盛田隆二作品のページ


1954年東京都生。情報誌「ぴあ」編集者の傍ら小説を執筆、85年「夜よりも長い夢」にて早稲田文学新人賞入選。90年「ストリート・チルドレン」が野間文芸新人賞候補作、92年「サウダージ」が三島由紀夫賞候補作となる。96年から作家専業。


1.二人静

2.身も心も
−テーマ競作「死様」−

3.きみがついらのは、まだあきらめていないから

4.残りの人生で、今日がいちばん若い日

5.蜜と唾

6.焼け跡のハイヒール

  


     

1.

●「二人静」● ★★★


二人静画像

2010年09月
光文社刊
(1800円+税)

2012年11月
光文社文庫化



2010/10/15



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とにかく、主人公というべき男女2人の心の内が切ない。
感動と簡単に言えるような感想ではなく、ただひたすらに彼らの抱えた想いが切ない。

食品メーカーに勤める主人公=町田周吾は、未だ独身の32歳。年老いた父親と2人暮らしですが、母親が亡くなって以来急にボケてしまった父親を抱え、介護に苦労する日々。
父親が入居した介護施設<のぞみ苑>で周吾が出会ったのは、介護士の乾あかり、32歳のシングルマザー。夫のDVにあって何とか離婚したものの、場面緘黙症という精神的障害をもつ小学生の娘=志歩を抱え、こちらも苦労を重ねてきた女性。
入所した父親を間に挟み、2人は急速に親しさを増していく。また、志歩も周吾に懐いていく。

2人とも現在では稀と思えるくらいにストイックな人柄。当然なるべき関係へ進んでいい筈なのに、何故かそうはならない。2人とも大きなトラウマを抱えている故です。
志歩を加えた3人の関係が親密になっていく一方で、お互いにそれぞれが抱えた問題が大きくのしかかってきます。
2人とも極めて善良な人間であり、目の前のチャンスを手中にしてもっと幸せになっていい筈なのに、そういかないのです。
でもそんな2人をどうして責められましょう。その辺りが、何と切ないことか。
声を出そうと頑張っても、どうしても声を出すことができない。そのもどかしさ、辛さ。やっと母親以外に理解者を見出して携帯では饒舌に語る志歩の姿も、切なさ極まりないのです。
あかりと志歩の母娘、ボケた父親と、主人公を囲む3人の人物造形が素晴らしい。

最後まで、じっくり、大切に読み進んだ一冊。
最終的に2人の関係がどういう結末を迎えようと、それぞれが少しでも幸せに向かって一歩前進してくれればそれで良いと、最後には祈るような気持ちになります。
単なる恋愛物語でなく、単なる家族物語でもない。困難があってもそれに負けることなく、どう希望を失わず誠実に生きていくことができるか、というストーリィだと思います。
地味な作品ではありますけど、是非お薦めしたい逸品です。 

     

2.

●「身も心も−テーマ競作「死様」−」● ★★


身も心も画像

2011年06月
光文社刊
(1200円+税)

2014年10月
光文社文庫化


2011/07/11


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光文社が企画したテーマ競作「死様」の中の一作。

主人公は、長年連れ添った妻に死なれ、家業は息子に譲り、余生を何となく過ごしている75歳の老人男性、道久礼二郎
そんな主人公、老人クラブ主催の絵画教室に通い始め、そこで
岩崎幸子という独り身の老婦人と知り合います。
自然とお互いに好意を持ち合いようになり、2人だけで会うようになり、お互いに相手を大切な存在と思うまでに至ります。

さて、私自身がいずれそうした状況に置かれた時、どう毎日を過ごしていこうとするのやら(多分相変わらず読書三昧でしょうけど)。そう思うと、決して他人事ではありません。
しかし、老人同士の恋愛とは、ある意味で厄介なもの。同居する息子と嫁は胡散臭そうな目で見るし、あろうことか遺産の心配まで始めるし、孫娘も決して好意的ではない。また、亡き妻に対し済まないような気持ちも芽生えます。
それでも、確かな生きがいとして誰かの存在が必要、という気持ちはよく判ります。親子関係では得られないことなのでしょう。

本作品、盛田さんの逸品二人静にも通じるものを感じます。同作の主人公である2人が老人になってから出会ったなら、きっとこうした感じになるのではあるまいか。そう感じます。

         

3.

