降りそそぐ日射しが、初夏を感じさせるほどに強く明るくなった。いつのまにか大きくなったヤマザクラが、ベランダに枝を広げて、その光を優しくさえぎっている。
もう七、八年も前になるだろうか。「こんな家に住みたいとね」と、妻がログハウスの雑誌を見ながら言った。漠然と家を建てようと思ってはいたが、具体的なイメージはなかった。悪くはないなと、ひやかしのつもりで近くのモデルハウスを見に行った。木の香り、木の温もり、木の優しさ。アウトドア好きの僕らの感覚にぴたりと合った。
問題は土地だった。浦和(現さいたま市)あたりでは、三、四十坪の敷地があれば広い方だ。普通
に生活ができるログハウスを建てようとすると、少なくても75坪、多少の余裕を見たら100坪の土地が必要だ。いくつか物件を回ったが、埼玉
県内では高くてとても手が出ない。予算にあえば遠くて狭い。ログハウスは無理かも知れないとあきらめかけたが、あきらめきれない。
そこで発想を変えた。安い土地を求めたら、いずれにしても不便な場所になる。だったら埼玉
県にこだわらず、もっと遠方でもかまわないのではないか。それに、せっかくログハウスを建てるなら、自然が豊かなところがいい。新幹線通
勤も視野に入れて、終の住処になるかも知れない場所をあらためて探し始めた。 緑の深い雑木林。建物は数えるほどしかない。イメージどおりのロケーション。縁あって今の土地を買い求めた。しかし、購入を決心した後、本当にここで生活するのだろうか、ちゃんと会社に通
えるだろうかと、不安な気持ちを抑えきれなかったのを、はっきりと思いだす。
紆余曲折はあったが、その後、那須塩原のこの地に居を構えた。結婚生活のひと区切り「銀婚式」の年だった。
あれから5年。結婚三十周年を迎えた。富と健康をあらわす海の宝石に例えて「真珠婚式」というらしい。富はともかく、とりあえず健康であることに感謝しつつ、二人でささやかな宴を楽しんだ。
(05.6.05掲載)

