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「関守(せきもり)」  谷本勝洋著   未発表

 幕末の歴史に興味があった私は、いつか幕末を題材に小説を書いてみたいと思っていました。かつて私が数年を過ごした山陰地方は今ではひっそりと目立たない地域ですが、明治維新の中心となった長州藩のあった、山口県が西隣に位置します。調べてみると、幕府が行った長州征伐の時に激しい戦闘と、山陰の小藩が城を追われるという運命をたどったことがわかりました。その小さな親藩大名、浜田藩松平家の家臣である岸静江という侍を主人公とした作品です。

 日本海側からは石州口(せきしゅうぐち:石見の国の攻め口という意味)を幕府軍が長州藩領内に攻め込もうとしますが反撃にあい、逆に隣接する浜田領内へ長州軍がせまる情勢となりました。隣の津和野藩は長州藩に肩入れし、長州藩兵の領内通過を黙認します。津和野領との国境にある関所に派遣された静江は勢いに乗って領内に攻め込もうとする長州藩兵をわずかな手勢で阻止しなければなりませんでした。自分は死ぬとわかっていながら主君への忠義を貫いた、ひとりの侍のストーリーです。

初めの部分を少しだけ掲載します・・・

「関守」

 季節が夏へと変わるのは、梅雨の晴れ間かもしれない。蒸れた熱気が全身を一分の隙もなく覆う、初夏の空気。身体にこもった熱は逃げ場を失い、容赦なく体内をめぐる。やり場のない暑さに人々は思わず顔をしかめる。その表情は、古来からこの島国に夏が訪れたことを示すしるしでもあった。
現在から遡ること百六十年余り、その年の夏も暑かった。勅命を受けて幕府が二度目の長州藩征討を下令した、一八六七年の初夏のことである。
今の島根県の西端にある益田へ向かい、浜田、福山、紀州藩の兵は歩みを進めていた。うだるような空気の中、軍勢は列を成して日本海沿いの道を長州藩境へと指して歩いていた。戦機は熟していたが、けだるい暑気に傷んだ食物のように、その熟し方は腐乱に近いものだった。
それはまるで、苦役だけが約束されたこの征討戦に参陣している、将兵の胸中を表しているかのようだった。・・・


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