風のささやき

冷たい雨の街

いつの間にか冷たい雨が
街の肌に爪をたてて
風景を鈍色に傷つけてゆく

散歩好きの犬も
うなだれて家路を急ぐ
言葉を忘れた老人のように
街路樹は動けずにいる

しっとりと濡れたビルの狭間に
人知れず咲く紫陽花のように
青い傘のあなたは
一人で立ち尽くす
蒼ざめた唇を固く結び
雨が沁みた茶色の革靴で

いつからそこに動けずに
あなたは彫刻のように立つのだろう
遠くに投げる視線も凍りついたまま
もう来ない人を待つように

黒犬の群れのような雨雲が
獰猛に空を走る
時おり 雷獣が唸りをあげる
激しくなる雨は
あなたの肩にも容赦なく
傘を持つ手もしびれて
あなたの黒髪も
程なく濡れてしまう

いつしか
この冷たい雨の物語に
あなたは綴じ込まれてしまう

あなたの足をしばるのは
拭えない待ち人への愛情なのか
それとも失くした温もりへの
酷い喪失感なのか

雨はあなたの心の奥さえ濡らす
涙なのか雨なのか
もはや曖昧になって
あなたはびしょ濡れになる

濡れそぼる一輪の花のような
あなたに誰かが気がついて
力強く傘を差し伸べてくれれば良い
その狭い傘の下の温もりに
あなたが安心をして息を継いで

街角には
心を冷たくさせる
雨ばかりが降り続く
まるで佇み動けなくなった心を
その語り口の中に
封じ込めようとするかのように

あなたを見つめる僕も
心に力を籠めようと
肩を濡らしながら
傘を強く握りしめた