辻原 登作品のページ


1945年和歌山県生。90年「村の名前」にて 第103回芥川賞、99年「翔べ麒麟」にて第50回読売文学賞、2000年「遊動亭円木」にて第36回谷崎潤一郎賞、05年「枯葉の中の青い炎」にて川端康成文学賞、06年「花はさくら木」にて第33回大佛次郎賞、11年「韃靼の馬」にて第15回司馬遼太郎賞、13年「冬の旅」にて第24回伊藤整文学賞を受賞。

 
1.
花はさくら木

2.円朝芝居噺夫婦幽霊

3.冬の旅

  


 

1.

●「花はさくら木」● ★★       大佛次郎賞


花はさくら木画像

2006年04月
朝日新聞社刊
(1700円+税)

2009年09月
朝日文庫化

   

2006/05/24

 

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本書の題名は「花はさくら木、ひとは武士」から。

江戸中期、時代は安定して上方文化が栄えた京、大阪が舞台。
国内の経済改革=貨幣経済への転換を進めようとしていた田沼意次、京の御所、大阪の豪商・鴻池北風という、3者の連携と攻防を描いたストーリィです。
それにしても一方の主人公である田沼意次、これ程極端に悪く描かれたり良く描かれたりする人物も珍しいのではないか。それだけ歴史上の存在感が大きいということなのでしょう。
悪くそしてコミカルに描かれた筆頭というと、米村圭伍「退屈姫君シリーズでしょう。その反対に凛々しく描かれているのは、平岩弓枝「魚の棲む城。本書における意次も、若々しく気さくで、颯爽とした人物として描かれています。
そしてもう一方の主役となるのは、御所の智子内親王(後の後桜町天皇)、豪商・北風の娘で出自に秘密をもつ菊姫、田沼の配下で京に入り込んで菊姫と恋し合うことになった青井三保

本作品では、意次、青綺門院(皇太后)、智子内親王はもちろんのこと、いずれの登場人物も現代的で率直な言葉遣いをします。そこになんとなく和気藹々とした雰囲気が生まれ、小気味良いリズムが生まれています。その辺りがとても楽しい。
時代小説、それも幕府と大阪の豪商が凌ぎ合うストーリィであるからには田沼配下の御庭番と北風隊との攻防もあるのですが、血生臭さがまるで感じられません。
敵味方の双方、汚い手を使うことなくゲームのように清々と渡り合うからなのですが、これで良いのかなァと思わぬでもない。しかし、だからこそこの楽しさがあるのですから、それを云々するのは無粋というもの。
最後は意次が智子内親王を大阪見物に連れ出すという、現実にはおよそ考えも付かない展開が用意されていますが、それもまた本作品の楽しさのひとつ。
ストーリィの一方の柱は、大阪の金融力を弱めて江戸と大阪の経済・金融を一体化しようという経済改革。もう一方の柱は、御所と幕府の協調という国内安定化。

でも本書の楽しさは、そうしたストーリィよりも、意次、青綺門院、智子、菊姫ら登場人物たちが円熟文化の栄える中心地で爽やかに活躍するところにあります。その雰囲気こそ楽しい。
あえて言えば、もっと智子内親王に活躍して欲しかった。

  

2.

●「円朝芝居噺 夫婦幽霊」● ★☆


円朝芝居噺夫婦幽霊画像

2007年03月
講談社刊

(1700円+税)

2010年03月
講談社文庫化

  

2007/08/21

 

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初代三遊亭円朝の芝居噺「夫婦幽霊」が、速記録の状態で発見される!
その「夫婦幽霊」とは、安政大地震の直前に起きた江戸城御金蔵破り、4千両が盗まれた事件を語るという幻の落語だった。

初代円朝とは、幕末から明治期に活躍した実在の落語家。笑いより噺、講談に近い分野で独自の世界を作り上げた人で、実際に速記法で記録された文章が新聞に掲載され好評を博し、言文一致という点で二葉亭四迷にも影響を与えたという。
その円朝によって語られる、御金蔵破りの大事件。口舌で語られる時代小説的サスペンスを文章で読む楽しみ、というのがまずあります。
ところが、この一冊には辻原さんの相当な仕掛けが隠されているらしい。一部の場面描写には、二葉亭四迷訳「あひびき」国木田独歩「武蔵野」の照り返しがあるとか、本書の“訳者注”は読み流しできるような代物ではないようです。

さらに、上記の噺以外にミステリが待ち受けています。
速記録の芝居噺「夫婦幽霊」、そもそも本当に円朝の口演を記録したものなのか?
その謎解きに、なんと芥川龍之介まで登場するのですから、豪華と言うべきか唖然とすると言うべきか。

しかし、本書が単純に面白いかというと、ちょっとなぁ・・・。
どうも本書は、玄人好みの作品のように思われます。

      

3.

「冬の旅」 ★★     伊藤整文学賞


冬の旅画像

2013年01月
集英社刊

(1600円+税)

 

2013/02/15

  

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2008年6月8日午前9時、5年間の刑期を終えた緒方隆雄が滋賀刑務所を出所したところから始まるストーリィ。
刑期を終えた出所した元受刑者がどういう道を辿るのか。
吉村昭「仮釈放を読んだ時の衝撃が忘れられないが故に、本作品ではその後の道のりをどう描くのかが興味どころだったのですが、本作品はまた異なる趣向の作品でした。

何故緒方隆雄は強盗致死の共犯という罪で刑務所に入ることになったのか。学校を卒業して社会に出てからの道のりが順を追って描かれますが、それはもう、何と不運にばかり見舞われたことかと主人公に代わって苦悶したくなる程です。
社会に出たばかりの緒方は、仕事に一生懸命に取り組む真面目な青年。出所時の緒方に比べると、これが同じ人間なのかと思うくらい印象が異なります。
その青年緒方、節目節目で、良い方向に進んでいい筈のことが、ことごとく悪い方へと転がってしまう。
それでも結局は自分自身が正しい道を踏み外すことがなければ、罪を犯すようなことはなかった筈、と言うことはできます。しかし、ごく普通の人間はそんなに強いものではないことを思うと、主人公である緒方の不運には胸が張り裂ける気がします。

私は知らなかったのですが、満期出所の場合には仮釈放のような保護司や更生支援施設のサポートを受けることができないのだそうです。身元引受人のいない出所者にとってはどんなに過酷なことか、と思わざる得ません。
主人公は緒方隆雄ですが、緒方程ではなくても、同じように不運に足を取られたまま遂に抜け出すことが出来なかった登場人物が他にも登場します。
フィクションですが、同様な現実がすぐそこにもあるかもしれないと思うと無視できず、といって直視するのも辛いストーリィ。
現在日本にあって、魂を揺さぶる慟哭の物語と言って良い作品だと思います。

1.孤独/2.回想/3.カラス/4.郵便馬車/5.春の夢/6.凍結/7.幻/8.菩提樹/9.鬼火

    


  

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