☆桃兎の小説コーナー☆
(07.10.21更新)

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 レスは日記でしております〜。



 ドラゴンマウンテン 
  第4話
 お祭りは空からやってくる(中)



     5

 マリン達がロビーにつくと、すでに数人のレンジャーが集まり、盛り上がっていた。
「来たか! ガント、マリン!」
 モースが輝く瞳でおいでおいでする。
 こんなにキラキラしたモースを、マリンは今まで見た事が無い。
 いや、モースだけじゃない。みながキラキラしている。

「今年は洞窟が舞台か」
「前回は七合目まで指定の道を通って来い、ってやつだったよな」
「前回はコレでもかとモンスターを配置してあったよな。よく死者が出なかったよ」

 レンジャー達の盛り上がる様子を見て、マリンもだんだん気分が高まってくる。
 そわそわするマリンを、横からアレイスがつっつく。
「マリンはドラゴンフェスティバル、初めてやんな? 参加するんか?」
「う、うん、参加する予定」
 少し照れて目を伏せるマリンをみて、アレイスがにやりと笑う。
「おー! そーりゃよかった! なぁ、ガントー?!」
 ふいっと横を向くガント。そこに、女将さんがお茶のポット片手に首をつっこむ。
「二人一組で五合目の洞窟攻略までとなると、今回も結構厳しい条件だねぇ。こりゃ今
回も参加者少ないだろうよ」
「いいんじゃないんですかね? どうせレンジャー以外の参加者は、大概森を抜けられず
に終わるん……」
 クロフォードが言い終わる前に、大きな鎧の戦士が割り込む。ゴードンだ。

「だからこそ、いいんじゃないか! 数年に一度の、レンジャーの稼ぎ時!みんなが俺達
を大金積んで雇いにくる! いいじゃないか!!」

 がっはっはと大きな声で笑うゴードンにリオンが聞きかえす。
「え、んじゃゴードンのオヤジは自分からは参加しないの?」
「なに、そういう参加の形もあるってことさ」
 モースがお茶をすすりながら、リオンの肩を叩く。
「俺が参加するんだったら、絶対レンジャー同士で行くけどなー」
 マリンと同じ年にレンジャーになったリオンは、まだ祭りに参加した事がないせいか挑
戦してみたくてうずうずしているようだった。その様子を見て、モースが頷く。
「おー、じゃあリオンは俺と組むか!」
「やったぁっ、モースさん愛してるぜぇ!!」
 リオンとモースが拳を付き合わせる。
「よかったねぇ。リオンは知らないだろけど、モースはだいぶ前のだけど祭りを制した事
 があるんだよ?」
「「ええ!?」」
 女将さんの突然のツッコミに、マリンとリオンが二人同時に叫ぶ。
 レンジャー暦が長いモースだ。一度くらい制してても、確かにおかしくは無い。
「リオン! 久しぶりに俺は燃えてるんだ! 頑張ろう!」
「は、はいっ!! あ、足引っ張らないように頑張ります」
 緊張して返事をするリオンに、モースが笑って話す。
「大丈夫だ、参加しても死ぬ事なんてそうそうない。ドラゴンは挑戦者の事が大好きだか
らな。瀕死の状態に陥ったらちゃんと森の入り口に飛ばしてくれるんだ」
「し、親切だね。そのドラゴン」
 意外なシステムにマリンは驚く。
「でもな、そのせいで五年前の時は、森の入り口がえらい事になってたんだがな!」
 豪快に笑うモース。
 山積みになる戦士達を想像し、ちょっと噴出すマリン。

「ガント、お前さんはどうするんだい?」
 女将さんがちらりと、ソファに腰を下ろすガントをみやる。
「今回は攻略したいからな。マリンと組む事にした」
「あら〜、そうなんだ、よかったねぇ、組んでもらえて」
 にやにやと目を細める女将さんに、ガントは少し照れて目をそらす。
「あ〜、俺も今年はレンジャー同士で行きたいねんけどな〜」
 他のレンジャーをアレイスが見渡すも、どうやら皆、攻略より稼ぐのが目的らしく、ア
レイスから目をそらす。
「あら、私でよければ組んでも?」
 階段の上から、優しい声がする。
「おぉっ、我らが女神、メディやないか!」
「今年はメディも参加するのか」
 みんなが驚いたように声を上げる。

 メディは回復専門の魔法使いであまり強いという訳ではないが、僧侶以上のその能力は
一緒に連れ歩くとなるととても頼もしいものだ。
 しかし、メディが今まで自ら望んで山に行く事など無く、複数人での依頼が来たら一緒
に行って依頼をこなす、という感じだったのだ。故にみなの驚きは大きかった。

「うーん、メディが参加するとなると、稼ぎを捨てて、名誉を重んじたくなるね」
 クロフォードがめいっぱいかっこいい顔をしてメディにウインクするも、メディはそれ
をふいっとかわす。
「じゃ、アレイス、よろしくね」
「おう、ありがたい! 久々に新品の弓でも買おっかな、ま、頼むわ」
 アレイスはメディの白く小さな拳に自らの拳を軽く合わせる。
 そして、二人はこっそり囁きあう。


「わるいなぁ、ほんまは今回ガントを観察するんが目的や。やめるんなら今の内やで?」
「あ〜ら、私もマリンをちょーっと、観察したいのよ。ま、やるからにはついでにお宝を
目指しましょ?」


 怪しく微笑む二人は、目的が一致した事を女将に目で伝える。それに気付いた女将は、
楽しそうに笑ってカウンターに戻っていく。

 そして女将は、外から聞こえてくる町の人々の声に、耳を傾ける。
 ドラゴン主催のお祭りは、町を盛り上げる。
 これから満月の夜が来るまで、皆が山に夢中になるのだ。
 『今昔亭』の外には、もうすでに多数の冒険者が集まってきている。

「今年の祭りも、忙しくなりそうだねぇ」

 時間はもう十時。
 女将は急いで『今昔亭』の看板を「open」に差し替え、カウンターに入って冒険者達を
待つのだった。

     6

 祭りの開催宣言から2日目。
 何処から聞きつけてきたのか、各地から続々と冒険者たちが集まってきてチークの町は
まさにお祭り状態になっていた。
 『今昔亭』を尋ねてくる冒険者も多く、女将さんは大忙しだ。

「今、一緒に行けるレンジャーはもういないよ。今、山に行ってるレンジャーが帰ってき
たら連絡するよ。でももう十人待ちさ。何? ロビーにいるレンジャーかい? だめだ、
あのレンジャー達は祭りの挑戦者なんだよ。ずるい? 何いってんだい」