●「きみがつらいのは、まだあきらめていないから」● ★★


きみがつらいのは、まだあきらめていないから画像

2011年10月
角川文庫刊
(629円+税)



2012/02/21



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出版社の紹介文には「強く生きる女たちの、7つの物語」とありますが、これには「?」。
辛い気持ち、苦しさを抱えながら生きていこうとしているのは、必ずしも女たちばかりではないからです。

主人公たちが抱える辛さ、苦しみの理由は様々。不倫の結果相手の家庭を壊してしまったことだったり、人妻と駆け落ちしたものの自分の気持ちが萎えてしまったり、恋人の気持ちに応えず去られてしまったり、等々。
ただ、そんな事態に陥ったのはそもそも自分たちの所為ではないか、という気がしないでもない。まぁ、今更それを言っても仕方ない、ということかもしれませんが。
総じていうと、男性より女性の方が強いようである。本書に登場する男性たちがどこかひ弱で、甘く、覚悟が定まっていないように見えるのに対し、女性たちの方は腹を据えているように見えるのだ。その典型が
「舞い降りて重なる木の葉」

年下の恋人にいつも暴力を振るってやまない美女という「卒業」はキャラクターが面白いのですが、「有希子の場合」は特にストーリィ展開が巧みで面白い。人妻を看板にした風俗店に勤める有希子、その正体は? そしてその動機は?

7篇中圧巻なのは、表題作「きみがつらいのは、まだあきらめていないから」。銀行の営業店で様々なプレッシャーにさらされ、うつ病となった渉外課長が主人公。
プレッシャーの描写はかなりリアル、決して他人事ではないと同じサラリーマンとして身につまされます。その題名、だから辛いのだとも、だから希望がある、とも感じる含蓄のある言葉です。

心はいつもそばにいる/舞い降りて重なる木の葉/冬の海を泳ぐ人魚/新宿の果実/有希子の場合/卒業/きみがつらいのは、まだあきらめていないから

      

4.

「残りの人生で、今日がいちばん若い日」 ★★☆


残りの人生で、今日がいちばん若い日

2015年02月
祥伝社刊
(1570円+税)

2018年01月
祥伝社文庫化



2015/03/10



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故あって5年前に妻と離婚し、現在はバツイチの子持ち編集者=柴田直太朗。結婚相談所で紹介を受けるがこれと思う相手に出会えず、身体の不調に苦しむ独身書店員=山内百恵
共に39歳という同年齢の2人が書店でのサイン会というきっかけで出会ってから、次第にお互いが抱える悩みを打ち明けるようになり、2人の関係は近くなっていく・・・・。

本書の紹介文を読んですぐ、二人静と相似関係にあるストーリィと感じました。「二人静」の感動が大きかっただけに本作品に対する感想が霞んでしまいはしないかと懸念しましたが、人物関係の設定に違いもあり、心配する程ではなかったようです。
「二人静」と変わらず、本書主人公も直太朗・百恵という男女2人ですが、「二人静」では主人公である男女2人の姿が切なかったのと異なり、本書では百恵と直太朗の9歳の娘=
菜摘という、2人の女性の姿がとても切ない。
直太朗には、望めば未だ自分で道を切り開くだけの力があるのに対して、百恵と菜摘の2人には自分の力だけではままならないという絶望感がその底に感じられます。
ですから本書は、百恵と菜摘、直太朗という3人の関係を正三角形のように眺めて初めて多くのものを感じることができる、と思います。

