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「テルマエ・ロマエ T〜Y」  ヤマザキマリ著   エンターブレイン ビームコミックス

初めてこの本を見たのは、電車のなかでした。向かいに座った若者が白っぽいカバーにギリシア彫刻のような絵が描かれた漫画を読んでいるのに気をひかれたのが最初の出会いでした。

目をこらして見ると、彫刻が風呂桶をかかえています。その取りあわせが妙に面白く、ギャグ漫画なのかな・・・と思いつつ、興味がわいて書店で探してみようと思ったのがきっかけでした。

書店ではすぐ見つかりました。漫画大賞受賞作だったので平積みだったからです。普段ならそのまま通り過ぎるところですが、テーマがお風呂だとわかったので、余計に興味がそそられて購入しました。広告にはローマ人とお風呂を題材にとった漫画だと書かれていました。

読んでみるととても面白い。歴史的事実をきちんとふまえているので知的興味をそそられ、また安心して読めますし、古代ローマ人のお風呂好きに親近感が湧きました。それと浴場設計士である主人公のルシウスの生真面目ぶりが時におかしい。

ローマ人は現在のイタリア人と重ね合わせて考えられがちですが、どうも思考法や発想は日本人にも通じるところがあるのではないか、そう思います。お風呂が好きだというからではなく、実用的な文明を発達させたところ、技術を重んじるところなどに、質実なローマ人の性格が現われているような気がするからです。

ルシウス技師はそうしたローマ人の実直な部分を一手に背負って登場しているように思いました。最初はお風呂文化を通じて日本に関心を持ち、徐々に日本人の穏やかさに惹かれていきます。

読んでいるうちに主人公に自然と感情移入していつの間にかローマ人の視点になり、登場する日本人たちを外国人として客観的に眺めていることに気づきました。そうすると普段は気づかない日本人のほのぼのとした良さがしみじみと伝わってきました。作者の意図にあったかどうかはわかりませんが、日本人の素朴な良さを再認識させるようなところがあるのです。この作品では、『日本人』が一方の主役のような気がします。

ルシウス技師は湯舟を通じて古代ローマと現代日本のタイムスリップを繰り返し、日本のお風呂文化や技術をローマの浴場に取り入れていきます。時の皇帝の信頼を得て皇帝の保養のため、戦場の兵士のため、市民のための浴場を設計してローマの浴場文化を向上させていくというお話です。

滑稽なお笑いもあり、シリアスな場面もありますが、いろいろな要素が違和感なく共存していてとても楽しめました。ただ最終巻(6巻)での終わり方がかなり唐突な印象があったのが残念でした。6巻最後の章のタイトルが『最終章』となっていたのを見てはじめて、「あ、終わるんだ」と気づいたくらいでしたから・・・。

作者は売れっ子だから忙しいのかもしれません。ですがじゅうぶんに描かれなかった愛すべき脇役達のその後を描いた続編が後日出版されるそうなので、それを楽しみに待つことにします。

実写版で映画化もされています。観られた方も多いかもしれませんね。表現手段が違うのでストーリーを忠実になぞることはできませんが、映画も原作の面白さを十分に生かした秀作だったと私は思っています。


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