 ロビーのソファーに腰掛けていたのは、マリンとメディだった。
「まぁ、冒険者の方達、あんな大金積んで」
「ドラゴンの宝をゲットしてチャラにしようって感じなんだよ。きっと」
 マリンはカップケーキ片手に、山の地図とにらめっこしている。マリンにとって、五合
目はちょっとした未知の領域だ。そこまで行った事あるのは、過去二回。ましてや、洞窟
なんて行った事があるはずも無かった。
「三合目の洞窟なら分かるんだけどなー」
 マリンは過去のレンジャーたちが書き記したノートと地図を見比べ、必死に予習する。
「うへぁ、結構深い洞窟みたいだね。うん、なるほど……」
 マリンの真剣な様子を横で眺めるメディ。
 ふわふわの金髪が、窓から入る秋風に揺れる。

 ノートを見ながら、必要なものをメモする。 そして、考え込むマリン。
「うーん、買出しに行かなきゃやばいなぁ。野営用の毛布、この前だめにしちゃったしな
ぁ」

 困った顔で財布を眺めるマリン。それもそのはず、給料日に良い魔石を買ったせいで手
持ちに余裕が無かったのだ。
 『今昔亭』での給料体系は単純で、依頼人が女将に紹介料を払い、後はレンジャーが仕
事に応じた金額を前金、後金で依頼人から受け取る形だ。ただ、マリンの場合は、前金、
後金を一月分女将さんに預かってもらい、まとめてもらうようにしているのだ。
 今のマリンの財布には、普段なら問題ない金額がはいっている。だが、依頼ではないこ
ういうイベントの場合は、余分に物が必要になるので少しつらいのだ。
 魔石はマリンの生命線だから決して無駄遣いしたわけではないのだが、なんせ今回はタ
イミングが悪い。

「ガントにお願いしたら? 買ってくれるかもよ?」
 困るマリンを見て、メディが微笑む。
「だ、ダメだよ、絶対ダメ、そんなの……!!」
 メディの何気ない一言に、大きく首を振り、少し暗い顔になるマリン。
「この前、これ、もらったとこだし……」
 左手に光る、小さな石のついた銀色の指輪。
 マリンとガントの、魔力の契約の証。
 だが、コレだけではない。
 ヴァンパイア戦の時の銀の爪だって、ガントが用意してくれた物だ。後で返そうとした
ら「お前が使えばいい」と、あっさりマリンにくれたのだ。
「なんか最近、ガントにお金使わせてばっかりな気がするの。確かに、それでピンチを乗
り越えられたりもしたけど…、ガントも気を使わなくてもいいのに……」
 目を伏せるマリン。
「マリン、嬉しくないの?」
「嬉しいけど、でも……」

 マリンは、レンジャーとしてお金を稼ぐ事の大変さが、同じレンジャーとして痛いほど
分かっている。
 そうやって手に入れたお金だからこそ、マリンは素直に喜べないのであった。

 メディはふぅっとため息をつく。
「バカねぇ、ガントは好きでやってるのよ。マリンが喜ぶと思って、そうしたんじゃない
かしら。なのに、そんな悲しそうな顔してたら、ガント、悲しむわよ?」
「……?」
「マリン、あなたはそれをもらって、それ相応の仕事もちゃんとこなしているわ。ガント
はきっと、喜んでるはずよ? 胸を張りなさい。ね」
「う、うん」
 少し納得がいかないながらもマリンが頷いた所で、『今昔亭』の入り口が開く。
 買い物から帰ってきたガントだった。手には何か袋を持っている。

「ん、どうした?」

 俯くマリンを見て、ガントが声をかける。
「なんでもないわよ〜。ね? マリン?」
「う、うん!」
 無理に笑おうとして、変な顔になるマリンに、ガントは眉間に皺を寄せる。
「ところでガント、それ、なぁに?」
 メディがガントの袋を指差す。
「コレか?」
 ガントがごそごそと袋を開けると、そこには。
「野営用の毛布が特売になってて、少し余分に買って来たんだ。まぁ、他にも買ったが」
 ガントの手に、毛布が二つ。
 ぶふぉっ! っとマリンが激しく噴く。
「まぁ、ちょうど良かったじゃない! マリン!」
「ななな、何いってんのよ!?」
「……一体何の話だ?」
「いやね、マリンがね、毛布がだめになったから買いに行こうとしてたのよ」
 慌てるマリンを無視して、メディが話を続ける。
「なんだ、それならこれはお前が使えばいい」
 何を迷うことなく毛布を一つ差し出すガントに、マリンは首を振る。
「え、いいよ、そんな! 悪いよ!」
「…、俺がいいと言っているんだ、受け取ればいい」
 少し恐い顔で毛布を差し出すガントに、マリンはびくっとなる。
 毛布を差し出し、その場を去るガントにマリンは慌てて声をかける。
「ガント…! その……」
「なんだ」
「……ありがとう」
「気にするな」
 すたすたとガントは階段を上がり、マリンたちの前から消える。

 しばし訪れる沈黙。

「ふえぇ…、なんかガント、怒ってた……!?」
 涙目になり、おろおろするマリン。
「そりゃ…ねぇ」
 メディは、紅茶を一口飲んでふぅと上を向く。
(ガントも不器用だけど、マリンも…ねぇ)
 毛布を抱きしめ、困った顔をしてるマリンをメディはやさしく撫でる。
「私、ちょっと外に出てくるわね。マリンはどうするの?」
「私?! 私はノート片付けて、毛布しまってくるから!」
 慌てて、ノートなど片付け、ロビーにある書棚にしまう。
「じゃ、またね〜」
「うん、またね!」
 挨拶を交わし、毛布を手に取る。新しくて丈夫な毛布に、そっと頬を寄せる。
「…、しまってこよっと」
 マリンは毛布を抱きしめて、階段を上がっていった。

「へぷぅ!?」
 階段を上り、曲がった所で何かにぶつかる。
「ごめんなさい、いてて…!?」
 顔を上げると、不機嫌な顔をしたガントがそこに立っている。
「あ、ガント…!」
 どんな顔をして良いか分からなくて、下を向くマリン。
「なんだ? なにか言いたい事でもあるのか?」
「え…!?」
 マリンは隠し事が苦手だ。すべて表情にでてしまう。
「こっちこい」
「うあぁ!?」
 マリンは不意に腕をつかまれ、三番目の扉――ガントの部屋に引き込まれた。

「座れ」
 ガントに促され、ソファに座る。
「飲め」
 ガントにマグを手渡され、言われるがままに飲む。この前とは違った丁度良い大きさの
マグには、暖かい紅茶がはいっている。
 飲み物のおかげで一瞬落ち着くものの、すぐに元に戻ってしまい、マリンは焦る。
 ガントの表情が恐くて、目があわせられない。
「で、なにがあったんだ? メディに何か言われたのか?」
「そ、そんなんじゃないの……!」
 首を振るマリン。ただ、これ以上黙っていると余計に怒らせる気がして、マリンは正直
に思っていることを話す事にする。
 何故か分からないけど、恐くて震える。
「あ、あのね、ガント、色々私に買って渡してくれるでしょ? それは、嬉しいんだけど、
その、悪いなって」
 ガントが一瞬驚いた顔をして、すぐ険しい顔になる。
「そうか。メディになにか言われたわけじゃないんだな」
「うん」
 次の瞬間、ガントがマリンのすぐ目の前に顔を近づけ、目をまっすぐに見つめる。
 ガントの紺の瞳から、目が離せない。

