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11.やわらかい砂のうえ 12.彼女が天使でなくなる日 13.どうしてわたしはあの子じゃないの 14.ほたるいしマジカルランド 15.声の在りか 16.雨夜の星たち 17.ガラスの海を渡る舟 18.タイムマシンに乗れないぼくたち |
【作家歴】、ビオレタ、月のぶどう、みちづれはいてもひとり、架空の犬と嘘をつく猫、大人は泣かないと思っていた、正しい愛と理想の息子、夜が暗いとはかぎらない、わたしの良い子、希望のゆくえ |
「やわらかい砂のうえ」 ★★☆ | |
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自分には何の取り柄もないからと、人に遠慮しながら目立たぬように、地道に生きてきた駒田万智子、24歳。 砂丘のある生まれ故郷を出て、現在は大阪にある本多税理士事務所で事務の仕事をしている。 そんな万智子の状況を変えたのは、本多先生の古くからの知り合いだという、顧問先のウエディングドレスサロンのオーナー=円城寺了子(70代? 仙女のイメージ)と出会い、週末だけの手伝いバイトを頼まれたことから。 その了さんを通じて、美華さん、冬さんという女性友達の輪に加えてもらったことが切っ掛けとなり、それぞれ一家言をもつ先輩女子たちからの遠慮ない助言、辛辣な言葉を浴びせられながら、万智子は<自分を好きになる>、<自分に自信を持つ>ための一歩を踏み出すことになります。 また、それと並行して、了さんの取引先の社員、早田との交際も始まり・・・・。 自分に自信がなかった人に自信を持て、というのは簡単なこと。では、どうしたら持てるようになるのか。 でもそれは言葉で言われたからといって直せるものではないでしょう。所詮自信とは、人と向かい合う中で現れるものですから。 題名の「やわらかい砂のうえ」とは、それまでの万智子の、心許なく、不安定な気持ちを表しているのでしょう。 先輩女子たちの揉まれながら、少しずつ、一歩一歩足を進めていく万智子の成長ストーリィ。 自分の成長のためには、まず自分が得心できないとならない。そのために先輩女子たちともぶつかり合うことが起きます。 それでも彼女たちが万智子を見放さないでくれたのは、人生の先輩としての余裕、また万智子にそうした厚意を引き出す良さがあったからでしょう。 それに対し、高校の同級生だった菊ちゃん、早田との関係はそううまくは行きません。お互いに余裕がないのですから。 試行錯誤しながら前に向かって踏み出そうとする万智子の姿が愛おしい作品です。 さりげないものですが、本多先生や父親の、万智子に対する愛情に満ちた視線も見逃せません。 なお、人生の先輩たるためには、それに相応した成長も欠かせないのだなと感じさせられるストーリィにもなっています。 本作に登場する主要人物たちに、幸あれ、と言葉を送ります。 |
「彼女が天使でなくなる日」 ★★ | |
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九州北部にある小さな離島=星母(ほしも)島。 幼くして母が死去、そのうえ父親に置き捨てられた千尋は島の人たちに育てられ、福岡〜大阪で働いた後、島に戻ってきて今は託児所を併設した民宿を営んでいる。 そんな千尋と、その民宿を訪れてくる様々な親子との関わり合いから描く、親子をテーマにした連作風ストーリィ。 働きながらの子育てに悲鳴をあげる理津子、母親の絶対支配下に置かれている愛花、訳あり仲の女友達同士で訪れた麻奈、そして千尋と家族同然のまつりと陽太。 こうした設定だと、主人公の千尋、さぞ温かくにこやかな女性と思う処ですが、極めて無愛想、客たちも呆れる程。 要は千尋、親に捨てられたという境遇、「モライゴ」と言われ続けてきたことから、人に期待しない、今の生活がずっと続く保証などない、と思い定めているようです。 