やっと台風と秋雨前線が去ったものの、その日の朝は小雨模様の曇り空。妻と二泊三日の小旅行の出かけた。南に向かうにしたがって天気は回復し、いつの間にか抜けるような青空が広がった。
新幹線を乗り継いで、紀勢本線で紀伊半島の南端へと向かう。名古屋を離れると徐々に緑の密度が濃くなってゆくが、栃木のそれとは明らかに違う。照葉樹が多いためだろう、少し違和感のある風景が流れる。やがて深い山林を抜けると、車窓に白い波が砕けるインディゴブルーの海が飛び込んでくる。大平洋だ。
複雑な海岸線の続く南紀の海は、まるで夏休みの終わりのように、まばゆい光と静けさの中に横たわっていた。
那智勝浦に着く。港町独特の潮の香りと魚の匂い。海鳥の鳴き声にまじって乾いたエンジン音が響く。係留された漁船の白いペンキが眩しい。
今日の宿は、船で渡る小さな島のホテルだ。旅装を解き、沈む夕日を眺めながら海に面
した露天風呂に浸かる。まさに極楽、極楽。
那智勝浦は温泉とともにマグロ漁の基地として有名だが、となり町の太地(たいじ)は、古式捕鯨発祥の地として名高い。幕末の鯨取りを描いたC.W.ニコル氏の著書「勇魚(いなさ)」の舞台にもなっている。町営のくじら博物館には古式捕鯨の勇壮なジオラマや往時を描いた絵巻が展示されていて興味深い。イルカやシャチのショーも心を和ませてくれる。
世界遺産に登録された「熊野古道」を二人で歩くことが目的だったが、なぜか陽光きらめく熊野灘の青い海のほうが印象深い旅となった。
山の自然に憧れて、那須塩原に移り住んではいるが、生まれてから18の歳まで北海道函館に暮らした。僕にとって、海は心の琴線に触れるなにかがあるのだろう。それとも、海のない栃木に住んでいるからこそ、その良さを感じるのだろうか。
那須塩原に帰ると雑木林はすっかり秋の装い。コナラの葉が紅く色づいてハラハラと落ち始めていた。
(04.11.14掲載)

