佐藤亜紀作品のページ


1962年新潟県生、成城大学大学院修士課程修了。91年「バルタザールの遍歴」にて作家デビュー。2003年「天使」にて芸術選奨新人賞、08年「ミノタウロス」にて第29回吉川英治文学新人賞を受賞。99年から05年まで早稲田大学文学文学専修で講師を務める。


1.ミノタウロス

2.吸血鬼

3.黄金列車

4.喜べ、幸いなる魂よ

 


   

1.

「ミノタウロス」 ★★       吉川英治文学新人賞


ミノタウロス

2007年05月
講談社
(1700円+税)

2010年05月
講談社文庫

2021年09月
角川文庫


2009/02/03


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20世紀初頭、革命騒ぎにゆれるロシアが舞台。・・・とは言っても、本ストーリィの舞台はロシアのド田舎、ミハイロフカ
革命騒ぎの余波だろうと思われるものの、実際に主人公の周囲で繰り広げられるのは、単に徒党を組み力を握った者と、それに対抗しようとする者との、エゴだけからなる争いといった風。
高邁な社会主義の思想も、革命の理想も、どこにも感じられません。
昔読んだショーロフの代表作「静かなドン」を思い出します。「ドン」はそれなりの大河小説でしたが、本作品は強姦に暴力、殺し合いと、破壊エネルギーばかりが暴風雨のごとく荒れまくるといった作品。

それなのに「20世紀初頭、ロシア。人にも獣にもなりきれないミノタウロスの子らが、凍える時代を疾走する」という出版社の宣伝文句は格好良過ぎないか。
“ミノタウロス”とはギリシア神話に登場する牛頭人身の怪物。
理性や熟慮などはそっちのけ、欲望と本能と、感情的な怨念だけで行動する人間たちの姿は、まさに牛頭人身の怪物に譬えるのが相応しいというのが表題の意味でしょう。
人間とミノタウロスの違いは何処にあるのか、どこに到ればもはや人間ではないと言えるのか、それを考えるのは読者の役目のようです。

圧倒的な破壊力、最後の最後へ行き着くまで止まらないといった無秩序、激動の時代に噴き出したエネルギーという点では格段の作品だと思いますが、さて面白いかと問われると、楽しいとはとても言えません。

      

2.
「吸血鬼 Vampire ★★


吸血鬼

2016年01月
講談社

(1850円+税)



2016/02/20



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オーストリア帝国支配下にある19世紀のポーランド、その小さな田舎村ジェキに新任役人ヘルマン・ゲスラーが娘程に若い妻エルザを伴って赴任したところから、本ストーリィは幕を開けます。

何となく陰鬱で排他的な、辺鄙という言葉が典型的に似合うようなジェキ村。その村で実質領主といった立場にあるのは、20年前に若き詩人として名を馳せようとしていた
アダム・クワルスキ
クワルスキの詩を賛美するゲスラーですが、クワルスキはどこか距離を置く風。
そしてゲスラーが赴任して間もなく、村人が連続して怪死するという事件が起きます。そして、何か恐ろしい出来事が起きることを予め封印しようとするかのようなおぞましい葬儀の風習。
如何にも題名どおり、ヴァンパイアがいずれ登場する筈という雰囲気を漂わせるストーリィですが、そう読み手の思惑通りにストーリィは運びません。しかし、やがて・・・・。

オーストリア支配、ポーランド独立運動、詩人としての道を挫折させられた怨念。
その一方で、農奴であれ自由な身分であれ、土地に縛り付けられそこから脱け出ることのできない農民の怨念はまた違ったものがあることが描かれていきます。
詩人であり領主であるクワルスキと、その妻で農民出である
ウツィアの2人は、上記が絡み合った複雑な状況を象徴するような人物造形であると感じられます。
それに対してゲスラーとエルザはどう関わるのか。

どう展開するストーリィなのかまるで見当もつかないまま読み進みましたが、読み手をしっかりと掴んで奥底へと引きずり込んでいくような迫力は、読み応え十分。
歴史と世界の片隅にある小さな土地において、そこに生きる一人一人の重たい思いに触れた気がします。満足感あり。

   