ですから現在の恋人である麦生も、いずれ自分を捨てて島を出ていくだろうと胸の中で繰り返し自分に言い聞かせている。 親子の関係を絶対と思っている女性たちからすれば、千尋の言葉に冷や水を浴びせられるようなものですが、どちらが正しいかという問題ではなく、どちらの面もあるという問題なのだろうと思います。 千尋、そして千尋と関わりをもった女性たちが、どうか幸せを手に入れられますようにと祈りたい気持ちです。 各章とも展開のはっきりしたストーリィですが、面白くもあり、深くもあり、反省させられるところもあり、と考えさせられこといろいろあり。 なお、表題にある「天使」とはそういう意味だったのか、と驚かされます。親子、人と人との問題は色々と難しい。 1.あなたのほんとうの願いは/2.彼女が天使でなくなる日/3.誰も信頼してはならない/4.子どもが子どもを育てるつもりかい/5.虹 |
「どうしてわたしはあの子じゃないの」 ★★☆ | |
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高校卒業の翌々日に家出、今は福岡の製パン工場に勤めながら小説を書き続けている三島天・30歳、独身。その天の元に、中学以来の友人であるミナ(小湊雛子)から、故郷でかつての仲間3人で集まろうと電話がかかって来た処から始まる連作風長編。 三島天、小湊雛子、吉塚藤生という同級生3人の中学時代、そして16年後の今を、各章で主人公を変えながら綴るストーリィ。 故郷は佐賀県の過疎村=肘差村。 中学生の時から天は、旧弊な村を出ていきたい一念。藤生はいつも率直な天をずっと好きなのだが、鈍感な天は気づかない。ミナは藤生のことが好きで、天といれば藤生の近くにもいられるが、天に対しては友情と同時に妬みも抱えている。。 3人それぞれ、今の状況をなんとか打開したいと思っているが、それを果たすことはできず、常に悶々としている状況。 そして16年後の今、3人は納得できる人生を送っているのか? 本作題名は、自分があの子だったらどんなに良かったか、全く違っていたのに、というような意味。 子供の頃はいろいろな悩み事にぶつかると、もしこうだったら、ああだったらと思うことが多くありましたし、隣の芝生は青いではないですが他人は苦労がないように思えたもの。 しかし、いくら願っても想像しても自分は自分以外のものになることはできないと、いつか悟るものです。 本作はそうしたストーリィ。 中学時代も16年後の今も、余り変わっていない感じの三人、果たして、それぞれ自分に決着を付けることができるのでしょうか。 今も昔も中々思うに任せない三人は等身大の人物像、その顛末には他人事とは思えない親近感があります。 テンポもよく、物語自体も楽しい。お薦めです。 1.どうしてわたしはあの子じゃないの−2019年・天/2.神さまが見ている−2003年・天/3.神さまおねがい−2003年・ミナ/4.きらめく星をあげる−2003年・藤生/5.君はなんにも悪くない−2019年・ミナ/6.どこかに帰りたい−2019年・五十嵐/7.いくつもの星をありがとう−2019年・藤生/8.誰ひとりわたしになれない−2019年・天 |
「ほたるいしマジカルランド Hotaruishi Magical Land」 ★★ | |
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大阪北部に位置する蛍石市にある老舗遊園地が“ほたるいしマジカルランド”。 地味だった地方都市の遊園地を人気テーマパークへと再生したのが、名物社長と言われる国村市子。 元はおみやげ売り場のパートタイマーに過ぎなかったのに社長にまで上り詰め、TVコマーシャルにも自ら出演して「マジカルおばさん」と呼ばれて一躍有名に。 その市子社長が手術のため入院したと朝礼で発表され、社員皆の胸に一抹の不安が。 それでもマジカルランドの仕事はいつものように始まります。 月曜日から一週間、それぞれの思いを胸に抱きながら」マジカルランドで働く人たちを一人一人描いた連作ストーリィ。 