「お金のことなら気にしなくていい。俺はお前より沢山の依頼をこなしているし、上の方
まで行くから金額だってそこそこもらってる。それにお前が、いつも女将さんに食費と称
して稼ぎのいくらかを渡しているのだって知ってる」

「!?」
 『何でそんな事をガントが知っているのか』と驚くマリンを気にせず、ガントは話を続
ける。
「それに俺は、金があってもどうせ食うくらいしか使い道がないからな。俺が好きで使っ
てるんだ。……お前が嫌だと言うのならやめるが」
「べ、べつにイヤなんかじゃ……!」
「なら気にするな。それに……」
「それに…?」
 少し目をそらすガント。

「……師匠が弟子に色々してやるのは、当然の事だ」

 何故か、少し赤くなっているガント。
「…そ、そうなのかな」
「わ、わかったなら、そんな泣きそうな顔をするな!」
「!?」
 マリンは自分では分かっていなかったが、どうやらずっと泣きそうな顔をしていたらし
い。
「ほら、わかったならいけ!」
「わわわ、分かった! じゃ、じゃあね!」
 部屋を追い出され駆け出すマリン。
 
「…、ふぅ、びっくりした」
 力が抜けて、廊下でしゃがみこむ。なんだか少し、気持ちがすっきりしている。
「弟子…か」
 なんだか嬉しくて、にやけてしまう。毛布を抱えなおし、マリンは部屋に向かった。



「……ぷぷぷっ!!」
 その頃、メディは自室で笑いを堪えていた。
「ガントの嘘つき、特売なんてどこもしてなかったわよ?! それに、あの毛布、一番上等
なやつだったじゃないっ! 絶対話聞いてたんだわっ! もうっ、もうっ!! マリンに言
っちゃいたい!!」
 しばらく笑いが止まらず、メディはうずくまるのだった。

     7

「食料に毛布にロープ、レンジャーセット一式に……」
 祭りの開催から八日目。祭りは最高潮に盛り上がっていた。
 冒険者たちも町の宿に泊まれないほど集まり、お店も大繁盛だ。
 そして、今回はレンジャーの何人かが宝を目指すとの事もあって、数年ぶりの勝者がで
るに違いないと、皆、大盛り上がりだ。
「よし! 荷造り確認終わり!」
 いつもより大き目のリュックサックを背中に背負い、マリンは部屋を後にする。
「ガント、準備オッケーだよ!」
 二つとなりの部屋の扉を、マリンが軽くノックすると、中から「今行く」と、低い声が
返ってくる。

「待たせたな。ん、ちゃんと冬装備にしたんだな」
 部屋から出てきたガントが、マリンの頭からつま先までをさっと流し見る。
 短いワンピースのような革の服に長袖のシャツにマント、ポーチ、そして黒のタイツに
ブーツ。
 今の季節、山の下は秋なのだが、山の中腹、さらに洞窟となると今の時期は寒い。
 そういった意味でマリンは、きちんとした戦える冬用装備にしたのだった。
「うん、レンジャーノート見て予習したんだよ。なんせ、この時期に上のほうなんて行っ
た事ないからわかんなくて。……こんなもんでいいのかな」
 マントを広げて、くるっ、くるっとまわってみせる。
「あぁ、そうだな。今はもう寒い。その格好であっている」
 ガントは頷き、自分のバックパックを背負う。
 そう言うガントもしっかり冬装備で、長袖にいつもの革の服、少しごついブーツにマン
トを羽織っている。背中のバックパックが、いつもより少し膨らんでいる。
「よし、じゃあ行くか!」
「うん!」
 マリンとガントは拳をあわせ、頷きあう。

「お、うちの最終組の出発かい!」

 下に下りると、女将さんがロビーの掃除をしている所だった。
「裏から出るといいよ、表は開店を待つ冒険者でいっぱいだからね」 
 苦笑する女将さんが窓を指差す。
 マリンが遠目にひょいと覗くと、確かに表に冒険者が集まってきているようだった。
 むしろ、数が段違いに増えている。
「みんな最初は冒険者同士で挑んでいったみたいだけど、結局森で散々迷ってドラゴンに
送り返されたんだよ。レンジャーと組めば森を抜けられるって、今頃になって来たのさ」
「まぁ組んだからといって、辿り着けるわけじゃないがな!」
 階段の上からいかつい戦士が声をかけてくる。ゴードンだ。
「あれ、ゴードン、帰ってきてたの?! 挑戦の依頼引き受けて、冒険者についていったん
じゃ……」
 驚くマリンに、ゴードンが笑って答える。
「冒険者達は山の厳しさを知らないんだ。教えてやっても聞く耳もたねぇ。さらにモンス
ターに会っても逃げようとせずに、ご丁寧に全部倒そうとする! 体力を消耗して更にあ
の森をどんどん突っ走っていくんだ、あっという間にくたばって、挑戦を諦めちまうんだ」
 ゴードンは両手を挙げて、首を振る。だが、嫌そうではない。
「それで、俺はさっさとココに戻ってきた訳だ。そして今日! また新たな依頼を引き受
け、山に出かけるのさ! 奴ら、金をコレでもかと積んでくるからな、俺の懐はぬっくぬ
くだ!」
 ゴードンは嬉しそうに胸を張る。
「そっかー、がんばって稼いでね、ゴードン!」
「おうよ、愛する妻のためだからな!!」
 ゴードンは誇らしげに胸を張る。
 ゴードンはレンジャーだが、『今昔亭』に住み込んでいる訳ではない。元からチークの
住民でその体力を買われてレンジャーになったので、自宅から通っているのだ。
 そして自宅には、ごついゴードンとは真反対な可憐な奥さんと娘三人がが待っていて、
ゴードンはその為に毎日頑張っているのだった。
「おう、そうだ」
 ゴードンが降りてきて、ガントに何かを手渡す。
「これ、もってけ。今回も上までいける骨のあるヤツに会えそうにないんでな」
 ガントの手には、石のはまった腕輪が乗っていた。
 石が気になって、マリンも覗き込む。いたってシンプルな腕輪で、石からは一定の波長
の魔力を感じる。
「コレ…、ライトリングだ!!」
  マリンは貴重なアイテムの出現にビックリする。