最終的に3人の関係が進展するのかどうか、それを明言することはできませんが、
「残りの人生で、今日がいちばん若い日」という言葉は、残りの人生に向かって足を踏み出す勇気を奮い起こさせてくれるに十分な言葉であると感じます。
読了後は、直太朗・菜摘・百恵3人がどうぞ共に幸せを手に入れてほしいと、強く祈るばかりです。

          

5.
「蜜と唾 Honey and spit 


蜜と唾

2016年08月
光文社刊
(1300円+税)

2019年10月
光文社文庫



2016/09/12



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盛田隆二さん初の犯罪ミステリ、ということで興味を持ったのですが、結果としては、う〜んという処。

大学卒業後勤務したブラック企業を退職した後、その実態を暴き出したルポによりライターの道に踏み出した
梶亮平27歳でしたが、その記事で注目は集めたと言っても日々の生活は安い原稿料で Web掲示の文章を書くというカツカツの暮し。
その亮平にお祝いをしたいと電話してきたのは、かつて家庭教師を務めていた先の母親であった
美帆子
5年前美帆子の息子=
拓海が交通事故死して以来、美帆子の境遇は離婚、再婚、バー「雪ノ華」の雇われマダムと変転。
その美帆子に雇われたシングルマザーの
相川早紀、大手不動産会社社員で常連客の波多野、美帆子の再婚相手で要介護になっている小杉のほか、様々な人物が登場して少しずつドラマが動き出していきます。

肝心の美帆子という女性、不運な女性なのか、それともたおやかな印象の一方で自分に関わった男女を巧妙に手玉に取る悪女なのか。また、元々悪女だったのか、それとも何かのきっかけで変わってしまったのか。
前半、そんな疑念が実にモヤモヤした形でストーリィを覆っています。率直に言って、私が一番苦手な展開。

終盤、計画的犯罪か?と疑われる事実が幾つも浮かび上がってきますが、真相はどうであったのか・・・。

本作品をミステリとして評価するかは好み次第と思いますが、一方でひたむきに前に向かって生きようとする男女の姿も描かれていて、彼らの善を信じたいという気持になれたことが、私にとって救いとなっています。


「蜜と唾」、実に意味深な題名であったと思う次第です。

          

6.

「焼け跡のハイヒール ★★


焼け跡のハイヒール

2017年10月
祥伝社

(1600円+税)

2020年07月
祥伝社文庫



2017/11/06



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作者のご両親が本作の主人公。
貧しい家庭事情の中、もっと学びたいという欲求から、それぞれ看護婦養成所、逓信講習所に入所。そして、空襲下の東京で看護婦、中国大陸での通信兵という苦難の時期を経て、戦後の東京で出会うまでを描いた長編ストーリィ。

もちろん戦時下、あるいは戦地での過酷な状況も描かれますが、本書全体としては、それがどんな状況下であろうと、2人それぞれの青春期という印象が強いです。
敗戦直後の東京、通りがかった露店で、赤いハイヒールを買った母親の躍るような気持ちが、その象徴のように感じられます。

母:
稲村美代子
昭和20年、高等小学校卒業後に栃木県の茂木から単身上京し、新宿にある東京鉄道病院の看護婦養成所に入学、14歳。
空襲下の東京で、看護の手伝いと勉強に明け暮れる日々。
父:
盛田隆作
昭和12年、東京の麻布・広尾町にある逓信講習所に入学、15歳。徴兵され通信兵として大陸の戦地へ。悲惨さ・過酷さを味わう。
2人の出会いは、突発性難聴を患った隆作が通った東京鉄道病院の耳鼻科に美代子が看護婦として勤務していたことから。

戦時中の苦労は苦労として、美代子の凄さに圧倒されます。その努力、覚悟は、現代ワーキングウーマンたちの先陣を走っていたように感じます。その告別式の参列した人数の多さは驚くほど。

私自身、両親の軌跡を細かくは知りませんし、子供たちに知って欲しいとも思いませんが、盛田さんにおいてはご母堂の慰霊になる行動だったのではないかと思います。

※内容はまるで異なりますが、
帚木蓬生さんがご父君について書かれた逃亡をふと思い出しました。

  


  

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