大岡昇平作品のページ


1909年東京生、京都大学仏文科卒。代表作は「俘虜記」「野火」「武蔵野夫人」「花影」「レイテ戦記」等。

 


 

●「小説家夏目漱石」● ★★★




1988年5月
筑摩書房刊

1992年6月
ちくま学芸文庫

 

1988/09/27

本書は、江藤淳「漱石とその時代に論争を仕掛けた著作として、興味深い一冊です。
前半は、漱石のきわめて初期の作品を対象にして論じているので、かなり難解だった印象があります。「猫」は良いとして、「倫敦塔」「趣味の遺伝」「カーライル博物館」等。まるで私が読んだことのない作品ばかりです。大岡さんは、それらを漱石が留学中の英国から影響を受けた作品として分析しています。
読み進むと、更に論述は緻密なものとなり、“アーサー王伝説”におけるアーサー王妃ギネヴィアと円卓の騎士ランスロットの不倫関係に及びます。江藤淳さんが漱石と嫂・登世との不倫の事実を「漱石とその時代」の中で指摘していますが、江藤さんはその結論を、漱石がアーサー王伝説を語った作品の中に嫂との不倫関係が秘められていると分析することで導き出しています。読むうちに気づいてみると、本書は大岡さんの江藤説に対する徹底的な弾劾文なのでした。途中には、かなり辛辣な言葉も見られます。
大岡さんによると、江藤さんの分析は飛躍的に過ぎ、独創的発想の魅力に引きずられて、すべての事実を公平に分析することなく、自分の仮定に都合の良いように解釈してしまう癖がある、ということです。
ただ、今回の議論は、私の直接知らない「アーサー王の死」などの中世作品を基にしているので、私としては判断の下しようもありませんでした。

後半では、私にも馴染みの深い作品論になるので、俄然面白くなりました。「草枕」「三四郎」「それから」「門」「道草」「明暗」「彼岸過迄」「こころ」「行人」
「草枕」と「道草」を別にして、あとは皆三角関係がストーリィの土台にあるといい、不倫の意識から「三四郎」→「それから」→「門」→「こころ」という流れがあると言います。
また、挑発的な女性像として「三四郎」の美祢子、「草枕」の那美がいて、挑発的な行動というのは不倫にいたる前段階が窺えるということです。「行人」の、「明暗」の清子、書き出せばきりがなくなりそうです。

 


 

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