3.
「黄金列車 ARANY VONAT ★★☆


黄金列車

2019年10月
角川書店

(1800円+税)

2022年02月
角川文庫



2020/01/15



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第二次戦争末期、ハンガリー王国の首都ブタペストから、客車と貨車を連ねた長大な列車がオーストリア方面へ向けて走り出します。
積み込んだのは、政府がユダヤ人から没収した財産。列車による運搬の目的は、攻め寄せてくるロシア兵による略奪から没収財産を守るため。
主人公となるのは、大蔵省官吏の
エレメル・バログユダヤ資産管理委員会の現場担当者として、委員会の上司であるアヴァル、ミンゴヴィッツをはじめ、没収財産運搬に関わる役人らとともにこの<黄金列車>に乗り込みます。

実際にあった史実を題材に、実在した人物を配して描いた冒険物語、とのこと。
主人公たちの前に次々と現れるのは、我欲から積み荷を少しでも我が物にしようとする人物たち。
まず、管理委員会の委員長である
トルディ大佐からして、一部の積み荷をトラックに積み込み別行動をとるのですから酷いものです。

我欲むき出しに積み荷を寄越せと言ってくる連中に対して主人公たちが対抗する防衛策は、役所らしく書類手続が不可欠だという粘り腰の対処。これがすこぶる面白い。
しかし、守るべき積み荷が、ユダヤ人から没収した財産ということには引っかからずにはいられません。
列車による避難行動と並行して、バログと妻
カタリン、ならびに親友であったユダヤ人=ヴァイスラーマルギット夫婦を襲った悲劇も描かれるのですから、尚のこと。

やがてナチス、それに連なってハンガリーの敗戦は間違いないこととなり、主人公たちは連合軍の侵攻を待つ形となります。
それでも・・・・結局、黄金列車はどこへ行くのやら。

奇妙な冒険物語であり、不思議な面白さをもった作品。
最後、アヴァル、ミンゴヴィッツらの奮闘ぶりに確かな読み応えがあります。 お薦め。


1.1944年12月16日/2.1945年3月28日/3.1945年4月1日/4.1945年4月8日/5.1945年4月25日/黄金列車についての覚書

   

4.
「喜べ、幸いなる魂よ ★★


喜べ、幸いなる魂よ

2022年03月
角川書店

(1900円+税)



2022/03/31



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18世紀、ベルギー・フランドル地方の小都市が舞台。

亜麻糸商の娘に生まれた
ヤネケは極めて合理的な精神の持ち主。
女は結婚するのが当たり前という時代にあって、学問・研究に打ち込むため、信仰熱心な女性たちが暮らす<
ベギン会>に入会する道を選びます。

そこに至るまでの展開が破天荒で面白い。
探求心旺盛なヤネケは、父親が引き取って兄弟同様に育つ
ヤンに対していろいろ試してみようと誘い、結果として妊娠。
実家を離れて出産したヤネケは、その後ベギン会に入って実家には戻らず、望んだ学問・研究に打ち込む生活を手に入れます。
そして研究成果を著作にまとめ、
弟テオ、次いでヤンの名前で出版し続けます。

ただし、本作の主人公はヤンの方。結局、ヤネケの父親から亜麻糸商売を継ぎ、助言を得る為ヤネケともずっと関わり合っていく人生を歩みます。
結局、学問と自立の道を選んだヤネケと、ヤネケをずっと待ち続けたヤン、2人の長い物語と言えます。
ヤネケは天才肌ですが、ヤンは我慢強く誠実、お互いに相手のそうした性質を理解していたからこそ、長きに亘る同士関係で結ばれていたのでしょう。

ストーリィは、ヤンとヤネケの父親である
フォン・デール氏一家を中心軸とした長きに亘る変遷を描いていて、その時代の家族物語を読む楽しさ、それと共に読み応えを存分に味わわせてくれます。
同時に本作は、当時の女性が生きる道の窮屈さも描いており、考えさせられます。
そのことの象徴がベギン会であるなら、もう一方の象徴は、ヤンとヤネケの
息子レオの偏狭な考え方。
ただ、そのレオも考え方もヤネケの所為、と思うと可笑しくなります。

       


   

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