香月夕花(かつき・ゆか)作品のページ


1973年生、大阪府出身、京都大学工学部卒。2013年「水に立つ人」にて第93回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。


1.水に立つ人(文庫改題:「やわらかな足で人魚は」+α)

2.永遠の詩

3.昨日壊れはじめた世界で

4.見えない星に耳を澄ませて

 


           

1.
「水に立つ人 ★★☆        オール讀物新人賞
 (文庫改題:「やわらかな足で人魚は」+α)


水に立つ人

2016年09月
文芸春秋
(1550円+税)

2021年03月
文春文庫



2016/10/24



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オール讀物新人賞を受賞、その紹介文に関心を惹きつけられ、読みたいと思った一冊。
これが新人作家によるものなのだろうかと驚くくらい、清新さに加えて完成度の高い作品集。
各篇、悲しみを胸の奥深くに抱えこんでしまった主人公たちが、やがて再生の時を迎えるまでの道のりを描いたストーリィ。

何より印象的だったのは、主人公たちが抱える悲しみが、読み手の胸の中に沁み透って来るように感じられたこと。主人公たちの抱える悲痛な思い、癒しようのない孤独感がひたひたと伝わってくるようでした。

そうした悲しみの晴れる日がいつか訪れるのだろうか。
そんな日が来るとは信じられないまま、主人公たちは抱えた悲しみに耐えながら生きていくしかありません。
しかし、いつか夜は明けるもの。ふとしたことをきっかけに、主人公たちは再生に向かって足を踏み出します。それは、時間の経過によるものかもしれませんし、各自の内に持っていた強さのためかもしれません。

悲しみから再生へと移るその瞬間が、何とも清新で美しい。
ぜひ味わってもらいたい佳作です。私は読み急いで本書の良さを十分に味わい切れなかったと後悔しましたので、これから読む方はそんなことがないよう、じっくり読んでみてください。


やわらかな足で人魚は/岸辺で私は歌を待つ/彼女の海に沈む/水風船の壊れる朝に/水に立つ人

           

2.
「永遠の詩(とわのうた) ★☆


永遠の詩

2018年10月
文芸春秋

(1389円+税)



2018/10/29



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高校を卒業したばかりの真島元基は、家を出、居場所を求めて孤独なガラス職人=雨宮誠二の元に住み込み、ガラス職人の道を歩もうとします。
元基がそうせざるを得なかったのは、9歳年上の義母である
希帆との関係を断ち切るため。しかし、そうした行動をとりながらも元基は今も希帆が放つスミレの匂いから逃れられずにいる。

美しい、しかし自分に纏わりついて放そうとしない義母との関係に惑い続ける、まだ自立できない青年の物語。

せっかく家を出てガラス職人の家に住み込んだというのに、希帆は自分の手から元基を放そうとしない。それどころか折に触れ、生まれたばかりの弟=和也の存在をちらつかせます。
一体、希帆の思惑はどこにあるのか。元基はいったいどうすればいいのか。

ふと
ラディゲ「肉体の悪魔」を思い出しましたが、希帆の人間性が今一つ掴めない点で、同作品とは異なる印象。希帆については“悪女”というより“悪霊”という方が相応しい気がします。
本作の世界は狭い。限定された少数人物の中だけでストーリィは展開します。

デビュー作
水に立つ人が良かったので2作目である本作にも期待したのですが、紹介文を読んで躊躇したのが正直なところ。元基の置かれた状況、孤独感に切ない思いを感じさせられるものの、う〜む、今ひとつ得心の行かないところあり。
それでも、今後の作品に期待したい気持ちは変わりません。

                  

3.
「昨日壊れはじめた世界で ★★


昨日壊れはじめた世界で

2020年05月
新潮社

(1750円+税)



2020/07/02



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小学生の時、同級生5人は忍び込んだマンションの最上階で、不思議な男と出会った。
その男は5人に
「世界はもう、昨日から壊れ始めているんだ」と語った。
それから30年後の今、確かに彼らの生活は壊れていた・・・。

園部大介は、親から継いだ書店が行き詰まり閉店を決意。妻・娘ともギクシャクし、離婚は避けられない状況。
その大介を訪ねてきた幼馴染の
仰木翔子は、アルツハイマーになった父親の介護で苦労、今も未婚のまま。
優等生だった
小菅稔は窃盗症のため勤務先を転々とし、今の職場でも万引きがバレ、障害者雇用率アップのため急きょ雇い入れた視覚障害者=日渡絵麻の世話役を押し付けられている。
当時親の羽振りが良かった
武元律子は、父親の不動産会社倒産という苦境を乗り越えて税理士となったものの、今はその父親の介護という苦労を抱え込んでいる。
そして
皆川恵、彼女は今・・・・。

母親の育児放棄、幼い身でたった一人教会に助けを求めたのにまるで悪者のように追い払われる・・・そんな皆川恵の境遇こそ、間違いなく世界は壊れ続けていてやがて人類は滅亡の時期を迎える象徴なのかもしれません。

しかし、大介にも翔子にも、稔と律子にも、今そこに選択のチャンスが横たわっていることに気づきます。
そう、まだ終わった訳では決してないのです。やり直す覚悟を決めて前向きな選択をすれば、そこに新しい世界が生まれるかもしれない、いやきっと新たに始まることでしょう。

そんなメッセージを感じる作品です。
なお、彼らが見習うべきは日渡絵麻でしょう。彼女は10代の頃から新しい世界を歩き続けてきたのですから。


最上階の男/十三階段の夢/私の王様/あの空の青は/春の断崖

                       

4.
「見えない星に耳を澄ませて ★☆


見えない星に耳を澄ませて

2020年12月
角川書店

(1600円+税)



2021/01/13



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音大ピアノ科3年生の曽我真尋は、音楽療法士コースを受講科目に追加し、実習のため音楽療法士である三上先生の診療所を定期的に訪れている。
そこで真尋が出逢ったのは、自分の心を頑なに閉ざしている中学生の
待山汐里、順調に仕事の実績を積み重ねているという体を崩さないフリーのパーソナルスタイリストだという井手智美、目的がないまま生きている宅配ドライバーの弘岡、という人たち。

そうした人々と関わっていく中で、真尋もまた母親との関係において、彼らと同様の問題を抱えていることが次第に明らかとなっていきます。

真尋も含め、どの人物も余りに痛々しい・・・・でも彼らについてそう思うのは、彼らを見下げている証拠なのでしょうか。

そんなところに逃げていてはいけない、自分のちゃんと見つめて解決策を考えるべき・・・・そう語るのは簡単なことです。
それができないところに彼らの辛さがある筈。
でもそれは、彼らが何とか生きようとしているからこそ身に着けた鎧なのではないかと思うと、その重さを軽視することはできません。

ほんの小さな光であっても、彼らがこの先に見出すことができればと、祈るような思いで読了。


薔薇なんてどこにも/三等星の翼の下で/どこかに見えない星が

          


   

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