県学労ニュース242号     2001/9/20発行

新旅費システム説明会行われる
コンピュータの高度利用は私たちを疲れさせるうえ
                 業務の合理化にはならない

 8月21日、来年10月から導入予定の新旅費システムのデモ説明会があった。
 昨年来、何度か県学労ニュースでも取り上げ、いくつかの問題点を指摘してきたが、大手組合の物取り主義的要求により旅行雑費200円が復活するなど非常に不満の残る内容となった。その新旅費システムの設計、開発が進む中、システム開発を担当しているNECの職員による入力画面、確認画面、出力帳票などの紹介が実際の端末機を使って行われた。
 今回の説明会で配付された資料によると、日程的には全く今の手処理と変わらない。
 新旅費システムではまず、所属長の旅行命令に基づき、旅行する職員が旅行命令書を作成し、決裁を受ける。実費額、自家用車使用距離は旅行後に記載する。旅行後にこの「旅行命令書」が旅費担当者のところに回ってきて、担当者は端末機で旅費計算情報を入力する。そして、「旅費計算内訳兼請求書」を出力し、担当者以外の職員が「旅行命令書」と突合し、照合印を押す。更に、旅行者に対してこの「旅費計算内訳兼請求書」を示して内容を見せ、確認印を押させる。その後、確定・支払い処理を行うと支出金調書が自動的に作成され、財務メールで出て来る。月末に決められた支払日に口座振替を希望する職員には各個人口座へ、振込を希望しない職員の旅費は資金前渡員口座へ振り込まれる。銀行への旅費払出し業務が増える。 旅費は実費弁償なので、個人が一時的に立て替えておいたものだから、振込してからわざわざ下ろしに行くのは面倒だし、まして給与振込の口座に入れられては家計費に回ってしまう。現金受領を希望する職員がかなり出てくることが予想される。また旅行者全員から「旅費計算内訳兼請求書」に印鑑をとるとなると、やはり給料日が都合がいい。給料日当日、職員は印鑑を押すだけとなるだろう。現金受領希望職員には、やはり受領印を貰うことになるだろう。なんだかちっとも楽にはならないシステム。みなさんどう思う?
 また、旅費担当者泣かせのものに、通勤手当との併給調整の問題がある。交通機関利用者全員の通勤手当利用区間をあらかじめ入力しておくことになる。住所変更で通勤経路が変わった、新しい路線ができて通勤経路が変わったという場合、データ変更しておかないと後で追給、返納が生ずる。心配していた旅行雑費(県内在勤地外200円、県外2600円)は自動的に計算され、支給されるようなので、入力漏れは起こらないようだ。
 何はともあれ、現金を渡さないで印を取るというのは、なかなか大変だ。給与振込になってから、給料日当日に給与明細書を取りに来る職員がめっきり減ってしまったように、旅費も現金なしで印鑑だけ持ってくるように言っても、なかなか持ってこないことが予想される。確定入力は20日前くらいが期限になっており、それまでに旅行者全員の印を取るのは大変だろう。この期限を過ぎると旅費の支払いは翌月末になるという。
 更に、心配なのはPTAの旅費をどう処理するかということだ。今のシステムでは請求書を作るまではローカル処理なので、同じシステムを使ってPTAの請求書を作っていたが、今回のシステムでは請求書だけ作成して支払いをPTAということができるだろうか?できなければ私費は手処理、県費は機械処理という大変面倒な二重手間になる。
 まだまだ、設計段階なので変更は可能だ。こんなことはどうなるのかという疑問があったら、県学労へおたずね下さい。
 8月21日の説明会の資料をご希望の方は、県学労までご連絡下さい。
             

卒業記念の寄付を見直そう
 県学労は2000年度中に県立高校に寄付された物品・施設を開示請求により入手した。
 それによると、卒業記念品の寄付が行われた学校は県立高校159校のうちたった39校。四分の一である。本当に残りの学校は卒業生から卒業記念品の寄付を受けていないのだろうか?いろいろと言われるのが厭だから寄付を受けているにもかかわらず県教委への報告を怠っているなんてことはないよね。
 県学労は卒業記念品代が学年会計に自動的に組み込まれるのはおかしいと指摘してきた。寄付は自主的なもの。もう最初から予算を組んで集めていないだろうか。
 とりあえず39校の卒業記念品の寄付を見てみると、生徒一人当たりの金額が一番多いのは田口(稲武)高校の3500円で、寄付された物品は金属製置物。
 昨年度卒業記念品として寄付された物品のなかで多かったのがプロジェクター、テント、太鼓で、昨年と同じ傾向だった。
  自主的に卒業生全員から善意の寄付があったと考えても、2000円を超える寄付があったと思えないので、学年積立金から強制的に集めたものだろう。寄付の原点に戻ろう。


 

 
ベトナム・ホーチミン訪問記2  2001.8.20-25

 8月21日、クチから戻って、これさえなければパック旅行もいいのにと思えるみやげ物屋(アオザイ店など)めぐりを我慢して、ホーチミン市にある統一会堂(元大統領官邸)や中央郵便局、サイゴン大教会など市内観光。そして市内最大の市場「ベンダイン市場」に寄る。服から日用雑貨、何でもそろう楽しいバザール。
  ガイドからスリが多いので注意するように言われて、ショルダーを首に斜めにかけて買い物をする。
 モカコーヒーはベトナムが原産地と言われて1kg買う。18万ドンを値切って12万ドンにさせる。帰ってきて行きつけのコーヒー店で聞くとモカの原産地はイエメンだそうだ。だまされたのか。それから刺繍がしてあるTシャツ(妻と娘へのお土産だが、小さかったようだ)、そしてライチを買ってホテルに戻った。部屋で一休みして、ベトナム料理が食べたくて夕食のために街に出た。町の中をうろうろしていたが見つからず、あきらめてパスタの店に入る。ピザやパスタを食べ、さあ精算をしようとズボンのポケットに手を突っ込むと財布がなくなっている。ベトナムの紙幣8万ドンとクレジットカード、免許証などが入っていた。スリだ。慌ててホテルに帰って、国際電話で妻にクレジットなどをストップしてもらうように依頼する。日本時間夜11時に台風の真っ只中にいる妻は「いつも言っているでしょ。ズボンのポケットなんか危ないって。こっちは台風で大変なの。」と言いながらクレジットやキャッシュカードをストップする手続きをこなし、警察にも免許証を取られたことを電話して、「犯罪に使われるといけないから、直ぐに大使館に被害届を出しておくように指示された」とホテルに連絡をくれた。感謝、感謝である。
 一緒にいた息子は「自転車がぶつかってきたら逃げればいいのに、お父さんは自分からぶつかっていくんだもん。あの時4人ぐらいに囲まれていたの、知ってた。」とうれしいことに、あとから教えてくれる。前から自転車が、横からオートバイが来て、ちょっと混み入ってきて危ないかなと思い、バックは小脇に抱えたんだけどね。
 

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