 ライトリングは周りを照らす魔法のかけてある特殊なアイテムで、トーチ(たいまつ)
の代わりになるものだ。トーチは色々応用が利くので手放せないアイテムではあるが、こ
の腕輪さえあれば両手があくので、移動の時などかなり有利になるのだ。

 マリンの叫んだアイテム名を聞いて、ガントも驚く。
「いいんですか、こんな貴重な物をお借りして」
 ガントは困惑した表情でゴードンを見るが、本人は豪快に笑うだけだった。
「はっはっはっ、その代わり攻略してこいよ! そして、宝をちょっぴり分けてくれ!」
 ばちこーん! とウインクし、ガントの背中を激しく叩く。  
「頑張んなきゃね、ガント!」
「そうだな」
 ガントは腕輪をはめ、大きく頷く。
「じゃ、マリン&ガント、いってきまーす!!」
 見送る女将とゴードンに手を振り、マリンとガントは裏口から出発した。

     8

 歩きなれたいつもの道を通り、森の入り口にたどり着くと、自警団のメンバーが大怪我
をした冒険者達を引きずり、馬車に乗せている所に遭遇した。
「な、何あれ」
 あるものは大怪我、あるものはへたり込み「腹減った…」と繰り返し、あるものは「森
はもう嫌だ」と下を向いて呟いている。
 異様な光景にマリンはひきつる。
「敗者の末路だ。今年はああなりたくはないな」
 けが人に目もくれず森へ向かうガントを、あわててマリンは追いかける。
「さて、まずは参加証を森で捕まえるぞ」
「参加証を……捕まえる?」
 意味が分からず、首を傾げるマリン。
 そういえば、ドラゴンのカヒュラも、『参加証を捕らえ…』なんて事を言っていた。
「ねぇ、参加証って何?」
「運がよければ、すぐ会える。さ、森に入るぞ」
「会えるって……ちょっと、待って!?」
 すたすたと森へ入っていくガントをマリンは慌てて追いかけた。

 森の中は酷いことになっていた。
 冒険者たちが剣を振り回したのか、植物がいたる所でなぎ倒されている。
「いくら三日もすれば元通りとはいえ、すごいなぁ……」
 脅威の生命力を持つ『迷いの森』の植物とはいえ、マリンは少しつらくなる。
「それほどモンスターが出る、ってことだろ」
「なるほど。……って、うわぁっ!?」

 突然、後ろから迫る気配。

「イノシシだー!」
 挑戦者を出迎えるといわんばかりに、突進する森イノシシ。
 マリンは冷静にジャンプしてよけ、すぐさまイノシシのボディにパンチを入れる。
「ふっごおおおおお!?」
 イノシシは綺麗に吹っ飛び、木にぶつかって下に落ちる。
 反撃を覚悟してマリンは構えるが、イノシシは驚いて身をこわばらせ、すぐに逃げてい
ってしまった。
「あ、アレ?」
 いつもならすぐに突進してくるはずのイノシシが来ない事に、拍子抜けするマリン。
 反撃を覚悟してしっかり構えたのに、かっこ悪いことこの上ない。
「あいつらもバカじゃない。死ぬと思ったから逃げたんだ。いくぞ」
 あっさりと進みだすガントの後を、マリンは追いかける。
「うぅ……、私、イノシシとやるの、好きだったのになぁ」
「お前が強くなったって事だろう。無駄な体力使わんでよかったな」
 はっはっはと笑うガントに、マリンは少し照れる。
 自分の手を見つめるも、強くなったとかそんな実感はない。
 ただ、ガントが喜んでいる様に見えて、マリンは嬉しかった。
「さて、参加証を探す……、ん、あれだ!」
 不意にガントが叫んだので、マリンはびくっとなる。
「参加証が飛んでる。運が良い、追いかけるぞ!!」
「えぇ!? 飛んでる!?」
 意味が分からないながらも、いきなり森へ全力で駆け出すガントに必死で付いて行くマ
リン。
 ココは『迷いの森』だ。
 はぐれたら森を出ない限り、レンジャーでも合流できる確証が無い。
「飛んでるって……何!?」
 追いかける先をよく見ると、キラキラ光るものが森の緑の隙間を飛んでいる。ガントが
光に手を伸ばすも、すんでのところでひらりとかわし、まるでこちらを弄んでいるように
自由に空を飛ぶ。
「ちょっと、何あれ、アレ捕まえるの!?」
 ガントも相当素早いというのに、それをさらに上回る速度で、光は飛び回る。 
 マリンは少し考えて、ガントに尋ねる。
「ガント、魔法使って捕まえてもも良いの?」
「あぁ、なんだっていい、コイツを捕まえないとドラゴンに追い返されるからな!」
「そういうことなら!」
 マリンは得意げに緑の魔石を右手につかみ、複雑な文様を空中に描く。
 魔法を使う時のマリンは本当にイキイキした表情になる。
 高速で呪文を唱える様子も、迷いなく空中に素早く描かれる文様も本当に綺麗で、ガン
トもつい見入ってしまう。
 魔石が煌き、魔法が発動する。
「最初っから疲れるのは、ごめんなのよ!」
 緑色の魔力の帯が光を追いかけ、周りを包みこむ。
 マリンの操る帯に捕らえられて、光はあっという間に閉じ込められる。
「いっちょあがりっ!」
 マリンはひょいと光を引き寄せ、手に乗せ帯を解く。

「!!!?」

 マリンの手の上には、予想外のものが乗っていた。
 そこには、透き通るような羽を持つ掌サイズのドラゴンが一匹、じっとマリンを見つめ
ておとなしく座っていたのだ。

「ががが、ガント! これ! これ!?」
 驚くマリンをよそに、ドラゴンは「きゅー」と嬉しそうに啼いている。
「それが参加証だ。よく捕まえてくれた」
 ガントがほっとした顔で髪をくしゃくしゃとする。
「前回はそいつを捕まえるだけで、丸一日かかったんだ。しかも……」
「しかも?」
 小さなドラゴンはマリンの腕を伝って肩に乗り、マリンと一緒に首を傾げる。
「俺に懐かなくて、物凄く困った」
 眉間にしわを寄せ下を向き、その時の事を思い出したのか溜息をつく。
「え、なんか懐いてるよ」
 ドラゴンはマリンの肩が気に入ったのか、動こうとしない。
「おそらく、マリンの魔法が綺麗だったんだろう。そのドラゴンはフェアリードラゴン。
花が大好きなおとなしい種だ」
「フェアリードラゴン!?」
 名前を呼ばれたと思ったのか、「きゅー」と返事をするドラゴン。
 通常花畑でしか見かけないとされるドラゴンが、こんな深く暗い森にいる事自体が、マ
リンにとって驚きだった。
 それほどまでにカヒュラの力が強いと言う事なのか。マリンは少し背筋が寒くなる。
 そして、右手に握った魔石を見る。未だ壊れず、綺麗に輝いている。
 高かっただけあって、強い魔力を持っていたのだ。
「はぁ、魔石壊れなくて良かったー」
 宝石を見てほっとするマリンに、ドラゴンが「きゅーっ!」と叫ぶ。
「魔石は隠しとけ。小さくてもドラゴンだ。持ってかれるぞ」  

