黒岩重吾作品のページ


1924年大阪府生。「休日の断崖」にて作家デビュー。「背徳のメス」にて第44回直木賞、「天の川の太陽」にて第14回吉川英治文学賞、「弓削道鏡」にて第40回菊池寛賞を受賞。2003年逝去。


1.
斑鳩宮始末記

2.子麻呂が奔る

3.役小角仙道剣

   


 

1.

斑鳩宮(いかるがのみや)始末記 

 

 

2000年1月
文芸春秋刊

(1524円+税)

2003年1月
文春文庫化

 

2003/06/20

本ストーリィの時代設定は、なんと飛鳥時代。聖徳太子冠位十二階の制度を作らんとしている時期です。
平安時代を背景にした時代ミステリ、諸田玲子「髭麻呂になんとまぁ、と驚いていたら、中世よりはるか以前の古代にまで遡るミステリがあったとは思いもよりませんでした。
主人公は、厩戸皇太子(聖徳太子)に仕える調首子麻呂(つぎのおびと・ねまろ)。聖徳太子から、事件発生した時の探索を任命された舎人の長です。ただ、直情決行型の男子ですから、裏の人情・機微まで窺うのはちと荷が重い。そこで貴重な補助者となる部下が、魚足(うおたり)です。
ミステリとしての面白さは、それ程ではありません。むしろ、飛鳥時代の人々の生活ぶり、そして聖徳太子が政治の革新を志していた時代の雰囲気を知らしめる、そこが本作品の狙いでしょう。ミステリというより、古代史の外史と言う方がふさわしいでしょう。

序/子麻呂道/川岸の遺体/子麻呂の恋/「信」の疑惑/天罰/憲法の涙/暗殺者

【補足】
聖徳太子(574〜622)は、初の女帝となった第33代推古天皇(554〜628)の甥で、摂政として推古天皇を支えた人物。中央集権化の推進と皇室の権威回復に尽力し、新宗教である仏教の導入、冠位十二階、十七条憲法を定める他、遣隋使等外交にも注力した。推古天皇より早く死去。

 

2.

●「子麻呂が奔る(ねまろがはしる)」● 

 


2002年9月
文芸春秋刊

(1524円+税)

2004年8月
文春文庫化

 

2003/06/22

斑鳩宮始末記の続編。
聖徳太子の定めた冠位十二階の制度により、8番目の「小信」となった調首子麻呂、最下位「小智」の官人に取り立てられ、苗字も与えられて秦部魚足となった2人の古代・捕物帳も、続編となると落ち着いてきた観があります。
現代的な女諜報員、精力剤の話があるかと思えば、婚姻の方法や貧民である奴ならではの獣姦と、飛鳥ならではの話と、うまく取り合わせられています。
前巻からそうでしたが、子麻呂は渡来系氏族の一員と書かれており、飛鳥社会においては渡来系か元々の倭人かという氏族の問題が常にあったことが察せられます。
主人公である子麻呂は直情決行型の人間過ぎて、上司であり聖徳太子の右腕でもある秦造河勝や、魚足に補われることが多いことが、ストーリィとして今ひとつ物足りないところ。
また、前巻では冠位十二階制の発足が背景にある時事問題として描かれていましたが、本巻では遣隋使等、隋との外交問題が背景に描かれています。
7篇の中では、「子麻呂と雪女」「新妻は風のごとく」の2篇がほろ苦さもある子麻呂の恋愛話として、読み甲斐あり。

子麻呂と雪女/二つの遺恨/獣婚/新妻は風のごとく/毒茸の謎/牧場の影と春

【補足】
冠位十二階は、上位から大徳・小徳・大仁・小仁・大礼・小礼・大信・小信・大義・小義・大智・小智とし、各々定められた冠をかぶった。中央集権化政策の一環として、朝廷に仕える氏族員を官僚に転進させる目的から603年に定められたもので、647年には13階、最終的に30階となった。

 

3.

●「役小角仙道剣(えんのおづぬせんどうけん)」● ★★

 

 

2003年4月
新潮社刊

(1900円+税)

2005年12月
新潮文庫化

  

2003/08/03

山岳修験者の始祖、“役行者”とも言われる、役小角を描いた古代ロマン。
役行者という存在を知ったのは何時のことだったでしょうか。はっきり記憶はないのですが「南総里見八犬伝」に登場したのは確かなこと。それ以来、役行者に興味を持っていました。その役小角を主人公とした小説となれば、飛びつくのは当然という次第。

時代は7世紀後半、持統天皇時代のこと。
当初仏教を学んだものの、仏教界も世俗と同様に上下関係に縛られ、庶民の苦しみを救う力はないと、仏教界に縁を切った優婆塞(うばそく)となり、ひとり山岳修業を始めたのが、本書主人公である鴨役公小角(かものえんのきみおづぬ)
高い呪力をもつに至る、超能力者的存在としての役小角にまつわるストーリィは、興味溢れるもの。小角を慕う女弟子ヤマメに心動かされ、また情欲の妖怪と闘ってその原因は己の心の内にあると悟る辺り、小角には人間的魅力が溢れています。
一方、本書は、律令政治の過酷さを明らかにする物語でもあります。天武天皇が目標とした律令政治は、結果的に戸籍によって庶民を縛り、労役、年貢と貴族の欲するままに搾取する仕組みとなっています。
そんな庶民が救いを求める先は、仏より小角。やがて小角は権力者側に対立する存在となり、最後は伊豆へと去るに至る。
民衆のヒーローとなった伝説の修験者を描く古代ロマン、本書は新鮮な魅力に富んだ時代歴史小説です。

※持統女帝の後が孫の文武天皇、その子が奈良大仏を建立した聖武天皇。大仏建立に携わった人足を描いた帚木蓬生「国銅」を併せて読むのも一興です。

  


  

to Top Page     to 国内作家 Index