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県学労ニュース247号     2001/12/4発行
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勤評による差別賃金に断固反対する!

 12月3日、2002年4月から勤務成績によって、定期昇給を12月延伸したり、勤勉手当の成績率を半分にするという下記の案を提案してきた。 
 既に愛知県職員組合は妥結しているので、教育委員会部局で県職と人事交流のある県立学校行政職員だけこれを適用したいというものである。
 1997年給与改定交渉から引き続いていた勤勉手当の成績率問題は、1998年5月18日に懲戒処分者の成績率引下げ・諭旨免職者を加えることが決められた(決して合意したわけではない)時のことである。
 交渉の中で教職員課は「5回の話し合いで、口頭訓告や文書訓告には不服申立の機会が与えられておらず、処分に対して異議申し立てができないとの指摘などがあり、検討した結果、客観性が維持できないため今回の提示からは除外した。(中略)
 標準を超える成績者や何らかの成績不良者の提示が他県で行われるようになり、本県でも検討しなければならなくなったときは、新たな問題として各組合と今回のような会議を持ち、十分な議論をさせていただきたい。とはいうものの、評価基準の曖昧なものはそう簡単にできるものではないと考えている。」と言っている。そして話し合いを成績率の巾や諭旨免職者の取扱い問題に集中させて議論された。
 当時このように言いながら、今回、県立学校事務職員だけに導入しようとしたのは県職と交流があり、人事管理・定数管理等も同じようにやっており、この問題だけ切り離すわけにいかないという。わたしたちと同じ任命権者である教育職員は勤評の評価方法が違うといい、用務員については勤評対象ではないといい、小中学校事務職員は服務上の任命権者が違うというので適用せず、わたしたちだけに導入するという。
 勤評を勤勉手当の成績率や定期昇給に反映させるという新たな提案ならば、教育職であろうと行政職であろうと教育委員会に関係する全ての職員組合に同時に提示すべきである。
 なぜ特定な職種の者だけ勤評によって勤勉手当や昇給延伸に影響を受けなければいけないのか合理的な差異は見つからない。
 また勤務不良者がいると職員の士気が低下するので実施したい旨の説明もあったが、それで評価の客観性が維持できるとも、職員からの異議申し立てができるとも考えられない。
 当局として、基準の曖昧なもの、処分に対して異議申し立てのできないものは客観性が維持できないので取り下げると過去に約束したのだから、まず合理的な説明をしなければならない。
 更に職員が数人という県立学校事務室にあっては少人数でもあり、評価に客観性が確保できない。また、女性の昇任が大幅に遅れるという女性差別の実績もあり、勤務評定が恣意的に流れる問題もあり、職場の労働環境が悪化していくことに危惧を持つ。
 よって、わたしたち県学労は強く撤回を求めるものである。
 

勤務成績が良好でない職員の給与の取扱いについて(提示案)

 平成14年4月1日以降、勤務成績が良好でない職員の給与を次のとおり取扱うこととする。
  1 勤務成績が良好でない職員の定義
  直前の勤務評定の評定結果がD又はEの職員
  (評定結果の確定時期は、教育委員会への提出後とする)
  2 定期昇給の取扱い
 ・勤務評定が「C]になるまでの間、昇給を12月延伸する。
 (枠内号給は24月・最高号給は30月・枠外号給は36月毎に昇給)
 ・延伸後の昇給は職権により実施するため、所属からの勤務成績証明は不要
  3 特別昇給の取扱い
  勤務評定が「C]になるまで特別昇給は実施しない。
  ただし、退職時の特別昇給については、退職直前の2年間の勤務評定が「D又はE」の場合に限り取消し。
  4 昇格の取扱い
  勤務評定が「C」になるまで昇格は実施しない。
 (例:行(一)3級  4級など)
  5 勤勉手当の成績率の取扱い
 ・勤勉手当の支給基準日直前の勤務評定が「D又はE」で、その後の勤勉手当の成績判定期間(基準日前の6ヶ月間)も、引き続き勤務成績が良好でない職員の勤勉手当の成績率は、6月期:30/100、12月期:25/100とする。(参考 標準 6月期:60/100、12月期:
55/100)
 ・勤務成績の判定は、所属長が「職務上課題を抱える職員への対応事務取扱要領」に定められている「指導・観察の記録」を基に実施する。


 

ベトナム・ホーチミン訪問記7  2001.8.20-25 (タイ滞在編)

 8月24日(金)
 バンコク駅に近いホテルからジョギングに出かけた。5時45分だというのに街は既に動き出していた。駅の裏手の川端に衣料品の露店がずらりと並んでいた。ちなみにTシャツ1枚50バーツ(130円程度)。
 6時になると一斉に黄色い法衣をきた僧侶たちが寺から出て、托鉢を求める。
 この国では20歳までの男性は全員1年間坊さんの修行を義務付けられているそうだ。国王とて例外ではないという。
 ジョギングの途中、おなかの大きくなった女性がご主人と一緒に飲み物と食べ物をビニール袋に入れて渡していたが、くだんの女性は歩道で靴を脱ぎ、はだしになってお坊さんに合掌していた。
 あとでガイドに聞いたところ、女性は坊さんに直接触れることもできないそうだ。
 ホテルに戻って、息子を起こしてバイキングの朝食に行く。今日のガイドは男性だ。なんだかおかまのような物腰のガイドに案内されて、バンコク市内見学に出かける。今回のツアーで初めて他人と一緒になる。京都の4人家族はシンガポールからバンコクに入り、今夜10時に帰国するという。
 私たちを乗せたRV車は「あかつき寺院」に寄り、そのあとエメラルド寺院、王宮などに行くことになった。王宮は踵のない履物や半ズボン、短いスカートなどは駄目らしく、門前で靴や長いスカートをレンタルしていた。きらびやかな寺院を見せた後で宝石店に寄る。時間つぶしが大変である。店内を歩いている間店員がずっと付いてくるのだから。
 昼食のため車に乗った。どんな食事かと期待したら、ホテルに戻った。バイキングランチだという。食事を終えると、免税店に連れて行かれる。興味がないのでガイドと別れて3時間の自由時間にして、近くの市場に出かける。京都の家族は市場に行ったことがないというので一緒に連れて行ったが、狭い市場の中を歩く内に子どもが気持ち悪くなり別れる。
 待ち合わせ場所には一番早く着いた。次いでガイド、そして手にいっぱいの衣料品を買い込んだ家族がやってきた。
 夕食はタイスキ。またしてもホテルに戻る。今度は3階にある食堂だ。がっかり。具を取り去ったあとご飯を入れて雑炊にするところまでうどんスキと全く一緒だ。もっとタイらしい食事がしたかった。
 食事を終えて彼ら家族は空港へ出かけた。私たちは3時間の待ち時間をホテルのロビーで過ごす。
 夜10時、空港に連れて行くためにまた別のガイドが迎えにきた。空港税は500バーツ(日本円で約1500円)。出国手続きは簡単で、直ぐに出発ロビーに入れた。免税店が並ぶロビーは広い。そこからフライトゲートに行く間に金属探知機があった。名古屋では出発ロビーに入る前に金属探知機があったのだが、国によって違うのだろう。12時を過ぎて搭乗手続きが始まった。これで今回の旅行も無事終わった。(おわり)

 
 

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