マクネアー・シングス・ジェローム・カーン・ウィズ・プレヴィン

Sure Thing - The Jerome Kern Songbook

 
                マクネアー・シングス・ジェローム・カーン・ウィズ・プレヴィン 
マクネアー・シングス・ジェローム・カーン・ウィズ・プレヴィン
Sylvia McNair, André Previn ‎– Sure Thing - The Jerome Kern Songbook
    1. Land Where The Good Songs Go 1:32
    2. I Won't Dance 3:09
    3. Nobody Else But Me 2:57
    4. The Folks Who Live On The Hill 5:57
    5. A Fine Romance 2:35
    6. Remind Me 3:41
    7. You Couldn't Be Cuter 2:53
    8. Why Was I Born? 3:59
    9. I'm Old Fashioned 3:40
   10. All The Things You Are 4:25
   11. Can't Help Singing - They Didn't Believe Me 4:38
   12. Till The Clouds Roll By - Look For The Silver Lining 3:50
   13. Sure Thing - Long Ago (And Far Away) 5:32
   14. Can I Forget You - Smoke Gets In Your Eyes 6:06
   15. Pick Yourself Up 2:43
   16. The Song In You 5:11
   17. Land Where The Good Songs Go 2:47
   18. Go Little Boat 3:36
            シルヴィア・マクネアー(Vocal)
            アンドレ・プレヴィン(Pf)、デイヴィッド・フィンク(Base)
            録音:1993年9月7-10日


 プレヴィンがオペラ歌手と手がけたジャズ/ミュージカル・アルバムの最後を飾るのがシルヴィア・マクネアーとの2枚。ジェローム・カーンの曲集がその第1弾でした。ジョン・エリオット・ガーディナーがイングリッシュ・バロック・ソロイスツを指揮して録音したバロックやモーツァルトのオペラ等で欠かせないソプラノ歌手だったマクネアーは、その後クラウディオ・アバドとマーラーの交響曲第8番、ベルナルト・ハイティンクとは2番、4番のソリストをつとめ、小澤征爾とラヴェル、ドビュッシー、ストラヴィンスキーの作品を録音しています。ヴェルディやプッチーニといったイタリア・オペラをあまり歌わなかったようです(録音はプッチーニの歌劇『ジャンニ・スキッキ』のアリア「私のお父さん」とロッシーニの歌劇『ランスへの旅』だけだと思います。)。

 マクネアーにとって母国のアメリカ音楽は幼児期からお手の物だったはず。ジャズやミュージカルが求める声とバロックやモーツァルトの音楽に向いた資質が見事にマッチしたとい言うべきでしょうか。プッチーニやヴェルディのヒロインはリリックな役どころもありますが、死の向こうにある愛を信じるドラマティックな歌唱が多く、彼女はそれを得意としなかった、或いは好まなかったのではないかと思われます(あくまで想像ですが)。

 ピアノとベースだけ、曲によってはピアノだけというシンプルな伴奏のアルバムです。2年前のキリ・テ・カナワとの録音ではピアノ、ギター、ドラムスというややリッチな響きが時に饒舌とも言える(私だけかな?)テイストであったことを思うと、いよいよプレヴィンも究極の編成を見出したのかもしれません。マクネアーの声は最初から全くの違和感なく聴けました。クラシックのしかもオペラ歌手が歌うジャズ/ミュージカル?などという雑念が全く起きないのも不思議でした。

 2曲目の I Won't Dance が本来このアルバムの冒頭にあってもいいのでは、と思うくらいフィンクのベースがご機嫌なリズムで陽気に始まります。マクネアーはどこかお上品さを保持して歌っていて、アクのあるハスキー・ボイスを交えた歌い方を期待したいところですが、「踊るなんて無理・・本気になりたくない・・」と歌う、恋したらエライことになるという内容からは素直な歌い方のほうが合っているのかもしれません。フランク・シナトラは男声ということもありますがもっとゆったり歌っています。プレヴィンのピアノが歌の邪魔をせず断片的な参加で控えめに曲を支えているところが実に見事です。マクネアーの歌はこちらで聴けます。
Sylvia McNair/ I Won't Dance

