無限のドリフター 世界は天使のもの

 「J.G.バラードの小説が好きなの。この人はとても心地のいい終わりを書く人でね。例えば廃墟だとか、世界が結晶化して滅んでいく様子だとか。灰色の世界をきれいに描くのよ」。そう、ヒロインの少女がつぶやくライトノベルがある。「『アンドロイドは電気ガマの夢を見るの?』ナニワは映像を手繰り寄せ、思わず微笑んだ。『わたしはアンドロイドじゃない、AIシステム。それに、電気ガマじゃなくヒツジ』」。そう、アンドロイドと少女が会話するライトノベルがある。

 著者近影を埋め尽くしているのは、なぜかハヤカワ文庫SFの青背たち。クリフォード・D・シマック、カート・ヴォネガット、ジョン・ヴァーリィ、ルーディ・ラッカー、ロバート・A・ハインライン、ブルース・スターリング、コードウェイナー・スミス、フィリップ・K・ディック、イアン・ワトスン、フリッツ・ライバー、ジェフ・ヌーン、マイケル・スワンイック、グレッグ・ベア、アーサー・C・クラーク……。

 そんなライトノベルが、樹常楓の「無限のドリフター 世界は天使のもの」(電撃文庫、610円)。分かるのは相当なSF好きだということ。それだけのSF的な趣向を露わにして描き上げようとした以上は、鋭くて激しく鬱陶しいまでにSFを求めるSFの読者であっても、どこか引かれる部分を持ったライトノベルになっているはずだ。そして実際に「無限のドリフター 世界は天使のもの」は、読む人をハッとさせる部分を少なからず含んだSFになっていた。そう、SFに。

 遠い未来。文明が発達した果てに崩壊が起こり、荒廃した地上から人類は上空につくった都市へと逃れ暮らすようになったものの、都市に行かなかったか、あるいは行けなかった人類は地上でしつこく生き延びては、掠奪と殺戮を一部に繰り広げつつ、スクラップや遺物を集め利用しながら暮らしていた。

 そんな地上で、殺人鬼の異名をとり、出会う相手が危険なら手に持ったオノで容赦なく殺戮して生き延びていた少年がある日、廃墟となったショッピングモールで、天使のような翼を背中に持った少女と出会う。自分の名を持たなかった少年は、ルーフィスとう名の天使のような少女からマサキという名をもらい、そしてしばらく2人で暮らし始める。

 J.G.バラードをこよなく愛し、廃墟から見つけたSF小説を愛読するルーフィスとマサキとの蜜月は、けれども長くは続かず惨劇が2人を襲う。悪党によってルーフィスは連れ去られ、その時に負った怪我から回復したマサキは、ルーを探して世界をさまようようになり、そして10年もの月日が経った。

 殺人鬼としての異名をさらに強く世間に刻んだマサキは、天空にある第八空中都市から地上に降りて来て、何かを調査しているダグラスという男と出会い、世界が置かれている有り様を聞く。ガスマスクをして地上の汚れを身に取り入れようとしないダグラスは、調査を終えていずれ天空へと戻るはずだった。ところが第八空中都市が老朽化から崩壊してしまい、ダグラスのもとには天空の都市からルーによく似た翼を持った、リューンという名の少女が送り出されてくる。

 ダグラスはリューンを会場から海岸まで近づいてくる第九空中都市まで連れて行かなくてはならなかった。とはいえ、地上には悪党どもがはびこっていて、空中都市の住人と幼い少女ではとうていたどり着けそうもない。そこでダグラスは、マサキが探しているルーフィスが、その第九空中としにいると言い、彼女に会わせるから自分たちを守って案内して欲しいと依頼し、受けたマサキとともに3人は、第九空中都市へと向かって荒廃した大地を旅する。

 天空に九つまで作られた空中都市の存在の意味。地上に残された人間を襲い食い殺すクークと呼ばれる白い怪物たち。横たわり死んだ人の上に咲く花。その花を生やしたネズミが人語を話す訳。世界の滅びた理由が明らかにされ、ルーフィスやリューンのように翼の生えた少女の秘密が示され、そして未来への希望が示されて読む人を未来のビジョンへと誘い導く。出会いがあり離別があり、邂逅があって再開もあり離別もあってと、繰り広げるドラマも読む人を未来の運命へと引きずり込む。

 世界が置かれた状況を描く構造があり、そこから派生した世界の生態の奇妙さがあり、そんな世界に生きる者たちに突きつけられた運命があり、そんな運命から脱却する道があってと、様々なフェーズから未来のビジョンが垣間見えるという意味で、本格的なSFを志向した作品といえるだろう。

 人間がいずれ遠からず怪物になる世界で、どうして人は平然と生き続けて来られたのかという疑問もあり、また、マサキの10年前と変わらない風貌の秘密にも、いささかの都合の良さを見てしまう。それでも、朽ちていく未来を描こうとする筆の熱さと、そんな寂寥感が漂う世界で懸命に生きようとする者たちを描いてみせる筆の強さは、足りなさを補って読む者たちを物語の世界へと浸らせる。

 今はだからその熱情が、その意志が遠からず紡ぐだろうこの物語の続き、この世界の明日の救済を期待しよう。あるいは、ライトノベルというリミッターをいつか外して挑むかもしれない、本格の物語を待ち望もう。


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