1 本件住民監査請求の趣旨
本件住民監査請求について、請求人から提出された平成8年6月10日付けの措
置請求書及び同月26日に実施した証拠提出・陳述の期日において請求人が行った
陳述等を総合して、次のとおりの主張と解した。
平成7年度の夏季休業中に、愛知県立岡崎東高等学校及び愛知県立木曽川高等学
校において、生徒の学習習慣の確立と学力の向上を図ること等を目的として実施さ
れた学習合宿は、一律に、特定の学習習慣を強制するもので、学習指導要領の趣旨
に反するものであるから、教育活動とはいえず、県立学校において実施されるべき
ものでないこと、仮に、学習合宿が教育活動の一環であるとしても、校長の命令や
許可なく、勤務時間中に、職場を放棄して参加したことから、引率教員は、正規の
勤務時間中に勤務しなかったのであるから、職員の給与に関する条例(昭和42年
愛知県条例第3号。以下「給与条例」という。)第29条の規定に基づいて、給与
を減額されるべきである。
よって、今後、学習合宿を県立高等学校において行わないよう勧告するとともに、
愛知県が被った当該給与の減額分に相当する損害を補填するために必要な措置を講
ずることを求める。
2 監査の実施
本件住民監査請求は、地方自治法第242条の要件に適合していると判断したの
で、次のとおり、監査を実施した。
(1) 監査対象事項
平成7年度に、愛知県立岡崎東高等学校及び愛知県立木曽川高等学校で実施され
た学習合宿に参加した教員に係る給与の支出
なお、住民監査請求に基づく監査は、財務会計上の行為を対象とすることから、
当該給与の支出に関係しない服務上の行為は、審査の対象から除外した。
(2) 監査対象機関
愛知県教育委員会事務局管理部総務課
愛知県教育委員会事務局管理部教職員課
愛知県教育委員会事務局学校教育部高等学校教育課
愛知県立岡崎東高等学校
愛知県立木曽川高等学校
3 監査の結果
(1) 認定した事実
ア 学習合宿
愛知県立高等学校における学習合宿は、生徒及び保護者の要望を踏まえ、
長期休業中に、研修・宿泊施設において、3泊4日程度で実施され、平素と
異なる生活環境にあって、集団生活のあり方等についての望ましい体験を積
むとともに、学習習慣を定着させること等を目的として実施されている。
イ 平成7年度における愛知県立岡崎東高等学校及び愛知県立木曽川高等学校
(以下「両校」という。)の学習合宿
(ア)愛知県立岡崎東高等学校の学習合宿
a 学校経営案への記載
平成7年度の学校経営案(校長が、教育活動を推進する趣旨で、年度の学
校経営計画を教職員に示すために作成されるものをいう。以下同じ。)の学
校行事計画表に、学習合宿に関する記載がなされていた。
b 手続
(a) PTAからの実施依頼
平成7年4月18日に、PTA会長及びPTA進路部長会長から校長あてに、
平成7年度学習合宿案の概要が提出され、実施の依頼がなされた。
(b) 運営委員会及び職員会議
平成7年5月31日の運営委員会(校長が学校の円滑な管理運営を図る趣
旨で、教務主任等を集め、公務に関する指示等を行うために開催されるもの
をいう。以下同じ。)及び同年6月1日の職員会議に、それぞれ学習合宿の
実施を議題として提出し、実施計画の具体案について検討を行うとともに、
教育活動として位置づけた。
(c) 案内文書等の配付
平成7年6月8日、PTA会長とPTA進路部会長連名の学習合宿参加の案内文書
及び参加申込書を生徒に配布し、参加を募った。
(d) 教育委員会への届出
愛知県立学校管理規則(昭和32年愛知県教育委員会規則第9号。以下「管
理規則」という。)第4条第2項に基づき、校長は、平成7年7月4日に第1
学年の学習合宿実施計画を、同月21日に第3学年の学習合宿実施計画書を教
育委員会に提出した。
c 学習合宿の実施
(a) 第1学年の学習合宿
自主的に学習計画を立て、実行する態度を養うこと及び長時間の自学自
習により、集中力、持続力を養うことを目的とし、16名の教員が、第1学
年の生徒335名を引率し、平成7年8月7日から同月10日にかけて、3
泊4日の日程で、長野県大町市中綱湖畔の民宿15軒に分宿し、自学自習
と講議を主な内容として実施され、最終日においては、黒四ダムの見学が
行われた。
(b) 第3学年の学習合宿
自主的な学習習慣を身につけること、長時間学習に耐え得る精神力を養
成すること及び基礎知識を復習し、応用力をつけることを目的とし、18
名の教員が、第3学年の生徒131名を引率し、平成7年8月9日から同月
