第2回国際ホーメイ・フェスティバルに行ってきた。


ホーメイkhoomeiという不思議な歌唱法がある。 ひとりの歌手がふたつの声を同時に出して歌うというものだ。 具体的には、低い唸り声の持続音を口腔内で共鳴させ、 特定の倍音を強調し高音域の口笛のような音色を作りだす。 そして、口腔の大きさをコントロールすることで音程を変化させ、 メロディを奏でる。 英語ではthrout singing(喉歌)という言い方をするようだ。 もっともこれだけでこの唱法のメカニズムを説明したことにはならない。 その歌を実際に前にすると、 もっと複雑な秘密が隠されているような気がするのだ。 この歌唱法は、 モンゴルとその西北にあるロシア連邦トゥヴァ共和国に顕著である。 わたしはその歌唱法と、どこか懐かしいメロディーに魅せられて、 この六月、トゥヴァの首都キジルで行われた 第2回国際ホーメイ・フェスティバルに行ってきた。 新潟空港からシベリアの都市イルクーツクまでが4時間半、 イルクーツクからキジルまで、 36人乗りの小さな飛行機で約一時間のフライトだった。 日本からもし直行便があれば、おそらく4時間程度、本当にすぐそこにある国だ。 しかし、日本でこの国を知る人はまだまだ少ない。 トゥヴァはサヤン山脈と高原からなる平均標高千メートルの地勢。 首都キジルは標高800メートルに位置している。 日本の半分ほどの面積の国土に、人口は31万人。その七割がトゥヴァ人である。 言葉はチュルク語系のトゥヴァ語を話す。 牧畜、特に馬との関係を重視する騎馬民族であり、 モンゴルと文化的に近しい関係にあるが、 自分たちはモンゴルとは違うという自意識がかなり強い。 トゥヴァ人の顔は、まさにアジアの顔で、わたしたち日本人にかなり近い。 キジル市内を歩いていると、日本で見知った顔に似ている人が次々に通り過ぎる。 どうやら向こうもこちらのことをそう思うようだ。 なんだかとても親近感がある。 わたしがこの国を知ったのは、一枚の民族音楽のCDだった。 「TUVA」というタイトルのCDには、 その歌唱法ホーメイを伴った民謡がたっぷり収録されていた。 しかし、実際に彼らの歌に生で接するまでは、 どうしてこんな歌い方が可能なのかとても不思議だった。 特にホーメイのひとつカルグラkargyraaという唱法は、 人間の限界を越えた低音を強調するもので、本当に驚かされた。 そして、昨年トゥヴァからホーメイ歌手が数名来日し、コンサートを行った。 生で接するホーメイにわたしは感動し、同じステージに出演していたのが縁で、 彼らにその唱法のこつを教えてもらうことができた。 もちろんそう簡単にそのテクニックを獲得することはできなかったが、 なんとか倍音を出すことができるようになった。 そして、そこで今年のフェスティバルの情報を得たのである。 フェスティバルには、世界中から参加者があった。 フランス、オランダ、フィンランド、ノルウェイ、ドイツ、アメリカ、 そして近隣のモンゴルやハカス、バシキリアなどから研究者や音楽家、 ホーメイ・ファンが集まった。 フェスティバル初日の開会式は、あいにくの雨の中、 エニセイ川の畔に立つアジアの中心の塔から、 馬に乗ったホーメイ歌手を先頭に数十名のホーメイ歌手の行進から始まった。 続いて各国の参加者たち。わたしはモンゴルからの参加者の後ろで、 「ЯПОНИЯヤポーニヤ(日本)」というプラカードを持って行進した。 開会式を終えると、すぐに子供たちのホーメイ・コンサートがあった。 この難しい唱法を子供たちが楽々とこなしているのは、まさに信じがたいことだった。 夕方から若いホーメイ歌手たちのグランプリを決めるコンテストが始まった。 コンテストは、トゥヴァのホーメイの分類法ごとに行われた。 (しかし、外国の参加者がこのカテゴライズでやることには、多くの不満もある) トゥヴァのホーメイには大きく分けて五つの方法がある。 スィグットsygytという高音域を強調したもの、 中域の基本のホーメイ、 低音を強調したカルグラ、 そしてより複雑なエゼンギレールezenggileer、 ボルバンナドィルborbangnadyrなど。 わたしはスィグットの部に参加した。この部門には女性も4人参加していた。 ホーメイは男の民謡で、最近までは女性はやらないものだったので、興味深かった。 コンテスト全体で参加者は約90名。 ひとり3分間の制限時間があるとはいえ、一日で終わるわけがなく、翌日に20名を残した。 この日の終了時間は深夜1時近かった。 さすがにこれだけホーメイを聞き続けると、なんだか耳鳴りもホーメイのように聞こえてくる。 次の日の午前中から、ホーメイに関するシンポジウムも開かれた。 さまざまな研究発表を聞いていると、トゥヴァの文化にとって ホーメイがいかに重要なものであるかがわかってきた。 この日の夜はベテラン・ホーメイ歌手のコンサートが開かれた。 そして、いよいよ三日目には、グランプリの発表と授賞式があった。 満場の拍手の中、受賞者の若者Munzuk Radionは見事賞品の馬を手に入れた。 わたしも特別賞をもらうことが出来た。 外国からの参加者で特筆すべきは、 サンフランシスコから来た盲目のブルース歌手ポール・ペナPaul Penaだろう。 彼はカルグラを盛り込んだブルースを歌い、大きな喝采を浴びていた。 この次のフェスティバルは三年後だ。わたしはそれまでにトゥヴァ語を勉強し、 内容のある歌詞を伴ったホーメイを発表できるようにするつもりだ。 by 巻上公一 *Asahi weekly Vol.23/No.33 August 20,1995用に書いたものの日本語版です。 Return


ご意見、ご感想をお寄せください。MAKIGAMI Mail: XF3K-MKGM@asahi-net.or.jp