 ドラゴンは宝が大好きだ。
 特にキラキラする物が気に入っているのか、ドラゴンの巣などには、宝石がごろごろし
ている事もあるらしい。
 マリンの肩に乗っている小さなドラゴンも、マリンの持つ緑に煌く魔石をきらきらとし
た目で眺めている。

「だ、だめだよ!? コレは絶対に渡さないからっ!!!!」
「きゅー……」
「しょげてもだめっ! 絶対あげないよっ!?」
 必死に魔石の所有権をドラゴンに主張するマリン。
 ドラゴンがどんなに可愛い仕草をしても、マリンは揺るがない。

 それでも、すっかりマリンとドラゴンは仲良しになっていた。
 そのやり取りが微笑ましくて、ついガントの表情が緩む。
 だがそんな自分に気付いてか、咳払いをしてごまかし山の方を向く。
「無事参加証も捕まえた事だし、山小屋へ向かうか!」
「了解っ!!」
 マリン達は深い森を、山を目指して歩き出した。


 だが、その後ろからマリン達の後を追う怪しい影があった。
「……今の、ご覧になりました?」
「見た見た、ガント、にやけとったわ」
 笑いを堪え、同じくドラゴンをつれて後を追うのはメディとアレイスだった。
「やばいなぁ、おもろいわホンマ」
 アレイスは小声でメディに話しかける。
「マリンったら、私達が一日かかったドラゴンを一瞬で捕まえるんですもの、もう可愛い
んだからっ!」
 何が可愛いのか分からなくて、アレイスは変な顔をする。
「ほら、追いかけるわよっ!」
 体力が無いメディだが、必死になって足の速い二人を追いかける。
「メディ、頑張るなー」
 時々転びそうになるメディを支えつつ、アレイスも後を追うのだった。

     9

 山小屋までの道のりは、思ったよりも体力を使うものだった。
 フェアリードラゴンを追いかけ、変な方向を走ったというのもあるのだが、それよりも
モンスターがいつもの倍の勢いで出現する事が問題だった。
「ふー、ふー、せわしないなーもうー」
「ほら、頑張れ。もうあと少しだ」
 相次ぐイノシシの出現に、マリンは少し疲れていた。
 ガントが殴れば気絶するし、マリンが殴ればすぐ逃げていくのだが、何度も繰り返せば
辛くもなる。
「カヒュラはこの森で実力の無いものを落とすんだ。だから、この森で参加証を捕まえ、
森を抜けたら、少し楽になるはずだ」
「あ! 出口ーーー! 二合目の看板みっけ!」
「おぉ、昼に間に合ったな」

 森を出ると、眩しい光であふれていた。
「山小屋でお昼にしよ!?」
「そうだな」
「きゅー」
 マリンとドラゴンが山小屋に近づくと、パシン! と音がして何かが弾かれる。
「きゅきゅ!?」
「あ……」
「ドラゴンもモンスターだな」
 山小屋の結界にはじかれて、首を振るドラゴン。痛かったのか、涙目になっている。
「や、やっぱり、外で食べる」
 ガントとドラゴンを見ておろおろしながらマリンが訴える。
 だが、今は祭りのせいでいくら山小屋の近くとはいえ油断できないのも事実だ。
「外は危ない、ドラゴンには待っていてもらえばいいだろう」
 すたすたと、ガントは中に入っていく。
「うぅ、待っててくれる?」
「きゅぅ」
 少し寂しそうな顔をするドラゴンに後ろ髪を引かれながら、マリンは山小屋へ入ってい
った。

「ふむ、どうやらリオン達とクロフォードと組んだ冒険者が無事通過して上に向かったみ
たいだな」
 ガントはレンジャーノートを見て、山小屋の使用者を調べる。
「あれ? 先に出たメディ達は?」
 昼ごはんをリュックから出しながら、マリンが尋ねる。
 メディ達はマリン達よりも一日先に出発したはずだから、もう上に行っていてもおかし
くないのだ。
「昨日、利用したみたいだが…、なんだ、『忘れ物を見に行くから、もう一度森に入る』
ってのは」
「なんだろね」
「まぁ、昼食うか」
「はーい」
 お昼は女将さんに作ってもらっておいたサンドイッチだ。
 二人を気遣ってか、結構な量が袋に入っている。
「ね、今日はどこまで行くの?」
「いける所まで…だな」
 3合目まではなだらかな草原が続くので、道としてはつらくは無い。
 問題はモンスターだった。
「またワイバーンとか出たらやだなぁ…。あの戦闘を思い出すと、今でもぞっとする」
 マリンはサンドイッチをくわえながら、眉間に皺を寄せる。
「ん、なんだ?」
「なんて言うか……、魔石、使いたくないの」
「あ? 魔法使いらしく、魔法使いたいんじゃないのか?」

 いつもマリンは『私は戦士じゃないの!魔法使いなの!』と皆に主張している。
 誰も『魔法使いじゃない』とは思っていないのだが、なんせ自力で魔法が使えないので
皆の前で魔法を使う事がほとんど無い。
 事実、イノシシを素手で倒すし、ガントに鍛えられてどんどん強くなっているせいで、
戦士や格闘家としての認識の方が上なのだ。
 だが心は、魔法使い。
 魔石が高価でもったいなくて、中々魔法を使えないだけなのだ。

「私だって、魔法をこれでもかと使いたいわよ! でも……もうあんな派手に魔石使いた
くない」
 しょんぼりとして魔石の入ったポーチを撫でる。
「そんな事か」
「そんな事とか言うなー!」
 マリンはガントに殴りかかる。
 が、とん、と流されて、マリンは床に顔をぶつける。
「分かった分かった、だがその為に今日この日まで特訓したんだろうが」
 開催宣言の日から出発の日までの厳しい稽古が頭をよぎり、マリンはすっぱい気分にな
る。
「うん。だから今回は極力魔法をセーブしていくの。しょっぱなのはしょうがなかったと
して」
「そうだな。洞窟で何があるかわからんしな。ま、俺も全力で頑張るさ」
 最後のサンドイッチを口に入れ、水筒から水を飲む。

「あ! 思いついた!!」
 何を考えついたのか、マリンは突然立ち上がり、山小屋の屋根裏へ向かう。  

 屋根裏にはレンジャーのみが使用できる特殊な部屋がある。
 そこは、主に山小屋用の備蓄品が保存してあったりするのだが、ほかにも昔のレンジャ
ーがいろいろ変な物を遺していたりする。
 通称『ごみ箱』。レンジャーならその中身を誰でも持って行って良いのだが、いかんせ
ん変な物が多く、本当にゴミ箱状態なのだった。

