菅 浩江作品のページ


1963年京都府生。高校在学中の81年「SF宝石」誌に短篇「ブルー・フライト」を発表して作家デビュー。数年のブランクの後、89年第一長編「ゆらぎの森のシエラ」にて活動再開。「永遠の森 博物館惑星」は“ベストSF2000”国内篇第一位、星雲賞、日本推理作家協会賞を受賞し、ジャンルの枠を超えた高い評価を得た。


1.
永遠の森
−博物館惑星−

2.カフェ・コッペリア

3.誰に見しょとて

4.不見の月−博物館惑星U−

5.歓喜の歌−博物館惑星V−

 


   

1.

「永遠の森−博物館惑星− ★★


カフェ・コッペリア画像

2000年07月
早川書房

(1900円+税)

2004年03月
ハヤカワ文庫



2009/01/19



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地球の惑星軌道上に浮かぶ巨大博物館<アフロディーテ>
そこで学芸員を務める田代孝弘が目撃する9つの美の物語を描いた連作短篇集。

全世界のあらゆる美術品・動植物を集めたその博物館は、音楽・舞台・文芸(ミューズ)、絵画・工芸(アテナ)、動植物(デメテル)を担当する3部門に加え、それらの間の調整を行なう総合管轄部署<アポロン>が設けられている。
主人公の田代はそのアポロンに所属し、頭脳から直接データベース・コンピュータ<ムネーモシュネー>に直接接続できる学芸員の一人。
その所属部署の性格上、彼の元にはあらゆる揉め事、難題が持ち込まれ・・・というストーリィ。
いかにもSF的な舞台。しかし、そこで田代が直面する物事は美や人間の感情に根ざす極めてファンタジーな物語。
相反するような2つの要素が見事に溶け合って、微妙なハーモニーを奏でている、本書はそんな短篇集です。
田代にとって有難い同僚の一人が、黒豹を思わせるという、アテナのベテランの黒人女性ネネ・サンダース。2人のやり取りは温かく気持ちがいい。
その一方で気になるのが、名前しか登場しない、田代の新婚の妻である美和子

それだけなら快く感じながらも感動までにはいかず、それだけで終わっていたのですが、最終章の「ラヴ・ソング」が圧巻。
愛する妻=美和子の姿を求めども会うことができないという古典的な展開に、サスペンス性と興奮が急速に高まっていきます。
この最終章があって、初めて9つの物語が1本の長篇ストーリィに繋がります。その達成感がそのまま読み応えにも。
そして読後には、9つの物語に籠められた優しさ、美と愛が静かに胸の内を浸していくという感じ。
豊かな叙情性に満ちたSFファンタジー、好きです。

天上の調べ聞きうる者/この子はだあれ/夏衣の雪/享ける形の手/抱擁/永遠の森/嘘つきな人魚/きらきら星/ラヴ・ソング

  

2.

●「カフェ・コッペリア」● ★★


誰に見しょとて画像

2008年11月
早川書房

(1700円+税)



2009/01/11



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近未来を舞台にしたささやかな小ストーリィ、という短篇集。

本短篇集に描かれるのは、純粋に恋する気持ちだったり、一人暮らしの切ない思いだったり、老境に至って幸せだと思い込もうとしている気持ちであったりと、いずれもごくささやかな人の心情です。
それらがSFという舞台で描かれていて、どこかファンタジーの衣をまとっているように感じられます。
SFでありながら、科学的あるいは先鋭という印象でなく、ファンタジーのような優しさ、温かさを醸し出しているところが本短篇集、ひいては菅浩江さんの魅力だろうと思います。

恋する気持ちを描いてセックスの影はどこにも感じられない。その所為か、純粋な恋物語を読んでいる気持ちになります。
とかく恋愛=セックスへと直結するラブ・ストーリィの多いこの頃、純粋な恋自体、すでにファンタジーなのかもしれません。

・「カフェ・コッペリア」は、美味しい珈琲を飲みながら端末機越しに人間あるいはAIが恋愛相談に乗ってくれるというカフェ兼実験室を舞台に描いたささやかなラブ・ストーリィ。彼が恋したのは、果たして人間だったのか、AIだったのか。
・「モモコの日記」は、本短篇集の中ではちと異質。
・「リラランラビラン」は、寂しいOLが成功報酬目当てに世話することになった愛玩動物との日々を描くもの。私はこうしたささやかな再生ストーリィ、好きです。ただ、リラランラビランに似た小動物が登場する小説、他にもあったような・・・。
・「エクステ効果」は予想もしない顛末ストーリィ、可笑しくもあり、切なくもあり。主人公たちにエールを送りたくなります。
・「言葉のない海」は、愛し合った恋人たちが迎えた試練。本書中もっともSF的。
・「笑い袋」は、嫁と孫娘と暮す未来社会の老人の生活を描いたストーリィ。微笑んでばかりいられないんだなァ。
・「千鳥の道行」は、SFでなくても成り立つ古典的恋愛アシストストーリィ。未来社会のことなのに、炬燵にあたっているような温かさがあります。

カフェ・コッペリア/モモコの日記/リラランラビラン/エクステ効果/言葉のない海/笑い袋/千鳥の道行

        

3.
「誰に見しょとて ★★


誰に見しょとて画像

2013年10月
早川書房
(1700円+税)



