御家人にして狂歌師、随筆家として名を馳せた大田南畝(なんぼ)こと、大田直次郎。
江戸時代の天明期、唐衣橘洲、朱楽菅江と共に狂歌三大家と言われた南畝の、純情かつひたむきな恋を描いた時代小説。
南畝が生きたのは、田沼意次が権勢を誇った時期から、意次失墜後松平定信が実権を握った時代。
時代が変われば、南畝や山東京伝ら戯作者たちに対しても幕府の風は冷たい。まして南畝はそもそも御家人。まかり間違えば、父たちが地道に守ってきたこの家を損ないかねない状況。
外では時代の趨勢に縛られ、内では両親や妻子に対する責任に縛られ、名にし負う南畝といえども、自由は僅か、束縛された中で生きていかざるを得ない。
そんな窮屈な人生の中で南畝は、吉原の女郎・三保崎に我知らず惚れこんでしまいます。
でも、京伝のように女郎を見受けし女房に据えるなど、御家人である南畝ができよう筈もない。
僅かにできたことは、仲間たちの力を借りて身請け、病んだ三保崎を療養させ、その最期を看取ることぐらい。
元は武家の娘=志づであった三保崎を心から労わりたいと願い、三保崎に純愛を尽くした南畝の姿を描いた一冊。
ままならぬ中、南畝が三保崎のためにしたことはほんの僅かなことであったかもしれませんが、自分が心から望んだことを果たすことができたのなら、生きた甲斐は十分あったというもの、そんな気がします。
時代、南畝、純愛という取り合わせに一興&魅力ある佳作です。
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