12日にかけて、3泊4日の日程で、愛知県刈谷市NTT東海セミナーに宿
泊し、自学自習と講議を主な内容として実施された。
(イ)愛知県立木曽川高等学校の学習合宿
a 学校経営案への記載
平成7年度の学校経営案の学校行事計画表に、学習合宿に関する記載がな
されていた。
b 手続
(a) PTAからの実施依頼
平成7年4月1日に、PTA会長から校長に、平成7年度学習合宿実施の要
請がなされた。
(b) 運営委員会及び職員会議
平成7年4月10日の運営委員会及び同月13日の職員会議に、それぞれ学
習合宿の実施を議題として提出し、実施計画の具体案について検討を行う
とともに、教育活動として位置づけた。
(c) 案内文書等の配付
PTA会長とPTA学習委員長連名の学習合宿参加の案内文書及び参加申込書
を第2学年の生徒には平成7年6月3日に、第3学年の生徒には同月6日に
それぞれ配布し、参加を募った。
(d) 教育委員会への届出
管理規則第4条第2項に基づき、校長は、平成7年7月14日に学習合宿
実施計画を、教育委員会に提出した。
c 学習合宿の実施
自ら学ぶ学習習慣の確立と学力の向上を図ること及び集団生活を通して社
会性を身につけることを目的とし、第2学年については、9名の教員が、生
徒84名を引率し、平成7年7月28日から同年8月1日にかけて、4泊5
日の日程で、岐阜k県羽島市の羽島簡易保険保養センターに、第3学年につい
ては、10名の教員が、生徒152名を引率し、同年7月27日から同年8月
1日にかけて、5泊6日の日程で、三重県三重郡菰野町の三重県勤労福祉セ
ンターに、それぞれ宿泊し、両学年とも、自学自習と講議を主な内容として
実施され、第2学年については、同年7月30日午後にレクリエーション
が、第3学年については、同月29日午後にハイキングが行われた。
ウ 旅行命令簿
(ア)旅行命令等に関する規定
a 旅行命令の手続
職員が公務のため一時その在勤公署を離れて旅行する場合には、旅行命
令権者は、旅行命令簿に当該旅行に関し必要な事項を記載し、これを当該
旅行者に提示して旅行命令を発しなければならないとされている(職員等
の旅費に関する条例(昭和29年愛知県条例第1号。以下「旅費条例」とい
う。)第4条第1項及び第4項)。
b 旅費別途支給の場合の取扱い
県費以外の経費から旅費が支給される旅行は、正規の旅費額のうち、県
費以外の経費から支給される旅費額に相当する額は、これを支給しないこ
ととされている(旅費条例第40条第1項、職員等の旅費支給規定(昭和
42年愛知県教育委員会訓令第1号)第7条第6号)。
エ 給与の減額手続
地方自治法、愛知県財務規則(昭和39年愛知県規則第10号)等で定めら
れた県立学校に勤務する職員に係る給与を減額する場合の事務の流れは、おお
むね次のとおりである。
(ア) 欠勤等の給与の減額事由が発生した場合は、電子計算機による教職員事務
処理要項(以下「要項」という。)に基づき、校長は、給与減額報告書を
作成し、計算管理者(事務管理課長をいう。以下同じ。)に提出する。
(イ) 要項に基づき、計算管理者は、電算処理により、減額分を差し引いた上、
個人別給与明細書、給与内訳書等を作成し、給与管理者(教育委員会事務
局管理部教職員課長をいう。)に配布する。
(ウ) 執行機関は、支出金調書を作成し、所要の決裁手続を経ることによって、
支出負担行為決議を行うとともに、出納機関に対する支出命令を行う。
(エ) 支出命令を受けた出納機関は、支出負担行為決議が法令、予算に反してい
ないかどうかなどの点について審査を行い、所要の決裁手続を経たのち、
現金支給分については、各所属の資金前渡員をして現金払いをさせるた
め、資金を資金前渡員に交付し、口座振替分については、職員の希望する
口座に振り込む。
(オ) 資金前渡員は、現金支給分について、職員に支給するとともに、個人別給
与明細書に当該職印の受領印を徴する。
(カ) 翌々月までに給与の減額をしなかった場合は、執行機関は、返納金調書を
作成し、所要の決裁手続を経ることによって、減額の支出負担行為決議と
ともに、返納調定を行い、職員に対し、減額分の返納を求める通知を行
う。
オ 学習合宿に参加した教員に係る給与支給手続等
(ア) 両校とも、校長から、学習合宿に参加した教員に係る給与減額報告書は、
計算管理者に、提出されていなかった。
(イ) 支出金調書が作成され、収支等命令者の決裁(教育委員会事務局管理部総
