中村 弦
(げん)作品のページ


1962年東京都大田区生、国学院大学文学部卒。2008年「天使の歩廊」にて第20回日本ファンタジーノベル大賞大賞を受賞し、作家デビュー。


1.
天使の歩廊

2.ロスト・トレイン

3.クロノスの飛翔(文庫改題:伝書鳩クロノスの飛翔)

  


   

1.

●「天使の歩廊−ある建築家をめぐる物語−」● ★★☆ 日本ファンタジーノベル大賞


天使の歩廊画像

2008年11月
新潮社刊
(1500円+税)

2011年06月
新潮文庫化

   

2008/12/25

 

amazon.co.jp

建築をテーマにしたファンタジーというので何やら難しそうと思い込み、見送ってしまうところだったのですが、思い直して読んだところこれが大正解。いやー、読み逃さないで良かった。

読み出してすぐストーリィに惹き込まれます。
心安らぐ雰囲気、透き通るようでいて、どこかふわっとした陽だまりのような温もりに包まれる感じ。そして心から楽しい。
冒頭の「冬の陽」の読後感はまさにそうしたもの。
ファンタジー賞受賞作といっても、物語がファンタジーなのではありません。主人公というべき建築家=笠井泉ニが作り出す建物こそがファンタジー。それがとても素敵なのです。

そもそもストーリィの構成からしてお見事、素晴らしい。
時間に沿ってストーリィを展開させていくのではなく、笠井泉ニが依頼人の「心の奥に隠れた望みを−もののみごとに見抜いて思いもかけない方法で実現」していくストーリィと、彼自身の特異な建築家としての成長・道のりを交互に語ってみせるという構成が秀逸、魅了される読み応えがあります。
その建築家=笠井は、どの章でも主人公にはなっていません。学生時代からの友人=矢向丈明を始めとして、笠井と関わることになった人々の口を通して笠井という不思議な建築家、その作り出す現世を超越したような建物の語られていくという趣向。
だからこそ本来の主人公である建築家の人物像は、稀に見る、一切の無駄が無くすっきりしていて、好感が持てるのです。
また、明治から大正にかけてという時代設定もお見事。幕藩体制から明治社会への変遷、鹿鳴館時代、大正時代という時代の流れを感じとれるのも楽しいのですが、本ストーリィがそうした時代性を超越している観のあるところがさらに楽しい。 

単なるファンタジー物語を超えて、壮大な構想を背景にした魂の救済ストーリィ、そして歴史、建築エンターテイメント!

−明治14年−/冬の陽/鹿鳴館の絵/ラビリンス逍遥/製図室の夜/天界の都/忘れ川/−昭和7年−

     

2.

●「ロスト・トレイン」● ★☆


ロスト・トレイン画像

2009年12月
新潮社刊

(1400円+税)

2012年05月
新潮文庫化

 

2009/12/13

 

amazon.co.jp

日本国内の某所に、まだ誰にも知られていない廃線跡がひっそりと眠っている。その廃線跡へ行って始発駅から終着駅まで歩くと、驚愕するような奇跡が起こるという。

親しくしていた60代の男性が突然に姿を消す。きっとその廃線跡を訪ねて行ったに違いない。
彼を探そうと、彼が取り持つようにして知り合った若い男女が、その廃線跡を探し、そして廃線跡を歩くために旅立つ。本書はそんなファンタジー・ストーリィ。

う〜ん、本書、読者の好みによって評価が2つに分かれるような気がします。
鉄道好きなら、鉄道のロマン、廃線跡を奇跡を求めて歩くというファンタジー性にきっと惹かれることでしょう。
一方、冒頭の時点から先行きは見えていて、あたかも敷かれたレールの上に乗ってストーリィが展開していくような展開に、物足りなさを感じる読者も多いのではないかと思います。
さて私はといえば、鉄道ロマンを感じつつも、物足りなさを禁じ得ないというところ。

前半は、消えた男性を探すため、彼の知り合いの鉄道オタクたちを2人が訪ね歩くという展開。
そして後半、ついに幻の廃線跡の存在を突き止め、始発駅から終着駅を目指して2人が歩き出すという、ファンタジーな雰囲気たっぷりの冒険行。

舞台は岩手県。宮沢賢治の銀河鉄道に想いを馳せると、ファンタジー性はさらに膨らみます。

         

3.

●「クロノスの飛翔 Chronos Flying」● ★★
 (文庫改題:伝書鳩クロノスの飛翔)


クロノスの飛翔画像

2011年06月
祥伝社刊
(1700円+税)

2014年04月
祥伝社文庫化

  

2011/06/13

  

amazon.co.jp

片や安保騒動冷めやらぬ昭和36年、その時代の主人公は明和新聞の記者、坪井永史
片や
平成23年、現代での主人公は、旧館取り壊し準備作業のため明和新聞に臨時に雇われた溝口俊太
主との強い絆を力に、伝書鳩
クロノスが50年という時を超え、2つの時代を跨って飛翔する、というストーリィ。

軍隊で軍鳩係だった坪井、戦後入社した明和新聞の屋上にある鳩舎で、かつて愛した軍鳩のクロノスとそっくりの雛鳥を見出します。
2代目のクロノスと名付けられたその鳩は、かつてのクロノスと同様に、飛翔能力・帰巣能力ともに抜群の能力を示します。
一方、坪井は
山岸葉子という女子大生から、安保問題に絡む貴重な情報を入手します。ところが坪井、その事件に巻き込まれて窮地に。
その坪井の熱い思いを受け、日本の危機を救うため、今クロノスが坪井の手から飛び立ちます。

歴史的サスペンスにSF的要素を持ち込んだストーリィ。いくらSF的とはいえ、論理を置き捨ててしまったような展開には疑問符をつけざるを得ないのですが、それを超えたロマンが本ストーリィにはあります。
坪井とクロノスの強い絆、その絆を源に力強く羽ばたき、空高く飛翔するクロノスの勇姿。そして、坪井から託された必死の思いを果たすため、クロノスは時間さえも超えて飛翔します。
クロノスを主観的に描いた部分は僅かながら、本作品の魅力はこのクロノスという類稀な伝書鳩の存在に尽きます。
クロノスあってのロマン、クロノスの存在こそロマン、と言って良いでしょう。
クロノスが体現するロマンこそ、本歴史的サスペンスの魅力。

    


  

to Top Page     to 国内作家 Index