吉行淳之介作品のページ

  


 

●「ヴェニス 光と影」(共著・篠山紀信) ★★

 


1980年10月
新潮社刊

1990年8月
新潮文庫

(427円+税)

 

1990/09/13

前半は吉行の文章、後半は篠山の写真という構成。
写真が文章の合間に入り込むと写真入りのエッセイになってしまうし、その逆だと解説文付の写真集になってしまい、ありきたりの本になってしまう。本書はその両者が各々に独立して、違ったイメージを主張しているような印象を受けるため、薄い文庫本ながらも2冊の本を同時に楽しめるような嬉しさがある。
紀行文にしては余りに短いエッセイだし、ヴェニスに対する感想はこの程度かと思うのだが、文章の伝える重みというのは量とは比例しない。

同行の人たちを「或るカメラマン」とかにしてしまい、人物像が希薄になる反面、古都ヴェニスと静かに対峙する著者の姿が思い浮かぶ。
著者が病身で余り外を出歩かなかったという事情が文章を少なくしているのかもしれないが、著者のヴェニスに対するイメージは水の中に埋没しつつある古都、というものではなかったか。
本書中では、現地の案内役となったナディアという若い女性のみが名前で呼ばれている。余り化粧をしていず、少年のイメージというが、トーマス・マン「ヴェニスに死す」の美少年の姿とダブらせて著者が扱っている気がする。だからこそ、彼女一人、固有名詞で登場したのではなかったろうか。
この女性、ナディアの写真が実に印象的、忘れられない。

篠山の写真も人物が少なく、水の上に浮かぶ石造りの堅牢な街、それ故の衰退の美を感じさせる。沈みつつあるという話を聞くが、そうしたイメージを拭いきれない街なのであろう。

地図と写真により、初めてヴェニスが陸地からかなり離れていることを知った。特異な街である。キャサリン・ヘップバーン主演の映画「旅愁」の駅シーンが誤解をもたらしていた。
確かに駅はあり、長い橋で陸地と結ばれている。だが、陸地から離れた水の上に浮かぶ石造りの街、特異と言わずして何と言い得ようか。
観光地というより、非観光地としての街そのものの姿を、2人は見ていた気がする。めぐり合って良かった一冊である。

 


  

to Top Page     to 国内作家 Index