きな道路にぶつかった。標識を見ると「西中町」と書いてあった。手にしていた市内地図で探したが、そんな町はない。道行く人に「ここはどこ?」と地図を広げて日本語で尋ねたが通じない。ぐるっと一周すればもと来た場所に戻れるに違いないと諦めて西に走り出した。少し行くと左手に朝の買い物客で賑わう小道を見つけた。揚げパンや野菜などを売っていた。少し見学がてら入ってみたが、道に迷っている身なのですぐ元の道に戻った。すると前方に「人民路」の標識が見えた。

 「人民路」に突き当たればそこから北へ向かえば戻れるんだと少し元気が出た。だんだん見覚えのある建物が見えてきた。それは、昨日駅からホテルに向かうタクシーの中から見た風景だった。ホテルへの道と思って横道に入るとハズレ。また「人民路」に戻る。行き過ぎたようで、50mほど戻ると「楽郷飯店」が見つかった。
 部屋の戻って地図を見直した。「西中町」はあった。私は南北を全く逆に走っていたのだ。見つからないはずだ。
 シャワーを浴びて着替えているとAさんから呼び出しの電話があり、Bさんに電話をして一緒に食堂に行く。バイキングであったが食後のコーヒーがでない。インスタントを持参してきているが、部屋にミネラルウォータもないので沸かして飲むわけにもいかない。
ああ、コーヒーが飲みたい。
 8時半ロビーで待ち合わせることにして、部屋に戻る。わたしたちが時間どおりにロビーに行くと、既にAさんもBさん親子も、ガイドのツォンインさんもいた。どこに行きたいかというので、「寒山寺や留園、拙政園、宝帯橋が見たい。そしてできれば、川舟で遊覧したい」と言う。ガイドのツォンさんが言うには、最初に東洋の「ピサの斜塔」がある虎丘に行き、ついで寒山寺に寄って、宝帯橋
へ行き、昼食。そのあと川舟遊覧して、拙政園見学と回ってみたらどうかと言う。お任せする。
   最初の虎丘は呉王の陵で、葬儀の3日後に墓の上に白虎がうずくまったという言い伝えからこの名前がついたらしい。その墓の上に建っているのが15度傾いている斜塔「雲岩寺塔」である。
 次に寒山寺に行ったが見るほどのものはない。あえて言えば、門前の石のアーチ「楓橋」ぐらいか。
  歩いてみたかった宝帯橋は現在使われていないので、車で入っていけないいわれ、隣に掛かる橋の袂の造船所から眺めるだけになってしまった。少し前に女性旅行者が歩いていたのを見たんだが。


 

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