展覧会名:G9 ニューダイレクション
会場:スパイラルガーデン
日時:1998年7月22日
入場料:無料



 でかい、とまず思った。おっぱいのことじゃないよ。なぜならその彫刻は男性をモデルにしたものだから。じゃー身長のこと? うーん確かに180センチはあろうかと言う上背を誇ってはいるけれど、その程度だったらジャイアント馬場とかを間近で見たことのある目には(見たんだよ愛知県体育館で大昔に)、どれほどの高さって訳でもない。だったら何がでかいのか? ってそれはもう男性をモデルにした彫刻といった段階で、賢明な紳士淑女ならお気付だろうね。そう、チンチンがでかい、のだよおまけに長いのだよ、そしてもちろんとてつもなくぶっといのだよ、そりゃもう男だって赤面するくらいに。

 現代日本を代表する世紀末アーティストの村上隆さんが、アンミラ風美少女をモデルに作り上げた「KO2ちゃん」って等身大フィギュアが前にあって、そのモティーフのおたく趣味全開な仕事ぶりが美術界とおたく界の狭間でどっちつかずのコウモリのように揺れ動く姿だと見られた挙げ句、どちらからも未だ黙殺され続けているけれど、今度新しく作った「マイ・ロンサム・カーボーイ」ってや っぱり等身大のフィギュアの作品は、おたく界はともかく少なくとも美術界は黙って見過ごすことはできないはず。何故ならそこから発散される雰囲気には、かのルネッサンス期に大活躍したミケランジェロの「ダビデ像」をも凌ぐパワーが感じられてしょうがないんだよね、なんだっかとっても。

 簡単に説明すればこの「マイ・ロンサム・カーボーイ」、素っ裸の男の子が当然素っ裸だから見える股間のアレを片手でしごき、真一文字に屹立させてそこから白濁した液状のものを発射している場面をモティーフに作った等身大フィギュアで、発射された白濁の液体が頭上で円状になっている様が、どこかカウボーイの投げ縄を伺わせるところから、多分こんな題名が付いたのかな。その顔に似合わない生々しいセクシャリティは、村上さんがオタク界に敢然と挑んだ「KO2ちゃん」より遡って製作した、やっぱり1分の1フィギュアの「HIROPON」ちゃんをより思い起こさせる。

 こうなったら無理矢理言ってしまおう、世紀末の「ミロのヴィーナス」であるところの「HIROPON」ちゃんと対にして並べられて、この作品はなおいっそうの意味を持って文字どおり屹立するんじゃないだろうか。かたや男性の、それも極めて限定的なおたくという種族の理想、だと村上隆が信じ込んでいるところの2重の意味でフィルターのかかった女性像である「HIROPON」は、そこに普遍の母性への理想を見出して安寧に身を委ねたいとの思いにかられる(そうしろと刷り込まれる「ヴィーナス」への強烈なアンチテーゼ)であり、こなた男性の描く女性が理想とする、男性の描いた男性を、さらに村上隆がその目と頭を通して具現化した酷くネジくれた構図を持つ「マイ・ロンサム・カーボーイ」は、およそ女性が理想とする男性像と男性が思って掘った「ダビデ」の単純さに挑み、2段階も3段階もアウフヘーベンさせた姿だろう。

 なんて難しい言葉を思いっきり誤用してまでこじつけたくなるほどに、この2作品が持つパワーがおたくはともかく(きっと見ないし受容できないしする必要もない。もうちょっと面白がっても良いと思うんだけどね)、完全黙秘の美術界の喉元に屹立したモノとバルーンのようなアレをむき出しにして問い掛けて欲しかったんだけど、残念ながら今回はピン立ち(文字どおりピン立ちなんだけど)。両方見たい人は両方を買ったというアメリカのコレクターの元に言って頼み込んで見せてもらいましょう。どういった展示をするのかちょっと見物。いつかあの東京都現代美術館の吹き抜けの真ん中に2体を置き、かつ前庭に模造の両者を巨大にして並べてやって欲しいものだね。

 さてこの「G9 ニューダイレクション」は何も村上さんの力調を世界に喧伝するための金字塔的イベントではなく、バブル崩壊の寂しい時代にあって優れた作家をリーズナブルな価格でお届けしている都内の9つの有力ギャラリーが、取り扱っている作家を持ち寄って開いたやっぱり金字塔的な展覧会で、集まった作家は古今東西の有名無名あわせて総勢…解らない。いや多すぎて解らなのとまだまだメジャーじゃないから解らないのと両方だけど、そこに集まったパワーはまあしく現代日本、なんて小さい現代宇宙を代表するような人々ばかりで、発散されるエネルギーたるや宇宙開闢を告げるビッグバンにも匹敵したのではないだろうか。ああまた難しい言葉を使ってしまった。

 たぶん中では最も老舗の佐谷画廊からは玉虫やら黄金虫を張り付けた怪獣の形をした立体物を出品、前に見た時のような臭いはあまりなかったけれど、遠目のキラキラした綺麗さとは逆の、近寄った時のボコボコとした醜悪さは今もって健在で、集まった女性をキャーキャー言わせていた。奇想人を驚かす、これぞアートの基本なりき、なんてね。同じ佐谷画廊では日本を代表する現代彫刻家の戸谷成雄さんが正方形の小品を出していて、これが実に25万円何てお値打ち価格で売られていて、つまりはその程度の認識でしかないのかと改めて不遇な現代彫刻の現状を感じる。荒木経惟さんとの合同展を開いていたボリス・ミハイロフも相変わらずの不思議な視線のパノラマ写真を出していた。セピア色が優しさを、けど視線は不安さを醸し出してどことなく落ちつかない旧ロシアの1国の今を映し出している。

 大塚にあるタカ・イシイ・ギャラリーからはラリー・クラークが出ていたっけ。メジャーなところでは草間弥生さんなんかも出ていてこれがまた安かった(嗚呼)。池内レントゲンクンストラウムからは例の黄色い防護服が展示されていて、近寄ると胸のガイガーカウンターが動きそうで身の汚れを感じさせられそうでどうしても近寄れなかった。村上さんを紹介している此の展覧会の幹事役でもある小山登美夫ギャラリーからは他に「深いふかい水たまり」が好評発売中(祝!再版)奈良美智さんのベニヤ板の上に描いたおたふく風邪な子供の絵が飾られていて、1枚が15万円で既に売約済みの赤い丸シールが貼ってあったけど、もう1枚の小さい絵は9万円なのに未だ買い手がついていなかった。本当にお金に余裕があれば即購入しても惜しくない作品だったけど、流石に今の生活では辛くあ きらめる。またいつか見たら、そししてその時に富んでいたら欲しいけど、もうその時にはもう落合多武さん太郎千恵蔵さんともども、10倍ではきかない値段が付く人になってしまっているんだろうな。見たときが買い時、そんな苦渋を舐めるのを覚悟で寂しく会場を後にする。


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