2013/12/20



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一話一話でそれなりに完結している連作形式の作品なのですが、同時に長編小説という面も兼ね備えていて、少々不思議な感じを覚えます。
各篇では、まず古代における女性の生活変化を示す物語が歴史を追うような形で描かれ、その後に現在ストーリィが進行していくという構成。かなり趣向に富んでいる作品です。

新興企業の<コスメディック・ビッキー>は、医療と美容の結合を謳って事業展開しようとしている会社。
長年にわたり肌荒れに苦しんでいた女子大生の
岡村天音は、ビッキーの<素肌改善プログラム>のおかげで悩みが克服できた途端に性格まで明るく、かつ積極的な女性へと見事に変身。
最初の2篇辺りは若い女性たちの美容に関する物語として面白く読んでいたのですが、評判が高まるに連れてビッキーはどんどんコングロマリット化し、様々な分野にまで事業を拡大したうえに圧倒的な存在となります。そしていつの間にかストーリィは若い女性の美容物語という枠を超え、近未来SFへと姿を変えています。

女性が綺麗になるために、いつまでも若々しくあるために、一体どこまでが許されるのでしょうか。
お化粧、これは勿論可でしょう。整形美容、う〜んこれには賛否両論様々かなぁ。では肉体改造にまで至ったら? でもそのおかげで陰気から明るい性格へ変われるとしたら・・・・。
一体このビッキーという会社が進めている事業は是か非か。この会社が目指しているものは何なのか。不安を感じる一方で目が眩むような気もします。

斬新な趣向で描いた近未来SFストーリィ。この不思議さを覚える趣向にはすっかり魅せられた次第。
※本書からふと
上田早夕里「華竜の宮を連想しました。

流浪の民/閃光ビーチ/トーラスの中の異物/シズル・ザ・リッパー/星の香り/求道に幸あれ/コントローロ/いまひとたびの春/天の誉れ/化粧歴程

                  

4.
「不見(みず)の月−博物館惑星U− ★☆


不見の月

2019年04月
早川書房

(1800円+税)

2021年04月
ハヤカワ文庫



2020/09/23



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19年ぶりとなる博物館惑星の続編。

本巻の主人公となるのは、前巻での学芸員=
田代孝弘に代わり、新人自警団員の兵藤健
その健、新人警備員であると同時に、健の脳に直接接続する新しい情動獲得システム<
正義の女神(ディケ)>、健が呼ぶところの「ダイク」を育てるという役割を負っています。

地球の衛星軌道上に浮かぶ巨大博物館苑である
<アフロディーテ>に出品・展示される芸術品、そのアーティストに関わって起きる様々なトラブルの解決に、健が奮闘するストーリィ6篇。

その健とコンビを組まされるのが、<アポロン>のやはり新人学芸員である日系イスラエル人の
尚美・シャハム。この尚美がやたら健に敵対的。その結果、大人し過ぎる印象の健を引き立てる役回りとなっています。
また田代孝弘も、健の上司として引き続き登場します。

芸術、アーティストと一口に言ってもそこは未来社会ですから、現在のそれと比較すると想像を超えるものばかり。
でもそこに開陳される芸術観については、現在に通じる興味深さがあります。
芸術については門外漢と自称していた健が、何度ものトラブルを経て、ダイクと共に芸術について成長していく様子が楽しいところ。

健の叔父である
兵藤丈次の行方、健&尚美コンビのさらなる活躍が描かれるであろう、シリーズ第3弾が楽しみです。

1.黒い四角形/2.お開きはまだ/3.手回しオルガン/4.オパールと詐欺師/5.白鳥広場にて/6.不見の月

           

5.
「歓喜の歌−博物館惑星V− ★★


歓喜の歌

2020年08月
早川書房

(2000円+税)

2021年04月
ハヤカワ文庫



2020/09/25



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“博物館惑星”シリーズ第3弾。
なお、主人公は
不見の月と同じく自警団の兵藤健ですから、上下巻(第2&3弾)を読んだような気分です。

第2巻については“博物館惑星”の雰囲気を思い出せないまま読み終わってしまったという不完全燃焼感がありましたが、さすがに本巻については雰囲気等も判ってきたおかげで、じっくり読めたという思いです。

ストーリィとしては「不見の月」が<
尚美>という新人コンビが主役だったのに対し、本巻では<健を含むチーム>が主役となっている印象を受けます。
チームとは誰のことかといえば、健、田代孝弘、ダイク等々、というところ。
とくに健に直接接続する情動学習型データベース<
ダイク>の成長が著しく、すっかり健の頼もしい相棒になったと言えます。
また、それらが相まって、SFファンタジーとして読み応えある作品となるに至った、という印象です。

連作ストーリィとしての後半、
「遥かな花」は胸に訴えてくる処が大きく、「歓喜の歌」はダイクが予想を超えた成長ぶりを皆に見せつけての大逆転劇と、まさに圧巻。
犯罪者となったのか?という疑いのある、健の叔父=兵藤丈次もついに健の目の前に登場し、重要な役割を果たします。

上下巻といった雰囲気でストーリィに一旦決着が付いた、という印象ですが、健&尚美という新人コンビのこれからの展開が楽しみですし、
<アフロディーテ>を舞台にした物語をまだまだ楽しみたいところ。
本シリーズのさらなる続きに期待大です。


1.一寸の虫にも/2.にせもの/3.笑顔の写真/4.笑顔のゆくえ(承前)/5.遥かな花/6.歓喜の歌

  


   

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