永井紗耶子(さやこ)作品のページ


1977年神奈川県横浜市生、慶応義塾大学文学部卒。新聞記者を経てフリーランスライター、新聞、雑誌等で幅広く活躍。2010年時代ミステリ「絡繰り心中 部屋住み当山金四郎」にて第11回小学館文庫小説賞を受賞、同作を「恋の手本となりにけり」と改題して刊行し作家デビュー。20年「商う狼−江戸商人杉本茂十郎−」にて第3回細谷賞ならびに第10回本屋が選ぶ時代小説大賞、第40回新田次郎文学賞を受賞。


1.
旅立ち寿ぎ申し候(文庫改題:福を届けよ)

2.大奥づとめ

3.商う狼−江戸商人 杉本茂十郎−

4.女人入眼

 


                     

1.
「旅立ち寿ぎ(ことほぎ)申し候 ★☆
 (文庫改題・改稿:福を届けよ−日本橋紙問屋商い心得−)


旅立ち寿ぎ申し候

2012年03月
小学館

(1600円+税)

2016年03月
小学館文庫



2020/05/12



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大奥づとめが良かったのでとりあえずもう一冊読んでおこうと思い、読んだ次第です。

幕末という激動期が舞台。
日本橋の
紙問屋・永岡屋の主人夫婦に気に入られた勘七は、夫婦の養子となり永岡屋を継ぐことに。
しかし、藩札という大きな商いを永岡屋に注文した小諸藩が、その藩内抗争から強引に注文をなかったことにしてしまう。
その結果、永岡屋は2千両もの負債を抱え込み、そのゴタゴタのために養父の
善五郎は死去。永岡屋は一気に経営危機に瀕しますが、その重荷が店を引き継いで間もない勘七の双肩にかかってきます。

幕藩体制が揺るぎ、それまでの得意先だった武家を信用することができなくなるという難しい時期。そうした時代背景の中、故・善五郎の
「人に福を届けるのが商人の道」という言葉を守り、商人の道を生き抜いた勘七の、苦闘の道のりを描いた物語。

背負わされた重荷を何度となく放り出したくなっても不思議ない苦境続き。それにもかかわらず、結局耐え抜いたのですから、当初は頼りない印象も受けましたが、勘七という人間は結局、かなりしぶとい人間だったのかもしれません。

本ストーリィは、決して勘七だけの物語ではなく、
直次郎、紀之介、新三郎という4人の幼馴染による、時代物青春群像劇とも言えます。
また、主役の彼らに引けを取らず、脇役となる人物たちが魅力的であるところが、本作の良い処です。
勘七を叱咤し支える番頭の
与七、気宇壮大な商人の浜口儀兵衛。そして何と言っても、最初弘前藩のご祐筆=松嶋さまとして出会い、その後墨筆硯問屋・松嶋屋の次女として再会したお京という女性の存在。
現代的なお京という女性の登場により俄然面白くなってきます。

時代の変化に応じて柔軟に行動を変えていくことも大事ですが、何のために生きるのかという柱を自分の中にしっかり持っていないとただ振り回されるだけ、と教えられた思いです。


序/1.門出/2.彷徨う/3.道しるべ/4.旅立ち/終

               

2.
「大奥づとめ ★★★


大奥づとめ

2018年07月
新潮社

(1600円+税)

2021年05月
新潮文庫



2018/08/17



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50人もの子を生したことで有名な徳川11代将軍・家斉の御世における<大奥>を舞台に、大奥で働く様々な女性たちを主人公にした連作もの時代小説。

大奥での出世といえば、上様の御手付きとなり、若君や姫君を産むこと、と思われがちですが、いやいやそんなことはない、というのが本作の真骨頂。
そもそも大奥の女性1千人とも言われる中、いくら家斉とはいえ御手付きとなる女性などほんの僅か。
それ以外の女性は、大奥の中での出世を目指す、そうした女性の方がずっと多い、とのこと。
まさに江戸時代における、才覚ある女性たちの“お仕事小説”と言うべき作品。

そうした内容の作品と判ったうえで読み始めたものの、読み始めてすぐその面白さに興奮、躍り上がって喜びたいくらい、という程魅了されました。
「男は己の家格より出世を望むことはできませんが、大奥の女の出世は才覚次第とか」、いやーグサリとくる言葉ですね。

出世争いといっても、本作においては陰険さや刺々しい雰囲気は殆どありません。むしろ、からりと明るい感じ。
普通の暮らしを捨てて大奥に入るからには、どこか悩みや問題ごとを抱えていた筈。
そんな女性たちの姿が、これ以上ないと言っていいくらい生き生きと描かれていているうえに、ストーリィ展開そのものも真に痛快にして小気味良く、実に爽快。
そのうえ、それなりの高位の職にある先輩女性たちの言葉が、人生訓、処世訓としても、実にお見事!

着目点、構成力、人物造形とも素晴らしく、新鮮な面白さをたっぷり堪能しました。
これはもう、絶対お薦め!