 マリンはそのごみ箱をごそごそとあさり、何か見つけたのか軽やかに降りてくる。
「何か見つけたのか?」
「へへへー。昔見たときは意味無いと思ってたんだけどね。じゃーん! ナッシングリン
グだよー!」
 マリンは得意げに小さな指輪をガントに見せる。
「コレね、昔のレンジャーにモンスター? がいたんだって。で、結界を無視できるマジ
ックアイテムを仲間が作ったって、昔のレンジャーノートに書いてあったの見たのよ」
 ダッシュで山小屋を出るマリン。
「きゅー!」
 そして外から飛んでくる、フェアリードラゴン。
 小さな足に、リングがはめられている。
「一緒に入れる〜!」
「きゅーきゅー!」
 ほおずりして喜び合う一人と一匹。
「挑戦が終わったら、別れる運命だぞ?」
 しかもここより上は五合目にしか山小屋が無く、ほとんど意味が無い。
 ガントが険しい顔をするが、マリンは気にしない。
「大丈夫、終わったらリングも『ゴミ箱』に戻すし! ……だめかなぁ」
 急に暗い顔してしょげるマリンに、ドラゴンも真似して一緒にしょげてみせる。
「す、好きにすれば良いだろ!? ほら、食い終わったし、行くぞ!?」
「やったー! 許可が出たよー!」
「きゅー!!」
 マリンはリュックを背負い、ドラゴンと共に騒がしく山小屋から出て行く。
 そしてガントは、去り際にレンジャーノートに記す。

『十月十八日 レンジャー・ガントレット・アゲンスタ、レンジャー・マリン・ローラン
       トと共に山小屋を使用。 ドラゴンフェスティバルの勝者を目指す。
       『ゴミ箱』より、ナッシングリングを借用する』

「ガントー! イノシシー!」
 外からマリンの声がする。山小屋から出た瞬間にイノシシに会ったようだ。
「適当にいなしておけ。すぐ行く」
 ガントもバックパックを背負いなおし、外へ向かうのだった。

     10

 マリン達の警戒とは裏腹に、草原は穏やかだった。
 時々ウサギが飛び出てくる程度で、どちらかといえばピクニックの様な様相を呈してい
た。
「プレーナイト、こっちだよー!」
「きゅー!!」
 マリンはフェアリードラゴンとどちらが先に上につくか競争だといって、上に向かって
爆走している。
「おい、そのナントカナイトって何だ?」
 ガントがマリンの後をぼちぼち追いかけながら、その名前について尋ねる。
「このコの名前! さっきつけたの! この子に良く似た色の透き通った魔石の名前から
とったんだよ!」
 上のほうから叫ぶマリンに、なるほどと頷く。
 マリンがポーチをごそごそと探り、ガントに向かってひゅんと何かを投げる。
 片手で受け取り見てみると、それは半透明の淡緑色の魔石だった。
「それがプレーナイトー!」
「そうか確かに似ているかもしれん。だが、長いな」
「じゃぁ、ナイトって呼べばいいよ、ねー、ナイトー!」
「きゅきゅー!!」
 小さなドラゴンが騎士を気取って、羽を広げて空中を舞う。
「あ、三合目の看板だっ!!」
「予想外に早く着いたな」
 マリンがナイトと競争しているうちに、どうやら草原を駆け抜けたらしい。
「ここからは道が険しくなる。遊ぶのはここまでだ」

 ガントが足元の砂利を踏みながら山の斜面を見上げる。
 斜面は突然急になり、岩だらけだ。所々木が生えてはいるが、さっきまでの様な穏やか
さは全く無い。

「了解。私はここからあんまり行った事無いから、よろしくね、ガント」
「きゅきゅ!」
 マリンの顔が緊張したものに変わる。つられてナイトも若干緊張した顔をする。
「ついてこい」
 先頭を行くガントを、マリンは追いかけていく。  

 岩だらけの山道に入り少し進むと、上から何かがマリンの目の前に落ちてきた。
「……ん? 羽?」
 掌以上の大きな茶色い羽が、ふわりと岩にのる。
「伏せろ!!」
 不意にガントがマリンの頭を押さえる。
 マリンが伏せたその瞬間、すぐ目の前の岩が削れてえぐれる。
「な、何!?」
 顔を上げると、すでにガントが何かに向かって飛び掛っている。
 マリンも落ち着いて構え直し、銀の爪を手にはめガントの反対側にまわる。
 モンスターは風を切り、ガントに向かって急降下するが、ガントはすらりとそれをかわ
す。
 
 地面をがっしりと掴み、堂々とガントを睨むモンスター。
 大鷲の頭と前足。だが体は獅子の物だ。

「グ、グリフォン!?」
 普段山にいるはずの無いモンスターの出現に、マリンは目を見開く。
 カヒュラの力は、こんな大きなモンスターまで呼ぶのかとマリンの驚きは大きくなる。
「はぁっ!?」
 ガントの蹴りがグリフォンの首を捕らえる。
 重い一撃を受け、グリフォンは体を振ってガントを払おうとするが、ガントの攻撃は止
まない。
 グリフォンは強引に大きく翼を動かし、再び空を舞う。
「マリン!」
 ガントはマリンをチラッと見て、目線を動かす。
 ガントの手にはレンジャー用のワイヤーロープが握られている。
「了解!」
 マリンは返事するや否や、上空にいるグリフォンの位置を確認し、大きな岩を足場に飛
びかかる。マリンの銀の爪がグリフォンの腹に刺さり、暴れるグリフォンに取り付くとそ
のまま這い上がってしがみついた。
 下を見るとガントが六方向に飛び回り、岩を素手で殴りつけている。
「マリン!」
 下で作業を終えたガントが、マリンにロープを放り投げる。手を伸ばしガントのロープ
を捕まえると、マリンは暴れるグリフォンの首や体にすばやくかけた。
「ごめんねっ!!」
 マリンはそう叫ぶと、ロープの端を持って、下に飛び降りる。ガントに受け止められ地
面に足をつけると、ロープが放射状に締まり、グリフォンは地面に叩きつけられもがく。
 まるでくもの巣に捕らえられたようだ。
「じゃ、しばらく気絶しててね」
 もがくグリフォンに向かってマリンはにっこり笑って拳を組み、グリフォンの頭部にお
もいっきり叩きつけた。
 グリフォンは「ケェッ!」と一啼きして、白目を剥く。
「いぇい」
「上出来だ」
 マリンとガントが拳を付き合わせる。
「…きゅ」
 ただ、気絶したグリフォンを見て、ナイトが凍りついていた。
「ナイト? どうしたの? 今のは何かって? いちいち倒してらんないから、動きを封
じて寝てもらったんだよ。レンジャーのスキルを応用して」
 ナイトはグリフォンとマリンをきょろきょろ見比べ、驚いているようだった。

