このページは、日本第四紀学会1988年大会資料集に掲載された、シンポジウム「東アジアにおける中・後期更新世の人類と環境」へのコメントを HTML 化したものである。転載にあたり、軽微な誤字脱字等は修正し、レイアウトを整えた。


考古遺物の脂質分析 − 種の同定はどこまで可能か

  小池裕子・早坂広人(埼玉大学教養部)

  Lipid Analysis for Archaeological Materials
  Hiroko Koike and Hirohito Hayasaka (Saitama University)

 近年、考古資料に対する残存脂質分析が試みられ、多様な方面への応用が期待されている。そこで今回は、脂質分析の応用範囲や脂質組成にもとづく動植物の推定に関する諸問題について考えてみたい。

 考古遺物から抽出された脂質が、周囲の土壌に含まれる脂質からの混入ではなく、人工的な影響が認められるかどうか、最初に調べることは、

  1. その脂質抽出率が、周囲の比較土壌に比べ、充分高いこと
  2. その脂肪酸・ステロール組成が、比較士壌とは異なる特有のパターンを示すこと

の2つの条件を確認してから、次の段階に進む必要がある。また残存脂質は、

  1. 土器や焼石などで考えられる使用時の加熱による変成
  2. 廃棄から埋没までの期間における外気との接触による酸化作用
  3. 埋積期間中における土壌中での酸化あるいは還元作用

など、様々な変質作用を受けてきたことが考えられる。例えば現生動植物をもちいた脂肪酸の変質実験では、弱加熱条件(70℃)だけではあまり変化がみられなかったが、これに通気的条件を加えると短時間でも(8日間)不飽和脂肪酸の減少が認められた。一般に抽出された脂肪酸の組成は、C16:0など飽和脂肪酸が多く、より不飽和の脂肪酸が少ないが、この傾向はこの実験下で作り出した脂肪酸組成の特徴に近いといえる。特に旧石器時代の遺跡の包含眉の場合には、この点どのタイプの変質がおこりうるかを考慮に入れながら、脂質組成を解釈しなければならない。

 脂肪酸・ステロール組成には、

  1. ステロール組成が動物と植物で大きく異なることと
  2. 高級脂肪酸ないし高度不飽和脂肪酸がおおむね水生動物に限られること

が広く認められているので、これらをもとに植物・陸生動物・水生動物の3群を基本的な要素として推定していくことはできる。動植物種の推定などに関しては、図の哺乳動物などの例に示すように、

に細分できる可能性はあるが、ウ・カモメ・ニワトリの例のように分類上の近縁性よりも、生態的類似性(摂取食物が異なるとその捕食動物の脂肪酸組成もその影響を受けて変わる)が優先することが知られていることもあり、前述の変質の影響などを考慮に入れた場合、それ以上の細分はかなり困難であると考えられる。

現生動物脂肪酸組成図 拡大図(258KB)


このページへの御意見は早傘(HFC03726@nifty.com)までお寄せください。