 3曲目の Nobody Else But Me はマクネアーの美しくも自然な発声に加えて語り口の上手さが光る演奏です。サラ・ヴォーンやヘレン・メリル、ジョニー・ソマーズといった個性的な演奏とは一線を画していて物足りない方もいらっしゃるかもしれません。プレヴィンもフィンクも完璧なサポートでアルバム前半のピークを築くともいえる出来栄えを聴かせてくれます。続く4曲目の The Folks Who Live On The Hill はプレヴィンのピアノ伴奏のみで至福の世界を見せてくれます。この2曲でこのアルバムの方向性がはっきりしてきました。静かな午後のひと時をハンモックにでも揺られながら聴きたいと願うばかりです。
Sylvia McNair / Nobody Else But Me
Sylvia McNair / Folks Who Live On The Hill

 7曲目の You Couldn't Be Cuter は、このアルバムが目指す粋でスマートな音楽作りに対して、3人それぞれが持つ資質を存分に発揮していて、聴き応えのある演奏に仕上がっています。
Sylvia McNair / You Couldn't Be Cuter

 アルバムのタイトルにもなっている13曲目の Sure Thing 及び Long Ago (And Far Away) では2曲が絶妙につながっていて途切れなく歌われています。ふたつ共、曲の冒頭はピアノだけの伴奏で途中からベースが加わるというこのアルバムで特徴的なパターンを踏襲しています。曲の持つ起伏のある構成を、声圧をさりげなく変化させながら歌うマクネアーにプレヴィンは軽妙なオブリガードで飾り付けし、フィンクが景色を変える色付けを施します。これ以上何も言うことはありません。このアルバムにおける白眉と言えましょう。YouTubeでも聴けますが、これは是非ともCDで聴いていただきたい一品です。プレヴィンは1959年にジェローム・カーンのピアノ・ソロ・アルバム Plays Songs By Jerome Kern でもこの2曲共(別々に、順番は逆)取り上げています。このピアノ・ソロの音源は YouTubeに20種近くアップされています。一体何故?
Sylvia McNair // Sure Thing / Long Ago And Far Away

 14曲目の Can I Forget You - Smoke Gets In Your Eyes は、前の曲の雰囲気そのままにマクネアーの語り口はしっとりと感じをさらに増してきています。これも2曲を続けて演奏しています。後半は言わずと知れたカーンを代表する名曲「煙が目にしみる」。サラ・ヴォーンやジュディー・ガーランドらを向うに回してマクネアー自身のスタイルを堅持して落ち着いた雰囲気で歌い切ります。普通に考えるとアルバムのタイトルはこの「煙が目にしみる」にした方が売れそうなものですが、敢えて13曲目をタイトルにしたのは何故か。3、4曲目でも続けて同じ曲調のいい曲を並べていますので、これには何か意図的なものを感じさせます。
Sylvia McNair // Can I forget You / Smoke Gets In Your Eyes

 アルバム最後の曲 Go Little Boat はプレヴィンのピアノ独奏。「お疲れ様」とマクネアーに声をかけるようにピアノが囁き、静かにアルバムを閉じます。粋ですね。この最後の曲を聴き終えて、ふと最初の曲が僅か1分半しかなく、ピアノだけの伴奏で静かに歌われていることに思い至り、プレヴィンのこのアルバムへの想いがなんとなくわかったよう気がしました。プレヴィンは若い頃(1959年)に Plays Songs By Jerome Kern というピアノ・ソロのアルバムを録音していてこの曲も演奏しています。2つのアルバムで共通した曲は全部で4曲、Go Little Boat、A Fine Romance、Sure Thing、Long Ago となります。


                  プレヴィン・プレイズ・ジェローム・カーン
 
  プレヴィン1959年の演奏 Go Little Boat



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