務課課長補佐の専決)を得ることによって、支出負担行為決議とともに、
支出命令がなされていた。
(ウ) 出納機関による審査が行われた後、現金支給分については、各所属の資金
前渡員に資金が交付され、口座振替分については、教員の希望する口座に
振り込まれていた。
(エ) 資金前渡員は、現金支給分について、教員に支給するとともに、個人別給
与支給明細書に当該教員の受領印を徴していた。
(オ) 学習合宿に参加した教員に対して、給与の減額分の返納手続は、取られて
いなかった。
(2) 判断
請求人は、学習合宿は、学習指導要領の趣旨に反するもので、教育活動とはい
えず、県立学校で実施されるべきものではないこと、仮に、学習合宿が教育活動
に当るとしても、校長の命令や許可に基づかずに参加したことから、引率教員
は、正規の勤務時間中に勤務しなかったのであるから、給与条例第29条によ
り、給与を減額されるべきであると主張しているので、以下、検討する。
ア 学習合宿の教育活動としてのの位置付け
(ア)高等学校における教育活動
高等学校における教育活動には、高等学校学習指導要領(平成元年文部
省告示第26号。以下「学習指導要領」という。)に基づき、学校が編成
する教育課程の実施としての教育活動のほか、学習指導要領には直接規定
されていない教育課程外の教育活動がある。
(イ)教育活動としての位置づけ
学習指導要領は、第3章特別活動において、学校行事について、「全校若
しくは学年又はそれらに準ずる集団を単位として、学校生活に秩序と変化を
与え、集団への所属感を深め、学校生活の充実と発展に資する体験的な活動
を行うこと」と規定し、学校行事の一つである旅行・集団宿泊的行事につい
ては、「平素と異なる生活環境にあって、見聞を広め、自然や文化などに親
しむとともに、集団生活の在り方や公衆道徳などについての望ましい体験を
積むことができるような活動を行うこと」と規定していることを踏まえ、検
討すれば、前記事実認定のとおり、@学習合宿は、生徒及び保護者の要望を
踏まえ、希望者を対象とし、長期休業中に、平素と異なる生活環境にあっ
て、集団生活の在り方等についての望ましい体験を積むとともに、学習習慣
を定着させることを目的とすることから、学習指導要領に規定する旅行・集
団宿泊的行事に準ずる性格を有すると認められること、A校長が年度の学校
経営計画を教職員に示す趣旨で作成する学校経営案に学習合宿に関する記載
があること、BPTAからの実施依頼に基づき、運営委員会及び職員会議に
おいて、学習合宿の実施計画の具体案が検討されたこと、C学習合宿実施計
画について、管理規則第4条第2項に基づき、校長から教育委員会へ届出が
なされたこと等を併せ考慮すれば、両校における学習合宿は、教育課程外の
教育活動に当たると解するのが相当である。
イ 学習合宿に係る校長の職務命令
(ア)校長の職務命令
学校教育法(昭和22年法律第26号)は、「校長は、校務をつかさど
り、所属職員を監督する」と規定し(同法第28条第3項及び第51条)、
校務は、校長の責任と権限に基づき処理されなければならず、校長は、上司
として、所属職員に対し、校務を分担させるとともに、職務命令を発するこ
とができる旨をあきらかにしている。
(イ)学習合宿に係る職務命令
前記事実認定のとおり、両校では、旅行命令簿に、当該旅行に関し必要な
事項が記載されていなかったものの、1旅行伺いに、旅行命令権者である校
長の決裁がなされ、学習合宿終了後、学習が宿に参加した教員全員から、校
長に復命書が提出されていたこと、2校長が、平成7年度の学校経営案に記
載することにより、学習合宿を教育活動として実施する旨を教員に示してい
たこと、3学習合宿実施が、運営委員会及び職員会議を通して教員に周知さ
れていたこと等を総合的に勘案すれば、両校の教員は、請求人の主張するよ
うに、校長の命令や許可なく、勤務時間中に、職場を放棄して、学習合宿に
参加したものとはいえず、校長の職務命令に基づいて参加していたと解する
のが相当である。
ウ 給与の減額事由の有無
両校において、学習合宿に参加した教員は、校長の職務命令に基づき、教育
課程以外の教育活動である学習合宿に参加していたと認められることから、給
与条例第29条第1項の「職員が正規の勤務時間中に勤務しないとき」には該
当せず、給与の減額事由は 発生していないと解する。
エ 結論
以上述べてきたことから、本件住民監査請求は、理由がないものと判断する。