※6作いずれも秀逸なのですが、中でも
「ひのえうまの女」「つはものの女」に魅了され、登場人物としては御末であった夕顔の大ファンになりました。是非お楽しみに。

ひのえうまの女/いろなぐさの女/くれなゐの女/つはものの女/ちょぼくれの女/ねこめでる女

               

3.
「商う狼−江戸商人 杉本茂十郎− ★★☆ 本屋が選ぶ時代小説大賞・新田次郎文学賞


商う狼

2020年06月
新潮社

(1700円+税)



2020/07/19



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全く知りませんでしたが、杉本茂十郎、江戸期後半に実在した商人だそうです。
三橋会所を設立して頭取、また菱垣廻船積株仲間を結成、一時期江戸経済界と町政に権勢を揮った人物とのこと。

冒頭、「
毛充狼(杉本茂十郎の蔑称)について知りたい」と、老中の水野忠邦・42歳が札差の堤弥三郎・72歳を呼び出したところから始まります。そして、問われた弥三郎が、茂十郎が目指した江戸町民のための改革の一切を語り出す、という構成。

定飛脚の大阪屋を継いだ
茂兵衛(後の杉本茂十郎)、飛脚代金の引き上げを行い、江戸経済界を仕切る十組問屋と対立するが、姿勢は少しも揺るがない。
しかし、永代橋の崩落事故。妻子を失った茂兵衛は、江戸市中の金が適切に永代橋の維持補修に使われていたらこんな大事故は起きなかったと、自らの評判を顧みず、江戸の経済、町政の改革に向けて疾走を始める。

民の為、商人はどうあるべきか。望むものは、商人としての誇り。
正論を楯にいかなる壁もぶち破って進もうとする茂十郎の突進力は、まさしく圧巻という他ありません。
しかし、目立つ釘は、どこかに綻びが見えるや否や、叩かれるもの。
茂十郎の行動がすべて正しく、適切なものだのか、それは判りません。
しかし、目的のために些かの揺るぎもせず、自分がどういう悪評をかき立てられようが、恐れもなく進む姿には、圧倒されるばかり。

身を捨て、世間の多くの人に理解されずとも、信念をもって世の全ての人のために尽くそうとする人が幾人かいたら、さぞ世の中は良くなるのではないかと、昨今の政治情勢を振り返りつつ、思わざるを得ません。
迫力十分な、読み応えたっぷりの時代もの力作。お薦めです。


序/1.駆ける/2.哭く/3.唸る/4.嗤う/5.牙剥く/終

            

4.
「女人入眼(にょにんじゅげん) ★★☆


女人入眼

2022年04月
中央公論新社

(1700円+税)



2022/05/02



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鎌倉幕府の初代将軍=頼朝と北条政子の長女である大姫、その入内(帝の后となるべく内裏に入ること)騒動を描いた歴史小説。

そうしたストーリィ、実は余り惹かれなかったのですが、永井紗耶子作品であるからにはと読んでみたところ、これは凄い、読んで大正解でした。

主人公は、京の六条殿に仕え「
衛門」という女房名を持つ周子(ちかこ、冒頭で20歳)。
※六条殿の主は後白河院の皇女である宣陽門院であり、丹後局はその母で実力者。
周子、
丹後局の命により、大姫を入内させる準備を整うべく鎌倉に入ります。
しかし、当の大姫は気鬱の病を抱え、たまに拝謁できたとしても表情はなく、心を閉ざしたまま。入内は頼朝・政子の強い意向とは言うものの、大姫の本心は如何なのか。
入内への動きが中々進まない中、ようやく隠されていた真の事情を知るに至った周子ですが、その事実とは・・・・。

浮かび上がってくるのは、母娘(政子・大姫)問題なのですが、真に凄まじい。
決して娘を道具扱いしているものではなく、入内すれば悪霊から守られて娘は元気になれる筈と信じ切っている母親としての愛情の故なのですが、その暴走ぶりは何もかもを蹴散らし・・・。

そこから見えてくるものは、鎌倉幕府の歪な権力構造です。
将軍は源頼朝なのですが、ずっと自分を支えてきてくれた政子に頼朝の抑制はまるで効かず、さらに政子が代表する北条家の力も無視できないという状況。この部分は納得感があって、鎌倉時代の歴史を知る鍵とも言えすこぶる面白い。

しかし、圧巻なのは終盤。政子の奮う権力が如何に凄まじいか、そのリアル感には息が詰まるようです。
本作は、母と娘、政子と周子、また丹後局ら、女たちの闘いを描いた圧巻の歴史小説、お薦めです。

※なお、題名の
「女人入眼」は、仏に玉眼を入れるという意味ですが、男たちが戦さで作り上げた国、その国造りの仕上げをするのは女人である、という意味とのこと。

序/1.都の風/2.波の音/3.露の跡/4.花の香/5.海の底/終

        


   

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