生活していくためには働かなくてはいけないし、働くとなれば辛いこと嫌なことも避けられませんが、この仕事が誰かを幸せにしている、好きだと思える仕事であれば、それはもう幸せなことだと思います。 このマジカルランドがそうした場所であるのは、働く人皆に目を向けている国村市子社長の存在があってこそ。 だから入院中も、そこで働く人たちのことが気になるのかもしれません。 仕事に対して、前向きに、元気がでてくる連作ストーリィ。 ※ふと村山早紀「百貨の魔法」を思い出しますが、本作についてはファンタジー性よりやはりお仕事小説、という印象です。 ・萩原紗英:インフォメーション担当 ・村瀬 草:アトラクション操作担当 ・篠塚八重子:清掃スタッフ ・山田勝頼:園芸員 ・国村佐門:市子社長の息子、中軸社員 ・三沢星哉:暇つぶしでバイト なお、各篇に共通して顔を出す青年「佑」がいます。その存在、およびその正体が徐々に判明していく処も楽しい。 月曜日−萩原紗英/火曜日−村瀬草/水曜日−篠塚八重子/木曜日−山田勝頼/金曜日−国村佐門/土曜日−三沢星哉/日曜日−すべての働くひと |
「声の在りか」 ★★ | |
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小学校4年の息子=晴基と夫という3人家族、パート勤めの主婦=希和が主人公。 駅前のビル2階にある“アフタースクール鐘”、そこは馴染みの鐘音(かねと)小児科の次男、要が運営している<民間学童>。 そこに晴基が勝手に出入りすると知って訪れた希和は、「こんなところにいたくない」と書かれたメッセージを目にします。その筆跡は見慣れた、晴基そっくりのもの。 さらに希和、コメント管理のパート仕事を契約期限到来としてあっさりクビになり、自分は必要とされていないと思い知らされます。 夫とは夕食時、スマホで動画を見ているばかりで、何の会話もなし。仕方ないことと、希和自身もう諦めています。 そうした中“鐘”でパート勤めを始めた希和は、いつの間にか自分が何の意見もない人間になっていることに気づきます。PTAの会合でも、いつも黙って時間が過ぎるのを待っているだけ。 このままではいけない、「自分の言葉を持ちたい」と思い始めた希和による、新たな成長ストーリィ。 “鐘”にやって来る子どもたち、その家族にもそれぞれいろいろな姿があります。 辛い思いをしている子どもたちを放っておけない、そんな気持ちから次第に希和は、自分なりに考え、自分の意見を口にする勇気を抱くようになっていきます。その結果は・・・・。 自分の意見を出したからといって上手くいくとは限りません。かえって相手と敵対してしまうこともあり。 それでも構わないやと開き直ってしまえば、大事な相手にさえ自分の声がちゃんと届けば、少なくともすっきりした気分になれるでしょう。 大人になっても成長物語はあるんだと思うと、何やら爽快な気がします。諦めて終わり、というだけではない選択肢があるのだと思えますから。 いちご/メロンソーダ/マーブルチョコレート/ウエハース/トマトとりんご/薄荷 |
「雨夜の星たち」 ★★ | |
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空気は読めなくていい。あるいは読めても従わないという選択肢だってきっとあると信じている、という寺地さんの思いから書かれた物語、とのこと。 主人公の三葉雨音(あまね)は、他人に興味がなく、それもあって他人に感情移入できない、他人の気持ちが感じ取れないという、26歳。 それが理由で会社を辞めたばかりの処、アパートの大家で喫茶店の店主である霧島から向いていると言われ、“お見舞い代行”仕事を引き受けることになります。 仕事内容は、病院通いの付き添い、入院患者の見舞い、等々。 「KY」がどうのこうのとやたら面倒な昨今ですが、空気など読めませんと開き直れたら、どんなにすっきりすることかと思います。私も元々、人の気持ちに鈍感な方なので。 