 急勾配の岩場での大型モンスターとの戦闘は危険だ。魔法を使わないで戦うとなったら、
なおさらだ。ましてや、こんな所で全力を出して、何があるか分からないこの先の洞窟で
倒れるわけにもいかない。
 出来るだけ体力を使わないようにして、モンスターとの戦闘を回避し、さっさと岩場を
抜けるに限るのだ。

 ナイトは地面にくくりつけられたグリフォンを見て、ぷるるっと一回震えてマリンの肩
に乗る。
「さ、進むぞ」
 再びマリン達は斜面に手をかけた。

  
 四合目の看板が見えた頃には、もう日が沈みかけていた。
「仕方ない、今日はこの辺で休もう」
 ガントは少しでも安全に休める所が無いか周りを見渡す。
「ふぅ、ふぅ、きっつい……」
 グリフォンの後も、毒蛇やら狼やらが出てきて戦闘を繰り返し、休み無くここまで進ん
だきたマリンは、すっかり疲れてしまっていた。
 ナイトが心配そうに羽で風を送っている。 
「良い場所があった。こっちだ」
 少し離れたところで、ガントが呼びかける。
 大きな岩に囲まれたところに木が生えていて、良い感じで休めるようになっている。
「今行く〜」
 ふん、と立ち上がり、ガントのもとへ向かう。
「ねぇナイト、何でガントはあんな平気そうなのよ……」
 てきぱきと枯れ木を集め火をおこすガントを見て、マリンは小さなドラゴンに愚痴る。
 よろよろとしたマリンが辿りつく頃には、立派なキャンプが出来ていた。

「ガントって凄いよね。レンジャーとして優秀すぎるわ」
 リュックを下ろし、へたり込むマリン。
「そうでもない。経験の差だ」
 そう言って、さっさと晩御飯の支度を始めるガント。
 手伝おうと立ち上がるも、「座ってろ」と言われ、再び座り込む。
 まだまだ自分がレンジャーとして未熟な事を思い知らされる。こうやって座っていると
まるで依頼人にでもなった気分だ。
「私、ガントみたいになれるかな」
 リュックから出した水筒を片手に、目を伏せる。
 目の前では、焚き火が小さな鍋を暖めている。
「とりあえず食え」
 マリンに簡単なスープを金属のマグに入れて渡す。夜風が冷たくなってきたので、暖か
いスープがありがたい。
「ふあ、美味しい」
 マリンがようやく笑顔になり、ガントの表情も緩む。それを見てガントも自分の分をマ
グに入れ、口にする。
 普段大量に食べている二人も、山に入ると自然に食欲が落ちる。
 それでも、スープはそのうち取り合いになり、あっという間に空になってしまう。


「ごちそうさまでした」
「おう」
 お腹も膨れ、体もあったまったマリンは、冷えないうちに毛布を取り出しくるまる。
「ガントの買ってくれた毛布、すんごくぬくいね」
 ナイトも暖かいと思ったのか、きゅうと啼く。そしてあっという間にマリンの横で眠っ
てしまった。
 眠ってしまった小さなドラゴンは、口をぽかーっと開けていて、それが少し間抜けでマ
リンは笑ってしまう。
「ほんとに離れないな、そのドラゴン」
 ガントがナイトを指で突っつくが、起きる気配は無い。
「だね、なんか懐かれちゃった」
 照れて、マリンは目を細める。

「あ、今日は月でてるね!」
 ふと空を見ると、半円と円の中間くらいに満ちた月が、綺麗に輝く。
 町より高い所にいるせいか、星も月も近くに感じる。
「ねぇ、ガント。満月の日以外も変身できるの?」
 前から聞いてみたかったことを、ガントに尋ねる。
 ガントは少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻り、口を開く。
「できるが、あの時ほど強くはない。体に現れる特徴も若干薄くなる」
「そういや、ヴァンパイアの時に出てきた獣人みたいなタイプじゃないよね、ガント」
 獣人といえば獣を人型にしたような存在だが、あのときのガントは人間の一部が獣にな
っていた。
「俺は、獣人としては中途半端だからな」
 ガントは月を見上げて目を細める。
「……?」
 マリンはよく分からなくて首を傾げるも、詳しく聞いて良い事なのか分からなくて、黙
る。だが、あの時変身したガントの魔力は、一瞬でもヴァンパイアを押さえつけたほどの
半端無いものだった。
 むしろそこいらの獣人より魔力も腕力も上だ、とマリンは感じていた。
「それに、月が満ちてくると勝手に変わりそうになる。今は制御できるから、問題は無い
が……昔は苦労した」
「そうなんだ……」
 めったにしない昔話を始めるガントに、マリンは驚く。
「こんなもの、どうでもいい力だと思っていたんだがな」
「ど、どうでもよくないよ!?」
 目を伏せたガントに、マリンはせまる。
「ちゃんと町を守ったじゃない! それに…、それに私に魔法をおもいっきり使わせてく
れた!」
「……、そうか」
 迷い無く真っ直ぐ見つめてくるマリンに、ガントは戸惑う。
 あんな強引なやり方で、契約を交わしたというのに。
 すぐ目の前にいるマリンに、何か、押さえ切れない感情が少しづつ大きくなる。
 ガントはマリンを引き剥がし、顔を背ける。
「わかった、もう寝ろ」
「え?」
「いいから寝てくれ」
 ガントはマリンに強引に毛布をかぶせると、少し離れた木にもたれかかる。
「俺は、見張りをしてるから、ほら、寝ろ」
「う…うん、分かった、でも後で起こしてね? 見張り代わるから」
 ガントに言われるまま、マリンは寝る支度を始める。
 いつもより早いが、横になり毛布にもぐる。
 疲れていたせいか、急に眠気が襲ってきてあっという間に目の前に靄がかかる。


「……俺は一体どうしたいんだ」

 マリンが眠った後、木に拳と頭を打ちつけ月明かりに照らされるガントの姿があった。

     11

「んぅ……」
 マリンは眩しい朝の日差しで目が覚めた。かすかに良い香りがする。
「あさごはんー」
 寝ぼけながら前に進むと、大きな背中にぶつかった。
「!?」
「今頃起きたか、全く」
 振り返ったのは、綺麗な銀髪に紺色の瞳。

「あ…がんとぉ? ……って、うわぁあああっ!?」

 マリンは慌てて飛び起きる。
 そうだ、今自分は山の上にいる。そして、見張りの交代もせず、たっぷりねてしまって
いたのだった。
 マリンは顔面蒼白になって、頭を下げる。
「あぁあっ、もう、ごめんなさいっ! どうして起こしてくれなかったの!?」
「何度起こしても起きなかったじゃねぇか」
「ううう、うっそぉ!? ガント、一晩中見張りで起きてたの!?」
「いや」
 ガントはマリンの隣を指差す。
 穏やかに眠る小さなドラゴン、ナイトだ。
「コイツが見ててくれた。出来たやつだ」
「ナイト…が?」
 ナイトは『参加証』だ。普通参加証がそこまでしてくれるなんて。聞いたことが無い。
「ほら、さっさと朝ごはんを食べてくれ。今日はなんとかして洞窟の入り口までたどり着
きたい」
「うぅ」
 しょげて朝ごはんを食べ始めるマリン。



 その時、真下の岩影に動く影。
「ちょっと、嘘つきがいますわよ」
「せやな、一度も起こしたりせぇへんかったくせに」
 マリンとガントの後を追うメディとアレイスだった。
「ま、でもドラゴンが見張りっちゅうのはホンマやったな。びっくりしたわ」
 アレイスは自分達のフェアリードラゴンを見るも、ふいっと機嫌悪そうにするだけだ。
「それにしてもあの二人、足が早すぎるわ。追いついたのが夜中だったじゃない」
 メディが白く細い足を撫でつつ、ため息をつく。
「せやかて、あいつらがグリフォン黙らせてくれてたおかげで、俺ら助かったし」
「そうねぇ。このままついていけばカヒュラのトコまで、行けちゃうかもねぇ」
「ま、気付かれへんようにせんとな。特にガントの勘は化け物並みやからな」
 アレイスが腰にひっつけた札を大事そうにさする。
 ――『気配消しの札』。今回のために、メディが用意したものだった。
「あ、二人が出発するみたい、追いかけましょ?」
「おう、それにしても頑張るな、メディ」
「マリンの為ですものっ!」
 ふんと気合を入れなおし、二人の後を追うメディ。
 何度も岩場から落ちてしまいそうになるメディを支えながら、アレイスも後を追うのだ
った。




「ふぅ、ここが洞窟の入り口?」
 マリンたちが五合目付近にたどり着いたのは、昼頃だった。
 相変わらずモンスターは出るし斜面も急だったのだが、マリンは何か掴んだのか、昨日
より格段に良いペースで進んだ。
 そして目の前に広がるのは、ぽっかりとあいた大きな大きな穴。
 所々光が入ってきているのか奥の方まで見る事が出来るが、見た感じかなり大きな洞窟
であることが分かる。入ってすぐ左の所が崖になっていて、その横の壁伝いの細い道が奥
に続いているようだった。
 ガントが入り口の外壁を調べると、比較的新しい傷を見つける事ができる。
 一、二、…五つ。違う剣の跡が5つ。傷の癖から、一つはクロフォードのものだと分か
るが、ほかはあまりよく分からない。ただ一つ、やたら大きく荒く削れているのがリオン
の大剣のような気もする。他の傷はマリンも覚えが無いものだった。
 レンジャー以外にも、森を抜けたレベルの高い冒険者が何人か入って行ったであろう事
が伺える。
「こんなに激しい剣の跡が…、何かここで出たのかな」
 マリンは周りを警戒するも、コレといってモンスターの気配がするわけではない。
 ナイトも普段と変わらず、マリンの肩に乗ったままだ。
「俺達のすぐ前に来たヤツが、倒したんじゃないか?」
 ガントは洞窟に入る準備を始めようと、バックパックを下ろすが、急激に何かが近づい
てくるのを感じ、身構える。
「ガント、何か来る」
 マリンも感じたのか、山の下の方を見るがモンスターの姿が見えない。
 ゴウゥウウッ!!
 突然背後から吹き付ける強い風。よろけたマリンは慌てて体勢を立て直し、風の吹く方
角へ向き直す。
 強い刃のような風、この風はマリン達が知っている物だった。

「ガント! この風!!」
「あぁ、ワイバーンだ!」  

 大きく翼を動かし、洞窟から出てきてのは小型のワイバーンだった。
 小型とはいえ、人二人分位の大きさは余裕である。
「うおぉう、でたぁ……」
 大きく伸びた口からナイフのような牙をちらつかせ、こちらを威嚇するワイバーンは、
まさに洞窟の門番といった雰囲気だった。
「ガント、これ、倒さないと入れてもらえそうに無いよ……?」
「みてぇだな」
 ガントの口元がニィと歪み、口調が変わる。
「うはぁ、楽しそうだね」
 ガントは強い弱いは別として、自分より大きいものと対峙するといつも昂ぶったような
表情をする。
「大きいものを殴り倒す時って、楽しいだろ?」
 拳を握り締めワイバーンに向かって構えると、先制とばかりにワイバーンの足を狙う。
 お手本の様な綺麗な足払いを受けたワイバーンは、ドスンと地面に叩きつけられ、ぐる
ぐると唸る。
「ナイト、離れててね!」
 肩に乗ったナイトを避難させ、もがくワイバーンに銀の爪を立てる。
「ゲアァアアッ!!」
 爪がワイバーンの腹を捉え、赤い線をつける。
「あんまり効かないっ……!」
 ワイバーンから距離をとろうと離れようとした時、鋭い爪がマリンにせまった。
「きゃん!?」 
 ごつごつしたワイバーンの足が、マリンをわしづかみにし地面に押し付ける。
「マリンを離せぇっ!!」
 飛び立とうとするワイバーンに、ガントはめいっぱい溜めた一撃を頭に放つ。
 ゴスッ、っと鈍い音をたてて拳が頭にめり込む。ワイバーンは白目を剥いてよろけるが
マリンを離さない。
「ガ、ガントっ!!?」
 ワイバーンは勢いよく洞窟に向かって倒れ込み、ずるりと下へ向かって落ちていく。
「うっ、うそっ!?」
「きゅー!」
「マリン!!」
 ガントがマリンの手を掴もうとするも、もう遅かった。


「ガントーーーーーーーーーっ!!」


 崖の下に落ちていき、闇に消えるマリン。
 ガントは拳を地面に打ちつけ、奥歯をかみ締める。
 だが、何かに気がついたのか、バックパックを背負い立ち上がる。
 そばで心配そうに中を舞うドラゴンに向かって、ガントは力強く言い放った。

「ナイト、俺がまだ入り口に送還されないって事は、マリンが無事だという事だ。行くぞ、
マリンを助けに行く」
「きゅ!」
 一人と一匹は洞窟の中へと歩を進める。




 その様子を、一匹の大きなドラゴンが見ていた。
 大きな魔法の鏡に、映される幾人もの挑戦者達。

「ふむ、今回は楽しい事が起こりそうだ。山のレンジャー達も気合が入ってると見える。
さぁ、何組がたどり着けるか…これだから祭りはやめられぬ!」

 銀色のドラゴンは大きな体を震わせて笑い、再び鏡に見入るのだった。




 つづく


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