分かって欲しいなら、ちゃんと口に出して言ってくれ、と思うのですよね。言わなくても分かってくれ、なんて、何と面倒臭い、と思うのです。 様々な客がいます。そんな雨音だからこそ、仕事がうまくいくことも多い。 一方、自分の思いを勝手に押し付けてきて、受け容れて貰えないからといって勝手に怒りまくる人もいる。そんな女性と雨音のやりとりはむしろ痛快です。 言わずともわかってもらいたいなどと勝手な期待はせず、言いたいことがあればきちんと口に出して言いましょう。 ※題名の「雨夜の星」とは、目には見えないけれど確かにそこにあるもの、という意味だそうです。ただし、必ずしもそれが良いものとは限らない、とのこと。 |
「ガラスの海を渡る舟」 ★★☆ | |
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寺地はるな作品はやっぱり好いなぁ。 手触りがいいというか。適切でない譬えかもしれませんが。 自宅の一部を改装してのガラス工房を営んでいた祖父が死去。飲食店を営む伯父が土地建物を処分して金が欲しいと言い出したところ、工房を受け継ぐと兄の道が宣言すると、それに負けまいとして妹の羽衣子も宣言。結果、思いが対立しながらも、兄妹が営むガラス工房“SONO”がスタートします。 兄の道は発達障害? 子どもの頃から何かと問題を起こしてきていて、親から放って置かれた感のある羽衣子は5歳上の兄に対しいつも苛立った気持ちを抱えている。 特に、骨壺も作ろうとする道に対し、羽衣子は反発。 一方、何かと怒りっぽい羽衣子に対し、道は怖れを抱いている。 そんな相容れない兄妹二人が、共同でガラス工房を営んでいけるのか?と思う処ですが、それからの10年間にわたる二人の足取りが実に良い。 あることがきっかけになって、二人の間に本音のやりとりが交わされます。そこから道と羽衣子、それぞれらしく、一歩一歩前進していく姿が、気持ち好い。 曖昧な表現ができず、また曖昧さを受け容れることもできない道という青年は、人づき合いを上手くやろうとする人間からするとかなり厄介な相手。でも、嘘をつけないという点で、誠実な人間と言えることでしょう。 様々な人の想いが、道と羽衣子の周囲で交錯するストーリィ。 この温かさは何ものにも代え難い。 お薦めです。 羽/骨/海/舟/道 |
「タイムマシンに乗れないぼくたち」 ★★ | |
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ちょっとした孤独感、あるいは寂しい思いを抱えている人たちにも、ふと心の和む時が訪れることもある・・・そんな彼らを応援する短篇集と言って良いでしょうか。 ・「コードネームは保留」:南優香、勤務先で孤立? 自分を支えるのは、殺し屋と自分を設定すること。 ・「タイムマシンに乗れないぼくたち」:両親の離婚で祖母の家に母親と引越した宮本草児。祖母は無愛想、転校先でも孤独。 ・「口笛」:独身、一人住まいの小宮初音。「かわいそうな人」と周囲から見られているのか・・・。 ・「夢の女」:夫が46歳で死去した久保田明日実。亡夫の叔母は煩わしく、娘の律佳とも気が合わない・・・。 ・「深く息を吸って」:母親は愚痴ばかり、中学校でもぼんやりしてしまい、居場所が見つけられない。それでも・・・。 ・「灯台」:不動産会社勤務の鳥谷芽久美、高校で同学年生だったイケメンカップルに振り回されてばかりだったが・・・。 ・「対岸の叔父」:妻の叔父であるマレオ、親戚から敬遠される奇天烈な中年男だが・・・。 私の好みとしては、前半3篇が好き。 特に面白く感じるのは、冒頭の「コードネームは保留」。 味気ない事々も、自分が殺し屋だと思えば、気にせず乗り越えることができる、という主人公の発想が、切ないけれども愉快。 私自身、似たようなことをしていることもありますので。 切ない処もありますが、読後感は爽やかで、ちょっぴり愉快。 コードネームは保留/タイムマシンに乗れないぼくたち/口笛/夢の女/深く息を吸って/灯台/対岸の叔父 |